第6話 汝が命運、我が掌中にあり。

仕事を終えた瞬間、また大人のつた様に抱きしめられた。


大層お怒りのつた様は、心ゆくまで千暁ちあきをくすぐると、細い指で顎を捉えてこう仰った。


   もう、やることはひと段落しましたよね。

   これからしばらく貴方の全部、あたしが

   好きにしますから。


拒否を赦さぬ宣言であった。


「……? はい!」


まあそういう誓約だったしそれはそう、と千暁ちあきは何も疑問に思わず頷いた。


そもそもが真っ向から誓約に逆らって、何故か見逃してもらった直後である。


散々助けていただいた優しい神様だ。


この方に呪いを剥がしてもらわなければ、果たして誰が加護なしノースキルなど助けてくれたのか。


どんな目に遭おうが、命運を委ねるのに不満はないし、不安もない。


もう、妹のことがないなら、千暁ちあきにやることもないし。


(……変なこと言ったかな、つた様固まっちゃった)


つた様に内心が筒抜けていることを、あまり深く考えていない千暁ちあきである。


なんだか小刻みに腕を振るわせていたつた様が、頬を両手で挟んでふにふにとしてきた。


   絶対このほっぺたをふっくふくに

   するんですから!

   BMIがせめて19……20になるまでは手を

   緩めませんからね!逃しません!


(……標準のちょい下だ。達成しやすそう)


BMIは体格を評価するものだが、千暁ちあきは医者から嗜められるギリギリを踏み越えながら、母の作った借金の返済に勤しんできた。


まあ全然見誤って健康を維持できないほどに痩せすぎては、社長命令の健診で内臓的にまずい数値を叩き出し、その都度検査入院を申しつけられている。


概ねの診断項目を満たして、紛うことなき病的な痩せであると説教を頂いていたけれど。


(神様がBMI使いこなせてるの、なんかおもしろいな)


ほっこりする。


   千暁ちあきさんがどれだけ医者と

   栄養士に怒られてきたと思ってるんです?

   後ろで何度も聞いてたら覚えますよね。


つた様はなんだかしっとりしてる。


とはいえ、千暁ちあき自身はあまり深刻に捉えていない。


現在の千暁ちあきは身長172cm、体重53kgほどなので、ここからBMI 20になるには少なくとも7kg必要である。


貧困由来の痩せなので、金さえあれば食事は摂れる。直に体重も戻るだろう。


(つた様も暇じゃないだろうし……前は高くて断った病院の栄養食品とかも合わせて飲めば早めに)


   それも大事ですけど、食べられるなら

   おいしいものを食べてもらいます!

   一汁一菜は欲しい身体にしてやるんですよ!

   焼鉢やきばちさんも仲間にしましたから!


(なんの……?)


   お知らせ

   つた神、焼鉢やきばち神による

   【健全生活委員会】が発足しました。

   貴方が原因です。反省しましょう。


(そんな地域の怪しいセミナーみたいな……えっこれ私のせいなんです?)


   ほんとに千暁ちあきさんのせいだよ?


(…………はい!)


そして大きなつた様に手を引かれるまま、先程の保護シェルターに戻された千暁ちあきである。


身体が洗い終わったら呼べ、押し込まれたバスルームには、何故か甘い香りのもこもこした泡風呂が用意されていた。


(……つた様、何か洗ってるのかな)


何故か追加されたシャンプー、トリートメント、コンディショナー、ヘアマスク、ボディソープが居並ぶ光景が、裸眼の千暁ちあきに圧をかける。


どれをどの順だこれ。


(しゃんぷー、うん、これがシャンプーだ)


目を細めて間近で確認していく。


普段リンスインシャンプーの詰め替えをそのまま使う人間なので、疲労もあって予想以上に頭が働かず、手間取ってしまう。


   お知らせ

   シャンプーの次は、右から2番目の

   コンディショナーを使用してください。


(マイページのかた……!)


   お知らせ

   今日はそれでケアを終えて早めの就寝を。

   貴方に足りないのは髪の潤いよりも、

   栄養と睡眠です。


AM.2:00の文字がご機嫌なピンクのネオンカラーで視界に大写しになったと思ったら、電気が切れたように明滅し、叩き壊されたように下に落ちた。


一連のアニメーションがひたすらやかましい。


(やっぱり中のかたのセンス、なのかな……?)


見るたびにヘンに凝っている。


肌が焼けなかったので、防護服から下に汚れが染みてないとはわかっているが、恐らくつた様が触れるため念入りに洗う。


時折マイページのかたの豆知識を聞き流して意識を保ちながら、なんとか洗い終えてつた様を呼んだ。


    はーい。


「……ぅを」


泡風呂からにゅらん、と黒い女性の腕が一本だけ差し伸べられて、思わず変な声が出た。


入るならドアからと思っていたので、流石に動揺する千暁ちあきである。


    お湯いれておいたの!一緒にはいろ?

    もし寝ちゃっても運びますから!


「つた様……ありがとうございます!寝ないようにはしますけど」


    んふふふ!余裕でいられるのは

    今のうちです!


(……楽しそうだな)


嫌な予感はするが、つた様の手を取るのに迷うこともない。


手を握ると、そのまま湯船に浸かるまでを、しっかり支えてくれた。普通に介護だ。


「あっちょうど良い……きもちぃ……」


いくらでも入っていられそうな、程よいぬるさだ。


泡のおかげだろうか。


   お知らせ

   入浴剤は市販の『バブルバス ピオニー』を

   使用しています。

   【独自権能ユニークスキル:そしらぬひばち】が

   発動中です。


独自権能ユニークスキル】ってこんな使い方もいけるのか。


というか、神様の権能をこんな使い方をしてしまっていいのか?


    焼鉢やきばちさんは帰りましたけど、

    千暁ちあきさんが今日も頑張ったからって、

    飲み物とアイスくれましたよ!

    あたしもさっきいただきました!


ぱち、とつた様がかろやかに手を叩くと、青磁の小鉢に、何種類かの柑橘を丁寧にむいたのをたっぷり添えた、バニラアイスらしきもの。


それとお茶らしき大きめのグラスが木桶に乗ってぷかぷか浮かぶ。


神様視点では、深夜のアイスは健康的に有りらしい。


濃い橙と淡い黄色のグラデーションとなるよう並んだ品種の異なる柑橘に囲われた、完璧に丸いアイスが罪深い。


(ルームサービスでもこんな豪華なのそうそう見ないな……)


まるっこいアイスに匙を差し入れれば、少しも形を崩さずにすくいとれた。


アイスの濃厚な後味を、果汁の多い柑橘の爽やかさに拭われる。


アイスにも焼鉢やきばち様の【独自権能ユニークスキル】が働いているらしく、浴室の熱にも一切溶けることなくベストな固さを保ったままだ。


一口ずつ呑気に噛み締めても、焦らずにいられるのは助かる。


甘さで喉が乾けば、よく冷えた香ばしいほうじ茶もまたありがたい。


(……人が【権能スキル】頼りで、だめになる理由もわかる!)


風呂に浸かってのこれは、確かにダメになる。だってあまりに素敵すぎる。


というか蕎麦は支払いしたが、これだってタダで食べていいような代物ではないのでは?


   お知らせ

   焼鉢やきばち神が貴方の働きにより、昇格しました。

   今回はその褒賞も兼ねているので、遠慮なく

   食べましょう。


「昇格って、なんですか?」


   お知らせ

   神としての格が上がると、存在するのに

   必要なまほろポイント値が減り、

   あらたな【権能スキル】に開眼する

   ことがあります。

   例:【独自権能ユニークスキル:そしらぬひばち】


「あれ、新しい【権能スキル】なんですね……」


(税金が減るみたいなものかな……?【独自権能ユニークスキル】って、神様独自の、って方か)


   そうですね!

   焼鉢やきばちさんの場合、逸話が職人系だから、

   神に成った時に、【汎用権能はんようスキル】しか発現しな

   かったみたい。

   他の神と差別化できなかったせいで、あまり

   信仰も広まらなかったから……

   千暁ちあきさんのまほろポイントで、初めて

   焼鉢やきばちさんの【独自権能ユニークスキル】が発現したのは

   神が存続する為に、とっても重要なこと

   なんですよ!


確か、焼鉢やきばち神を掲げる一族は、彼の方の名前だけを利用していたとは聞いていた。


「神様になったばかりは、よほど逸話がない限り、他の神様も持ってるような【汎用権能はんようスキル】だけがある。まほろポイントを一定量納めた神様は新しい【独自権能ユニークスキル】に目覚めて、信者にも【権能スキル】を貸し出せる、って理解で大丈夫ですか?」


   合っていますよ!


なるほど、【権能スキル】の利便性だけ考えて、神を信仰するやつもいる訳だ。


そして、よほどまほろポイントを稼げる信者を抱えていなければ、神は存続すら危うくなるのだろう。


迷宮清掃員ダンジョン ジャニターが、やたらと宗教団体に引き込まれそうになる訳である。


だとしたら、信者の全てを破門したとかいう焼鉢やきばち様と、いまだに謎の多いつた様の今後が不安になる。


(……やっぱり、よほど縁でもないとまほろポイントなんか使い道ないな。ドブに捨てようかと思ったけど、つた様と焼鉢やきばち様に何かあった時用に貯めておこう)


空の皿とグラスに手を合わせる。


(昇格おめでとうございます、ごちそうさまです、アイスもお茶も、大変おいしいです。ありがとうございます……神様相手の御礼って、あとはなんか送るものがあったな)


依頼で手に入れた素材は、貸し倉庫に貯めていた。これもあとで確認しなくては。



………………


ちょうど身長172cm、体重53kgの業者DMの存在を知ったので追記しますが、幸薄眼鏡氏はなんか病気したら死にかねないなぁというレベルで病的に痩せてるけどまだギリ働けるか……?なあたりを目指した設定です。

潤沢な予算のもとで計画的に痩せてはいないため、骨粗鬆症+筋萎縮+既に内臓の働きに様々な支障が出ているので、よく医者にこらってされてます。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る