② 【独自権能】

   お知らせ

   貴方の祈りを受けて、商機にはしゃいだ

   焼鉢やきばち神により、お得意様向け依頼リストが

   公開されました。

   これを無視しても何の問題もないので。

   本当に。何も問題ありませんから。

   暇な時に内容だけ確認してください。

   なお、今回の贈り物に対する返礼は

   先程のアイスへの御礼で十分貰っている

   ので不要とのことです。


言葉は丁寧なんだが、隠しようもないとげを感じる。


マイページのかたはお怒りのようだが、千暁ちあきには理由がわからない。


(いやむしろ何がいらないのか分かるのは助かる……でもお得意様って……?)


   神によって信仰してくれる人たちの呼び方は

   個性あるよ!

   焼鉢やきばちさん、変な人達に相当煮湯を

   飲まされたみたいだから、いくら信者でも

   程よい距離でいたいみたい。

   前は弟子って言ってたのを、お客さん扱いに

   するって言ってましたよ!


千暁ちあきの両手に指を絡めて、やわやわと揉んでいたつた様が補足してくださる。


ほぐれた筋肉が重だるいが、心地いい。


(あぁ……なんとなくわかる)


そもそも神が個人に親しげに語りかけるのも、まほろでは非常な事態とは知らない千暁ちあきは、のんきに依頼の概要を確認している。


特に期限のない納品依頼を完了することで、焼鉢やきばち様の運営する店が増えたりするようだ。


清掃時に拾うことの多い素材の名前や、紋を描く依頼を見るに、千暁ちあきができることをわざわざ依頼で考えたのかもしれない。


千暁ちあきが夕飯に食べた種込み蕎麦の店は、既に利用できる店リストに入っている。まだ開店していない店も、値段とメニューが確認できるのはありがたい。


(さっきのアイスクリームも、なんかいかつい名前で高そうな和食屋のデザートにあるな。味だけは教えるから、気に入ったら依頼を、ってことかな)


やり口がすこぶる商売人じみているが、千暁ちあきにとって、これほどわかりやすい報酬もない。やってもやらなくてもいいのは、気楽でいい。


扱いもわからない【権能スキル】を使う権利を寄越されたって困る。


オーダーメイド食器の報酬などは、まだ文字列が灰色がかって反応しない依頼もあるが、今後焼鉢やきばち様が変身することがあれば……と文字が浮かぶ。


(けど、それぞれ違う店舗でティーハウス、喫茶店、居酒屋……飲み物だけで店がみっつ、よっつ、いつつ……手広すぎでは?)


   焼鉢やきばちさん、食道楽で神になったから

   おいしいものにとっても詳しいよ!

   千暁ちあきさんと会う前は、他神相手の店で

   人気だったから、信者がアレでも存在だけは

   できていましたし!


神様同士でもまほろポイントのやり取りは発生するらしく、焼鉢やきばち様の味に惚れ込んだ神々がこぞって便宜を図っていたらしい。


とはいえ新しく【権能スキル】を得るほどではなかったそうで、味に飽きられたら消えてしまう。


千暁ちあきのポイントにより独自の【稀覯権能きこうスキル】に目覚めたのは大きいそうだ。


灼熱に炙られようと、吐息も凍りつく極寒だろうと、完璧に過ごしやすく整えるこの【独自権能ユニークスキル:そしらぬひばち】。


なんと類似【権能スキル】がないらしい。


生前は本気で心地よさを追求して遊び歩き、後に神として求められた焼鉢やきばち神だからこそ発現した【独自権能ユニークスキル】だ。


過酷な修行を乗り越えることを是とする人神には決して生まれ得ぬもので、人の不快と限界に疎い自然と観念の神々には尚更に稀な【権能スキル】である。


この【独自権能ユニークスキル】を貸し出すことでまほろポイントの元手が増えて、これまで以上に好きなことに邁進できるのを、喜んでいたとつた様から聞く。


なんとか色々置き換えて理解しようと努めたが、知らない話ばっかりだ。


他にも聞かされたが、疲労と糖分が回って眠たい頭では3割くらいしか分かってない千暁ちあきである。


(【権能スキル】の発現って、こんなくじ引きみたいに、神様にも予想外のところでほろっと決まるんだ……こわい。でも確かに、災害、火災現場とかでも役立ちそうだし。今後もまほろポイントを定期的に得るなら十分なんだろうな)


焼鉢やきばち様の店は、千暁ちあきには全然わからない商品が、数え切れないほどあって楽しい。


(そうか、借金がないのなら、月に一回くらいは外食してもいいのかな?)


そう思うと、ちょっとだけわくわくしてきた。


1,000円、いや、2,000円台のをそのくらいの頻度なら家計的にも許されるはず。


極力、初めて自分の給料と思えたマイページ右上の貯金額から目を逸らす。


だめだ。


少しでも調子に乗ると、すぐに思い上がるなとばかりにきっと不幸になる。


(稼いだ端から借金で吹き飛ばされたし、お金の扱いが別の意味でダメな気がする。極端に節約してこれ以上、つた様に面倒を見させたり、反動で散財しないよう、家計簿つけないと!必要な物までむやみに控えるのは、つた様に迷惑をかけてお手をわずらわせたくないし……つた様も、いつまで飽きずにいてくださるかわかんないし)


「ひゃっ……!」


冷たいひゃっこい


ほうじ茶のグラスを弄んでいた他の黒い手が、首筋を撫でたようである。


大きなつた様は、どこに本体を置いているのかわからないけど。


右の耳元で、しっとりとした囁きを聞く。


   あーあ、飽きるとか、そんなこと

   言っちゃうんだ。


ちゃぷ、とかすかに湯が揺れる。


ずる、と泡を割って千暁ちあきの横から抱きしめるように黒腕が増えた。


無体はされていないが、妙にのしかかる圧に、ほけっと見ていた千暁ちあきは遅れて失言に気づく。


「……それに不敬かもしれないけど、つた様とは面倒をかけるより、一緒においしいものを食べられるとか、そんな関わり方がしたいです……」


蕎麦を食べては落ちそうな頬に手を添えるつた様は、それはそれはかわいかった。


千暁ちあきの生活習慣がいつ死んでもおかしくない雑さだからと、つた様が気を揉むような時期は早めに卒業したい。


ぺむ、と自身の顔を抑えるようなポーズをとったかと思うと、もちもちと撫でられる。


   やめてね、変に遠慮するの。

   あたし、千暁ちあきさんが死んじゃうの絶対

   やだし。


(どれだけ虚弱に見えてるんだろ)


答えは転べば骨が折れる程度に、である。

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