④ おやすみよい子

   

 〈いいから髪乾かしておくちとじて寝なさい〉


  あ!あたし!あたし千暁ちあきさんの髪やる!

  やります!ねー!


  〈生まれて数年の小童宛に煮湯にえゆの方より

    〜あまり調子に乗るなよ〜

   とのメッセージを預かっております〉


  きゃー!お母様ごめんなさーい!


わちゃわちゃと話す神様方を、パジャマを着ながらほんわか眺める千暁ちあきだ。


(マイページのかた、意外と流暢に話すなぁ……!)


ドライヤーの音にもかき消されない声音は、抑揚の乏しい女の機械音声だ。


謎は深まるが、もう眠たい千暁ちあきには会話から正体を察するどころか、まともな聞き取りすらも怪しい。ひたすらねむい。


短髪は素早く乾くのでいい。なんか変な癖がついたがもうねむい。


歯を磨いていると、言い合いを終えたつた様が、小さな手で甘い香りの化粧水だのをてちてちと馴染ませてくださるのが気持ちいい。


歯を磨き終わる頃には、どうにも直らないひねくれた髪に、指をわなわなさせていた。かわいい。


そして布団をめくったところで思案する。


(……ベッド、どうしようかな?)


つた様にベッドを譲ってソファに寝るべきか。


なんか手を差し出してぴょんぴょんしているつた様の解釈が難しい。かわいい。


   〈おやすみなさいのハグです。

    ハグをしたらつた神は帰ります。

    そして千暁ちあき氏は目覚ましをかけず

    寝るべきです〉


    えっ……えっ?!かえるのあたし?!

    あの、まくら、枕持ってきたよ!?

    おとまり……!


   〈いつまで降臨する気でいるんです?

    危機は去りました。これ以上は

    利用者の認識を故意に歪める行為です。

    マイページとして見過ごせませんよ〉


    んんん……!でもぉ……!

    ……ひゃっ!


何も話を理解していない千暁ちあきは、はぐ、ハグかそうかと小さな身体を抱き上げると、入浴剤の甘さに混じって、爽やかな薄荷の匂いがする。


抱きしめたつた様の肌が、風呂で柔くぬるんでいたのにほっとした。


昨日みたいな、氷のような冷え方はしていない。


(……軽い。見えないのに身体はある。でも、身が詰まった重みがない。神様なんだなぁ)


同じ背丈の頃の妹を抱えた感触と全く違う。


それでも馴染み深い感覚に、常に張り詰めた気が緩む。


   〈千暁ちあき氏、つた神は枕にしないように

    ええ、はい。もう駄目ですね。

    おやすみなさい〉


    ダメってなにが?!ひゃー!


つた様を抱えたまま、ベッドに潜り込んだ千暁ちあきである。


    え、え、千暁ちあきさん、あたし枕を

    ……あっ寝てる!はやい!


明日に何の期待も持てないのは変わりない。


もう誰の為にも頑張らなくてもよくて、自分のために頑張れるほど愛着もなくて。


だから本当はきっと、今日死んでおくのが一番楽だったんだろうけど。


    なんで……じゃない!やだ!

    そうならないで!


夢現にでもそう考えた瞬間、両頬を押しつぶすかわいい神様は、それが違うとおっしゃる。


(なら、しばらくは。うん、生きてても、もう何もすることはないけど。私が死んで喜ぶ連中が全員いなくなるまではせめて)


ちぃちゃな手に執拗に頬を揉まれながら、昨夜よりは随分とマシな気持ちで、穏やかに目を閉じたのだった。

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