④ バケツ
10分。
なるべく籠城して乗り切りたいと、3人の意見は一致した。
ぎりぎりまで紋を描いて防衛し、隠れるタイミングは
「ほんとなら、ちゃんともっと準備して迎え撃ちたかったですけど」
まほろは平和な国ではないので、予防的に人員を配置できるほど人手も足りない。
他所から呼ぶには、よほどの事態になるまでGOサインがでないそうだ。
何故ならお偉いさんの不安払拭のために動員され、結果別件が取り返しのつかない事態になることが散々あったためである。
大抵何も関係ないところにしわ寄せがくる。
「高橋さんを甘く見過ぎですね。犯罪被害歴を見れば、一体どれだけの人間が口を塞ぎたいと望んでいることか。わかってはいるけど、やはり一般人、というのがネックだったようで」
「えっそもそも禍根の方ってそんな感じなんです?」
「政治家と宗教家が何人も」
「ええ……」
それはともかくもとりあえず。
非戦闘員を一人抱えて、2人がかりで身の丈数倍ありそうな怪物と死闘するより、対応できるプロフェッショナルを待つのが現実的だろう。
用意なく英雄にはなれない。寄せ集めは生き残るのが最善。
迷宮に携わる者にとっての不文律だ。
「あ、園原さん。万年筆ありがとうございました」
「あら、もういいんですか?」
「社長が通信終わりに掃除用具を送ってくれてましたので」
掃除道具は会社の備品なので、基本は持ち出しに社長の許可が要るのだ。
召喚していた掃除用品入れは、勤務時間外の副業用で、中身はマスク以外入れてなかった。
鞄の方を召喚登録していたから、必要な物な道具は空だったのである。
たかが一般人がこんな目に遭う想定はしていなかったので許されたい。
しかしやはり、神様との出会いに浮き足立っていたのは否めない。
掃除用具入れに入ってた社長からのメモには、【仕事道具にこんな初歩的なヘマするなら疲れてんだわ。洗脳も解けたんだし、事が済んだら2週間は仕事しないで検査入院か休暇取れ】とのきびし……
「うわ優しっ……高橋さんとこの社長さんってほんと真っ当ですね」
「
「すみません」
……真っ当なお言葉があった。
(なんで社長って、事あるごとに私を休ませたがるのかな……?逆はよく聞くけど)
仕事に穴を開けたことはないのに。謎である。
そう呑気に疑問を抱ける程度に、いつ自死を選んでもおかしくない境遇の社員のケアに、とある社長が奔走してきた経緯は完璧に秘匿されていた。
さて、カバンの中身はいつもの仕事道具だ。
防護服とゴーグルとマスク、手袋を身につけて、種々の
……あと。
「ば、バケツ……?」
「? なにかありました?」
どうしたんだお前と、思わずぺたぺたと撫でてしまった。
見た目が全く違うので戸惑った。なんなら間違えて寄越されたのか疑った。
真っ黒な御影石を無理に削ったような無骨な見た目から、隅まで磨き上げたような艶がある、四角いバケツになっていた。
石の形のまま埋め込まれていた青いのも、滑らかに磨かれて厳かに発光している。
いやバケツ。バケツと呼称してもよいものか。何なら
いきなりどうした?
聖水をペットボトルから注ぎ入れて、細い箒の先を浸して
「うわっ、また紋が強くなった……?お相手さん、耐性できてるのに何故……?」
「黒地に色んな青で見事なモザイク模様ですね」
「バケツ……これ、いつの間にかあったものなんですが、もしかして、来歴って」
てぃん、と勝手にマイページが開き、お知らせが表示される。
【お知らせ】
つた神より(分類:秘匿)
だいすきなあなたに作り直した
あげます。
3年前のはへただったけど。少しは綺麗に
なったとおもいます。
あなたがあたしを花で隠してくれても、
この件であなたが怪我をしたり、辛い思いを
するならあたしの心は耐えられません。
きっとあなたは聞いてはくれないでしょう。
だからあたしも、あなたのわがままを
聞くのはこれっきり最後です。
(あ、え、あれ?なんか、思ったよりこう、しめった、いや、重た……んん。あ、見放された?感じがする……?)
つた神より
もう絶対絶対ぜーったい許しませんからね!
覚悟してなさい!包んでやるんですから!
(……なにを?)
園原の見立て通り、かつての妹(8歳)よりちいさい
とうに手遅れとも気づかず、
つた神が貴方に授けた
【清掃用具:御影石のバケツ】を、
あらためて【清掃用具:
手づからご彫刻なさいました。
これにより全機能が強化されました。
確認しましょう。
(ばけつ……【
【誓約:つた】
この【
迷宮清掃の功績より、
高橋
盗人にはつた神による報復があります。
使用時の誓約として、所有者が重傷を負った
時点で、一定期間、所要者の万事が作成した
つた神の掌中となります。
つついたら、【
(掌中ってちょっとまずいね……?)
許容と自由に縁のなかった
悪魔、妖怪が多用するより直接的な文言に、悩みはしたけど。
(……とりあえず怪我を避けて、あとで話をするしかないな。他に検討事項が多すぎて、結局つた様のことをあまりよくわかってないし。感謝はしてるけど、核心からは話をそらされている感覚がずっとある)
マイページの来歴も、つた神がしてくれたことは明記されているのに対し、どんな神であるかは黒塗りだ。
朝に公共サイトで真っ先に調べた時も、該当しそうな神はいるが秘匿、との扱われかたを見るに、かなり特殊な神だろう。
研修でも聞いたことはあるが、特殊な神に関わる清掃に、
警察なら情報があるかと思ったが、園原も初めて見るような神であった。
(つた様は、何を間違って私についてくれたんだろう)
ちら、と眺めたデスク下から、ピースサインの小さな手が2本覗く。かわいい。
(このバケツも、何年前から使ってるんだっけ)
物をくれるからつた様を神と慕う訳じゃない。
どうしようもない夜に寄り添ってくれるのを、
自分をはっきりと心配して、こんなことまでされたら。
(なんかもう……もうね)
しゃがみ込んでちょん、と指先をつつくと、ぴゃっと花の陰に逃げた。あんまりかわいいのもいい加減にしてほしい。
「
机の下からにょろ、とのびた腕に、即座に両頬をつままれた
つた神より
だからなんでそうなるの!こんど怪我でもしたら
しばらく働けないようにぐずぐずにして
やるんですから!
ほっぺただって、つまめるようにもちもちに
するんです!なんですかこの薄さ!
……何を笑ってるんです?
あたしは本気なんですからね!
更新されるお知らせにそう書かれて、笑ってしまっていたのに気づく。
(……なんでしょね。私、もう少し、周囲の気遣いがわかって、タイミングよく気の利いたことが言える人間になりたかった、ってこんな時はよく思うんですけど)
不思議と今日はそんなに、しにそうにならない。
「……ご機嫌ですね?」
銛をかかえてストレッチしていた園原が首を傾げた。
「ええ、いいことあったので」
それこそ、今日が最後になってもいいくらいには。
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