③ マッサージ

泡の湯に沈んだ何本ものつた様の手が、千暁ちあきの足裏や肩にするりと回る。


ほどよく温まったつた様の手が、ぺちょ、と千暁ちあきの目を覆った。


   もうマイページさんチェック終わり!

   あとはぜーんぶ明日にしよ!

   ……ちから、ぬいててね?


そのまま柔く肉をほぐすようにマッサージが始まった。


もう特に何故、と思わずに享受する千暁ちあきである。


つるつると肌を滑るように撫でられる。強く押されて痛むことが少しもないせいか、ただとろとろとした眠気の中、つた様の手の優しさだけ感じていた。


   千暁ちあきさん、いっつも肩回したり、背伸び

   してつらそうだから、マッサージを

   覚えたんです!

   ……その、触られるのいやじゃない?


眠気でもうろうとしながら、かろうじて頷く。


終わったら起こすから、寝てもいいよと頭を撫でられ、そのまま増えた手で頭皮をゆっくりと揉まれて気の抜けた声しか出ない。


   あっかたい。ここほねじゃないのに。

   筋肉なのに板みたいにかたい。


硬い表層からやんわりとほぐすように揉み込まれる。


(血が通う感じする……なんで神様がマッサージにくわしいんだろ)


つた様の掌に全身を支えられているので、力が抜けて沈み込むこともない。


窮地に守られた実績ある細腕に甘えて、よりくたくたと緊張がぬけていく。


(だめだぁこれぇ……ほんとねちゃう……)


つた様は眠った千暁ちあきをそのままにはしないだろうが、そのまま起こさずに身支度を整えられて、寝かしつけられる懸念がある。


   お知らせ

   懸念事項はもっともです。

   マイページより、危険回避を推奨します。


(あたっちゃったぁ)


いい大人がそれは避けたい。絶対に。


でもやんわり風呂からあがろうと提案する口を、指先で封じられる。


…………千暁ちあきの心中を聞いてこれなら、むしろそれが狙いか!


(あっきつねの顔がそっぽむいた。これはやる気ですねつた様……)


ぴゃっと抱えた千暁ちあきの身体ごと腕が跳ねて、つた様が指先で狐を作った。


素直に動揺して誤魔化しに入るつた様に確信した。


このまま寝かしつける気だこの神様。


颯爽と風呂から上がる千暁ちあきに、つた様の手が空をかく。


    や、やだった……!?


そんな聞き方をするのはずるいが、千暁ちあきもそんなに優しい人間じゃない。


「触られるの、嫌じゃないですけど。尊厳的にそれはちょっと。ほんとちょっと勘弁して頂けると、ええ」


   ちゃんとパジャマきせて髪乾かすとこまで

   できるのにー!


「それがちょっとちょっとなんで。あはは」


これ以上なく完璧な愛想笑いの千暁ちあきに、一際泡湯が跳ねた。


   笑って誤魔化すのやだ!


「ふふふ」


   もー!


スルーしてシャワーで泡を落として、脱衣所に飛び出す千暁ちあきである。


全身拭かれて着せ替えられるなど、駆け出し時代に何回か味わった入院生活でも、相当居心地が悪かったのだ。


意識がないとか、相当の理由がなければお断りしたい。


まして退院すれば会わない人間ならともかく、つた様だし。


バスローブを羽織ると、脛の辺りをぺちぺちされた。


……いつの間にか縮んでおられる。そういえば元手がなければ縮むような話をしていた。


   お知らせ

   マイページより、つた神に警告です。

   掌中にあるいのちが持つ権利と、それに伴う

   取り決めを忘れてはいませんか?

   まほろにおいて、信者あっての神で

   あることを今一度確認しましょう。

   参考文献:

    きゅうさいガイドライン

   問い合わせ先:

    カムナガラ3丁目ハナタケノ2番地

    TEL:bca-Wm'.-4gWM


「アッ、その、そこまで大事にはしないでいただいて」


かびたくあん事件の際に、動けなくなったつた様が単純にトラウマである。


でもマイページの方は容赦がない。


  *マイページ【名称未設定】より

   つた神に警告です。

   信者の尊厳を剥奪する行為は

   いかなる理由であれど禁じられております。

   まして煮湯の方から分けられたとはいえ、

   守護神にもなっていないのに見苦しい。

   はしゃぐのはそこまでになさい。*


「おぁ……」


マイページの方が喋った。喋った……!?


    好きにするってちゃんと言ったし、

    千暁ちあきさんはいいって言ったもん!


(……あっそういえば言ってましたね。眠くて忘れてた)

    こらー!

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