③ 呪い

園原を交えてあらかた事情を話すと、社長は即座に連絡を入れてくれた。


帆立ほたて紋を挟んだ電話で、社長と園原が誰かを丸め込んでいくのを、添木そえきと2人、あら〜という感じで聞いている。


その間も小さな取調室の壁代わりとなった風に流れる花弁が、狼藉者の無粋な衝突により、どんどんと乱れる範囲が拡大していく。


桃紋とうもんを重ねてはいるけど、これを程度の呪詛だ。何を食っているんだか、削った分も肥えていくな)


呪詛。


人間が諦めない限り、無限に可能性が広がる兵器である。


お偉いさんだかの身代わりにしていた千暁ちあきの口封じ、ないし憂さ晴らしを果たしたところで、止まる保証はない。


このまほろを掌握して唯一神として振る舞いたがる連中も一定数いて、テロ目的で用いられる事例もそれはそれは多い。


手持ちの兵器はつよくなるほどいいので、使用した呪詛は他者へ高額で販売、あるいはさらに強めるために保管されることもある。


今警察署を破った呪詛も、そうして長年育てられた呪詛のうちの一つなんだろう。


なので、見つけたらその場で破壊する必要があると、ダンジョン関係者は散々刷り込まれ、その際の職務に則った行動も決まっている。


迷宮清掃員ダンジョン ジャニターの仕事は、協力要請が終われば出来そうな雑用しながら待機。まあ死なずに終われば最後にお片付け、って感じだけど)


自分の紋は上着のポケットに忍ばせているからいい。


犯罪履歴の残らないノースキルに、【戦闘権能せんとうスキル】の試し撃ちしたがる馬鹿も多いので、常に備えてある。


添木そえきにメモ1枚、園原に追加で2枚目を渡す。


それから素知らぬ顔で、つた様を隠した机に直接ペンを走らせ、種々の紋を施していった。


小さな黒い手が、そろり、と机の下からズボンの裾を握ってくる。


そっと手をつかまえる。


「……だめですよ、こっちは人間の仕業しわざですから」


これは人が用意した呪詛だ。人がどうにかすべき案件である。


神の呪詛は恐ろしいが、神もまた人側の呪詛に殺される事件が多い。


コニー⭐︎の件もつき詰めれば、敵対する神を害するのが目的だった。


だから千暁ちあきに、この小さな神様にすがるつもりはない。


「逃げられそうなら逃げてください。難しいようなら窮屈ですみませんが、事が済むまでは隠れていてくださいね」


つた様が千暁ちあきの何を好いてくれたかは知らないけど。


どこかの迷宮で終わるだけの人間をわざわざ助けに来てくれて、その後も何くれと世話を焼いてくれるような優しい神は、きっと無事に隠し通さなきゃいけない。


正円に囲われた蝶、蓬、桃、桔梗、菊……思いつく限りのを描いて守りを敷く。


描いた端からいちいち蝶が舞い、花が咲くので、スペースが取られて邪魔だ。


そのせいでろくに量を描けないまま、全体にこんもりと花の生える机……花で出来たかまくらみたいになってしまった。


お陰でつた様は花に隠せたが、千暁ちあきとしてはまだ心許ない。どうせ自分が描いた紋である。


……刈り取れないかな、とは思ったが、思いの外しっかりえている。


ぷち、と一輪抜いたら一つ分の紋が消えたので諦めた。


どんな仕様だ。


ノースキルの時はこんな効果はなかった。 


何か間違えているのか?紙以外は即時に発動、なんて聞いたこともない。


諦めて椅子、床と紋を描く範囲を広めていく。


紋を描いた端から、美しい花が咲き誇る。


「あー……殺風景な取調室が絵師の力でみごとに彩られて花々に囲まれた癒しのイングリッシュガーデンに……」


取り合わせも季節感もちぐはぐな花園に、あからさまに疲れた様子の添木そえきである。


「園原さんからのご協力依頼を受諾しましたので?」


「そーでした」


添木そえきがあちゃーと言う顔をしているけど。


それ税金で購入された備品では?なんてのは、どうせここまで壊れたら廃棄だろうと開き直らせて頂きたい。


もし生き延びたら机が買える程度の寄付はする。


「しかし、呪詛祓いの方、都合が悪いようですねえ……あ、いや、見つかったみたいですね。すごい」


園原は満面の笑みでこちらにピースすると、鼻歌交じりに何か始めた。


素人目にもいびつな陣を元気いっぱい床に描いて、端っこだけ何とか召喚できたらしい武器(何だあれ)を、一生懸命引きずり出している。


よかった。いつもの園原である。


「園原さん、絵が下手だから中途半端にしか召喚できないんですよ……」


「ねー……」


知ってる。


数年前、待機時間に千暁ちあきと練習した事があったが、描き上げる速度は向上したものの、逆に手癖が強調される結果に終わったからだ。


残された時間も少ないようで、桃の香りに紛れて、肉の腐ったあまさが混じってきた。


異空間、と隔てた効果が薄れてきたようだ。


「まぁ、国の設備壊す程度の呪詛、なんて言われても来れる奴でもないと、命がいくらあっても足りませんからね。俺ら警察は職務中に背骨折れても首取れても、犠牲者ゼロで事件解決できればとんとん、ってとこですけど。高橋さんも残機ないしなぁ」


「ざんき?」


「あー……警察官は死ぬような怪我でも、何回かは全快するんです。後遺症なしでね」


「それ全然初耳なんですけど、警察にはスタンダードな仕様なんです?」


「ですです」


勤務中はあらゆる神を信仰せず、何者にも肩入れしない代わりに、日頃の勤務で溜め込んだまほろポイントを利用できるらしい。


なので使用できるのは【汎用権能はんようスキル】のみで、内容もかなり限られるそうだ。


あんなのを相手にしていれば、命が一つじゃ足りないのはわかる。理屈はわかるがどうかしている。


凄惨な因習のある村、なんてあちこちにあり、駐在する警察官などは体のいい贄として扱われがち、とは園原から聞いたことがある。


そこをどう壊滅に追い込むかが腕の見せ所!と。


たびたびあちこち切り刻まれて、血痕も生々しいスーツで楽しげに微笑む園原に、何でこの人しなないんだろう、と単純に疑問だったがそういう事情があるのか。


肌だけ硬質化してるとか、全部返り血とかの説が有力であった。それより酷かった。


「有名も有名。それもあってそんな落ち着いてるのかと思いましたけど、違うんですね?」


「おち、つき……?」


「あー……なんて言いましょうか」


帽子の影で、添木の表情はわかりづらい。


「……もしですよ?もし、警察官もバタバタしんでる、なんて申し訳なさ、感じてたらやめてくださいね。今応援がくるまでに貴方を殺されたら、また犯罪者に雲隠れされてしまうので。僕らを盾にするくらいでちょうどいいですよ」


そんな話をわざわざするのは、とうとう舞い散る桃花が、桃源郷の証明ではなく、まがい物として扱われ始めたからだろう。


割れた液晶のように、一部を貫通し、そこからゆっくりと侵食する液体が……千暁ちあきが追加で描いた桃紋とうもんで、まだ無かったことにできた。


「あぁ、呪詛に標的である自身を捧げて他を見逃してもらったりの交渉とか?……その後始末を散々やってきた立場です。ここで呪詛を仕留めなきゃならないのはわかっていますよ」


そんな情が通じる相手が、人を呪うことなんてない。


大抵は根こそぎ喰われて終わる。


「そこを間違えてるなら、貴方も机の下に隠せたんですけど。どうします?」


敵が見えない方が不安なので、下手に笑った千暁ちあきは首を振った。


「つた様と一緒なんて畏れ多……スペース的な意味ですからぁ!」


「高橋さん、まじでつた様相手の言動は見直した方がいいですよ」


6本から8本まで増えたつた様の腕に、右足をわしづかまれて、引きずり込まれそうになった辺りで、とうとう園原が武器を抜いたらしい。


ごん、と花が無秩序に生い茂る床に、園原の身の丈ほどある、無骨なもりが突き刺さる。


「さあ!さあさあさあ!後10分後に装備を整えて到着するそうです!生き延びますよー!」

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