第2話 余波〈他視点〉
英雄、現人神候補、教団のシンボル……呼び名はそれぞれに、祭り上げていた連中の
当然、故人が生前周囲に誇っていた功績を代わりに冠して、突如燦然と輝く二つ名のついた
義務としてネット公開されていた、何も映らなかった清掃動画も、今や呪いの軛を外れてまともに鑑賞できるようになってしまっていたので。
何十人もが騙ったきらびやかな功績が、どうやら長身痩躯の眼鏡女による、孤軍奮闘で成されたものと広まるのと同時に。
概ね信者の働きで、信仰する神の面子を保っていた連中である。本当に働いてたかはご覧の有り様である。
こんなことを信者が起こすなんて、神の目が節穴か、法を軽視したか、人権を把握していないか。
いずれにせよ敬遠されて、新たな信者が見込めなくなる。食い物にされる側には、誰だって回りたくはない。
神が紛れもなく己の失態で、消え失せかねない事態に界隈は震撼した。
ああ、何故こんなにも世を混乱させる前に、ちゃんと死んでくれなかったのか!
……更に
逆恨みでより身を持ち崩す連中がいる一方で、心底
『今日、TVで何があったん?お気にのドラマが放送中止でみれんのやけど……』
『
『
軽快なBGMにのせて、訳知り声の誰かが語る動画。
次々と携帯端末の画面を更新する女の姿が、北海道北見市のとある民家、ごちゃごちゃと書籍とノートパソコンが置かれた
「くそやろうどもがよぉ」
ヒトの親友を食い物にしやがって。
そう呟く女はふわふわした長髪を、赤い鉛筆をかんざし代わりにさしたまとめ髪。
垂れ目の優しげな顔立ちは、殺意を含んですこぶる荒んでいた。
こたつに潜り、着る毛布で氷点下の北見をやり過ごす、ふてぶてしい
事件の始まりは、前日の朝から各地で政治家、富豪、著名な
結果的にチームを組んでいた無関係な
不十分な情報で不適切な放送をしたかどで、まほろの自動監視に引っかかった各局の電波が、次々と停止されたためである。
ネットニュースも同様のようで、先程からこの大事件に関しては沈黙を貫かれ、当たり障りのないことしか報じていない。
投稿するのが主に素人の感想故に、比較的まほろの監視の薄い動画サイトは、
とある動画で、のどかの指先が止まる。
二つ名のある
1、5、10、20、30、50人目……そこまで連ねてもまだ続く。
そんなネタ動画の、あまりの再生時間の長さに、静かに舌打ちする。
唐揚げの皿へのばしたフォークが、油を吸ったキッチンペーパーだけを刺した。
くそみたいな情報を漁る時、逐次唐揚げを投入して脳の感覚野を心地良さで埋めるのが、冷静さを保つのに最適なのだが、さきほどのが最後の一個だったらしい。
(……さむ)
のそのそと濃茶の着る毛布を巻きつけながらこたつから這い出る。
暖房のない高校の道場畳を、裸足で踏んだ柔道部時代は過ぎて遠いが、鍛錬は怠っていない。
小柄ながら、筋肉の盛り上がった分厚い背中を、寒さに丸めて、のどかはのそのそと寒い廊下を歩く。
彼女にぬかりはない。
冷凍唐揚げはあと2袋用意してある。
ざらざらと天板に並べた唐揚げを、オーブンでかりかりに温めていると、目の前にあやとりの橋を模した紋が橙色に光り始めた。
親友から紋による着信だ。
ちょうどよかった。
2年前に失踪した親友の顛末は、のどか一人で抱えるには重すぎる。
相手はどうしても外せない儀式がある、と情報収集を託してきた高位神官の女だ。
その女の名を、
「ヨリ氏、やっぱ青森にいたわ、ちあ氏だった。それ以外の情報はわかんないけど」
やっとみつけた、探し求めた親友の姿に、しばらく休みを取ったとは
紋画きという自営業故に融通がきくと言えば聞こえがいいが、何かあると無理にでも働く気概が枯渇する。
小学校時代から今までのつき合いだ。
周りからは
恐らく警察に保護されただろう親友に、今自分達が何かできるわけではない。
それでも、少しでも事情を知りたい気持ちがあった。
『のっちゃんまじ?!やっぱ洗脳かなんかだったしょ?!ちあちゃんがうちらに何も言わないでいなくなるの、絶対ヘンだと思った!!そんなはくじょーじゃないし!絶対ぜーったい、いらんことまで言ってから、律儀にさよならするっしょ!ゆるせねええええ!!』
底抜けたような高い叫びが響く。
神具を振り回しているのか、しゃんしゃんしゃんしゃん、と涼やかにやかましい。
こいつ、もしかして仕事中にかけてきたのか?
「まだ何も確定してないよ落ち着きな?仕事終わってんの?」
『む〜り〜!せめてあのまま北見なら、まだなんか気づいて祓えたのに!!あぁあああもぉおおおお!!あずましくないぃいい!!』
地団駄を踏んだ音が聞こえる。
合わせて何らかの破壊音が聞こえるが、本当どこにいて何してるんだこの女。
「……ね、
卒業の日、深々と
(あんたの妹なんだから、気にかけない訳ないだろうにさ)
学生時代から、親代わりに育てていた妹は、紛れもなく
妹に何かあればどうなることか。
想像もしたくない。
きっと、もう
『妹ちゃんはだいじょーぶ!のっちゃんの描いた紋もあるし、ちあちゃん自身からも神社に多大な寄付頂いてるから、うちの神様も手塩にかけてワルイモノ祓ってるからね!未成年用の加護も20歳までは続く法案、この前通ってたし!あと5年は猶予あるよ』
「だね。……間違ってもあの子になんかあったら、ちあ氏、立ち直れんからよろしくね」
『わかってるー!でもあの子、めっちゃ嫉妬深くない?うっかり顔合わすと、すっごいお姉ちゃんの最新情報おねだりされんだけど!ないよ!むしろうちが欲しいわ!』
紋越しに、けたたましい声に被り、おぞましい悲鳴と怒号が響き始めた。
うるせぇ。
「はいはい切るよ」
『片付け終わり次第そっち行くから!ね!』
通話を切ると、静けさを取り戻した部屋が、急に寒々しく感じた。
小学校からの親友が、音信不通になって2年経つ。
マニュアルを発表しに東京まで行ってくる旨を最後に、あまりにも唐突にメールが途切れたから。
教えてくれるはずはない、とわかっちゃいたが、1年経ってから事件性を疑って職場に連絡しても、
(それはそうだけど、さぁ。なーんかヘン、だったんだよな)
家系が
それを
マニュアル作成にも、ほぼ自分の技術ではないからと、のどかと
……マニュアルができあがってからだ。東京で発表する
社長にいい酒を飲ませてもらう、なんて息巻いたのを最後に、橋を模した親友3人専用の紋にも反応がなく、挙句に携帯まで解約されていた。
もう成人してしばらく。
生活も変わり、拠点も離れて、連絡がつかないのは自然なことだと。
(思うわけないだろうが、ばか!)
だいたい、お互い金稼げるようになったら温泉いこう、なんて約束はどうなったんだよ。
この長いつき合いで、約束を破ったことなんか、一度もなかったじゃないか。
(諦められるようなやつじゃないのが、何もかもわるいんだよな。あんたと、心置きなく遊べる日、がきの頃からどんだけ待ったと思ってんだよ)
唐揚げが温まったとうるさいオーブンを黙らせた。
またのそのそと廊下を戻り、部屋の戸を開ける。
ぶわ、と暗い廊下に、七色の光が差し込んだ。
鈴の、涼やか、というにはけたたましい音。
調子ハズレの笛の音が、静まり返った家全体が軋むように響き渡る。
空間転移の【
「……あ゛?」
その諸々の喧しさから、日中の屋外使用を推奨される権能である。
「あっ!のっちゃん!?なんで……ぎゃぁああ!ごめぇん!座標間違っちゃった!」
「いつものじゃん」
晴れやかな笑顔で部屋にいたのは、薄青い銀髪に、金の神紋が浮かぶ深い青眼の……素直にびじょ、と称するにはとことん落ち着きのない親友だった。
さっきまで唐揚げの皿を置いていた、
口を閉じて……いや。眠って……もダメだったな。
見た目だけなら磨き上げた水晶のような透明感あるかんばせに、彼女の神に色味を合わせた巫女装束をまとった巫女だけど。
どこぞの神がその身を求めても、口をきいて1分で丁重にご遠慮されるほど、けたたましい女であった。
粗忽なので、こうして土足で人の自室に現れたりもする。
「ごめんね……!あのあと、ちあちゃんの件でまほろから応援要請あってさ。のっちゃんのことも推しといたけど、いいでしょ?」
「まじ?なんて?」
ウェットティッシュを投げてやると、
「ちあちゃん洗脳してた奴が借りてたの、神の権能じゃないみたいでさ……」
「まあ、神から出るはずないよね。洗脳系は」
権能一覧に持ってるだけで信者が来ない、ぶっちぎりの不人気【
「そそそ!でも、今後、ちあちゃんみたいな人、助けられるかもしれないから、警察所有の付喪神として封じてほしいって……のっちゃんにはうちが聞いてから、正式に要請ってことになってるけど。ど?」
神に成るには、様々方法がある。
今回は大罪を犯したものの、その能力だけを求められ、いつでも使えるようにすることで、罪を償う形にするようだ。
……対象は悪魔か妖怪とでも融合してるんだろうか?
「やる。もう出る?」
「よね!移動紋は許可降りたから、今すぐでもいいよ!」
一人暮らしの一軒家なので、水落としは流石にいる。帰って水道管破裂の憂き目は避けたい。
身繕いと荷造りは紋の発動に任せても、支度が済んだ頃にはなんだかんだと30分はかかった。
「済んだよ、いつでもいける……どしたの?ヨリ氏……?」
自室に戻ると、淡く紺色に光る紋……警察、の文字を丸く囲ったそれを前に、
きゃぁん!と黒板をチョークで引っ掻いたような声量でもって、甲高い悲鳴をあげた。
「
「……は?」
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