② 親友〈のどか視点〉

その一報を聞くや否や。


電話を握りしめていた伊依いよりが七色に輝き、ご機嫌な音楽が流れ始める。


激しく鈴を打ち鳴らし……一本歯下駄を広げたハンカチの上に置いて履いた。


「準備OK!のっちゃん!飛ぶよ!!」


「は、ちょ、くつないからまちな……!?」


急なお祭り騒ぎに事態を飲み込めてないのどかを、伊依いよりがしっかり抱きしめて転移した先は、騒然とするどこぞの会議室?らしい。


けたたましい登場に、その場の全員の目が向いたのを感じて、のどかは顔を両手で隠した。


「座標を考える時間ぐらいあっただろ!」


案の定土足で机上に推参した伊依いよりの頭を、丸めた書類で叩いた神職の老人である。


……伊依いよりの父親だ。


差し迫った事態に、早々に説教を諦めた道橋父は、粗忽者がよ、と諦め半分疲労十二分に呟くと、がしがしと頭を掻いた。


「どうもこうも、戦略的な神格化だよ。ネット越しに伝播する怪異が、被害者の泣き所を探す連中に声をかけたのさ。元々、できてたことが、またできないはずがない、私なら叶えられるってね」


「はー!?無理に決まってんじゃんそんなの!井守程度が警察とか、まほろまで誤魔化せないしょ!ちあちゃんへの犯罪がバレなかったのは、親族筋の呪いのせいで、井守は全然関係ないじゃん!」


「そんなもの部外者にはわからんよ。わからん連中が心から信ずれば、それは神の真実になる」


加護なしノースキルに対する加害は一切が秘匿され、好きに働きを搾取できる世の中に戻せる、と喧伝したそうだ。


記憶が消えたところで、記録が残る以上犯罪など誤魔化せるわけがないのに。


「井守だぁ……?」


千暁ちあきが辞めたと嘯いた女だ。


つい先程、思い出した名前だった。


ちあちゃんの職場の後輩、と言いながら伊依いよりがしゃかしゃかと鈴をリズミカルに掻き鳴らしている。


鳴らすと鎮静効果のある鈴だったはずなんだが、伊依いよりは効いててこれだ。


「押収したパソコンからは、これまでの井守容疑者の【神としての成果】があった。忘れたい過去を、記憶から消せて、人生を変えられた感謝ってのは相当でかい。トラウマで廃人同然だったのが、元の仕事を取り戻せるほどな。お前みたいな踊って全部忘れる奴にはわからんだろうがね」


「昇華が見事と言ってよねそこは!!……あいだあ!のっちゃん痛い!でこにひびくぅ!!」


「忘れてた。脊髄反射で行動するのやめな?1時間もしないうちに座標間違えやがってよう」


「やめぬ!」


「危ないところに出たらどうすんだって話してんだこっちはさ」


「ばづんっでいっだぁ!!!!」


ギャンギャンと喚いていたが、靴無しで転移きょうはんさせられたのどかにより、再度のデコピンで床に沈められる伊依いよりである。


静かになったので、改めて親友の父に頭を下げる。


「ご無沙汰しております、みちおじさん……」


道橋父は困ったように笑うと、スリッパを差し出してきた。


座標を誤るなど想定内だったらしい。


いつもなのかよ。


「のどか君も、いつもうちの粗忽者が世話になってるね……本当に、本当にお世話になってて申し訳ない」


のどかはそっと首を振った。


道橋は間違っても絶やせない血筋の特殊性から、妻同士も顔を知らないような一夫多妻婚の家だ。


必然的に父親としての関わりは薄く、伊依いよりは職務で次々他の異母兄弟を死なせた父を、普通に無能な上司扱いしていた。


父もまた跡取り娘の伊依いよりの軽挙妄動を危惧している。


修行で培われた神力がよる年波で衰える中で、なんとか踏みとどまっていた。


のどか からすれば、道橋父にクラスメイト随一のトラブルメーカーを、もう少しでも落ち着かせてからの引退をお願いしたいところだ。


「いえ、私も伊依いよりさんには助けられてますよ。……今、彼女ちあきは?」


千暁ちあき君は、とりあえず警察が保護したが……暗殺の危険がある」


「ちあし……んん、千暁ちあきさんにはいつものことですがね」


正直守るのが遅い、と怒りたいくらいだ。


親友は、それは公的機関の仕事だからと、決して戦える自分達を盾にすることは考えなかったのが小憎らしい。


堅物はこれだからよ。


自分は加護なしノースキルの分際で、誠実に法律を守っている、と言いたいだけのくせに。そんなことを矜持にしやがって。


だったら遊びで髪を焼かれて殴られた時点で、正当防衛だって、通してよかっただろうに。


「いつもかぁ」


「そう、いつもだよね!誰かに危害を加えるのが犯罪だって、どうしてわかんないのかなぁ!?」


「お前が言うの?」


鈴型の神具をかき鳴らしながら、伊依いよりも憤慨している。


誰も彼も、罪を着せた取るに足らない清掃員を、軽々に殺そうとして、結局7年果たせなかった。


連中から千暁ちあきを守り切って、やっとこの日がきた。


伊依いよりものどかも、親友ちあきを傷つけた連中に直接手を下す機会を心待ちにしていたのだ。


想定以上に千暁ちあきの書いていた敵対者のリストはぶ厚いが。厚い上に何冊もあるが。


あの法に則り陰湿に人を呪う女が、とうとう正当に解き放たれる。


へふ、と変な笑いが漏れた。


(どいつもこいつもちあ氏をみくびりすぎなんだよ。戦う力は人並みだけど、土壇場の生存力はうちらの代でも指折りだし、あとものすごく執念深い!ほんとにやばい!恨みなんか、事細かに時系列も記録して覚えてる。容疑者連中が下手に示談とか考えてないのは、ある意味正解だよ。事が明るみに出た時点で、和解のチャンスは潰してるんだから)


妹の件以外は、これまで虚仮にしてきた連中を一人残らず犯罪者として往来を歩けなくさせることを、人生の支えとして生きてきた女だ。


相手も選ばず、なんとなく冤罪を着せてきた連中が、相手になるはずがない。


抱いた殺意の年季が違う。


たとえ千暁ちあきを殺せても、十重二十重に対策は練られていた。そもそも懇意にしていた警察が見過ごさないだろう。


「てか、道橋神官殿ぉ、なんでもう井守が神登録されてんの?不受理さぼった感じ?」


「えっ不受理願いとかできんの?」


「とーぜん!じゃないと自分の考えた最強神とか作っちゃって無法地帯でしょ。法があるんだよ、まほろには。普通はこういうの、人間側がするの。神様になんでもさせたら、いずれまほろを箱庭ゲームみたいにされかねないしね。で、どうなん」


「……この話が入ったのが、ほんの5時間前だぞ。対応途中だったよ」


「なーにが対応途中だよ!5時間もあったんじゃん!うち言ったっしょ、怪しい時は不受理願いが義務化されてる!って!ボタンぽちー!で終わるし、犯罪絡みはなおさら真っ先にやれってー!!」


そんな怒る?とのどかは首を傾げたが、犯罪者にはよくある事例で、過去何度もカリスマのある凶悪犯が成し遂げたことすらあるらしい。


「……このまほろで犯罪者が神になるには最終的に従来からおわす神々からのがいる。先程神下ろしで頭巾薔薇ときんいばら様に確認したが、無事に花掬いの柄杓の方によって、此度の事件で裁きを受けない限り永年資格剥奪の沙汰が下りた。もう覆せんよ」


「キメてるとこあれだけど、その制度、人間側の体たらく続きで、神が水際で事態を食い止めるために出来たの忘れてない?なに御手を煩わせてんの。花掬いの柄杓の方と、頭巾薔薇ときんいばら様への御礼参りは道橋神官殿がするんだよ?インシデントレポート、書き方わかってる?」


「はい……」


なるほどな、とようやく納得した。


神の威光がまほろ存続には不可欠だ。


凶悪犯でも他人の財産を詰めば無罪放免で神に成れるなどと。


神などこの程度の畜生、と侮られてしまえば、まほろ崩壊の序章となってしまう。


「今はまほろポイントを注ぎ込むことで、なんとか神の体裁を保っているが、未だ井守の神名も明らかにならず名告なのりすらできていない。ポイントが途切れれば、呆気なく怪異に身をやつすだろう。烏合の衆が神敵ちあき討伐で団結しているが、目的を果たせば即座に瓦解する」


伊依いよりの父は、しぱ、と水性マジックのキャップを外すと、会議室に置かれたホワイトボードに役割分担を書き記す。


「その前に井守を付喪神に封じて、その権能を加護なしノースキルの原因究明の方法にしたい」


オリジナルにほんでは古道具の妖怪とされながらも神の字を持つ付喪神つくもがみ


まほろではそれを便利な妖怪を、人がいいように使役する手法の一つであった。


封印部隊に、伊依いよりとのどか、それぞれの役割が用意されている。


「封印具……御神体、神紋を何にするか、情報がいる。これから井守の両親に聞き取りする予定だ」


神の形を表すものだ。


なんでもいい訳ではなく、この場合井守自身に強い執着があるものを選びたいらしい。


それに紋を描いて使用の際の条件付けを行うのが、のどかの役目だ。内容は警察側との相談になる。


「道橋神官、井守容疑者のご家族が到着されました。警察からの立会人の方はまだです」


「では、警察の方がこられるまで、お待ちいただいて……」


「いや、もうくるわ。のっちゃん?お願いできる?」


「あいよぉ」


はたして。桃紋とうもんが煌めき、室内に桃源郷の概念が敷かれた直後だ。


轟音と共に会議室のドアは吹き飛んだものの、誰にも破片は当たらない。


もうもうと立ち込める土埃の中、不可視の獣が唸る。


恐る恐る、とでも言うように、初老の夫婦が立っていた。


どこにでもいる、普通の夫婦だ。自分で願った癖に、起きた惨状に慄いている。


妻の側が、夫の腕に縋っているが、夫の脚もまた震えていた。


「む」


「む?」


「む、むむ娘を、返してくださいぃ……!」


「…………あ゛ぁ?!」


おまけに、相当あつかましいときた。救いようがない。


「洗脳犯罪の逃亡犯をー?無理でぇす!ばーかばーか!」


言葉もなく激昂するのどかの頬を、ぺちょ、と撫でるように後ろからくっついて、煽る伊依いよりだ。


「っ……!……むやみに煽んないの、イヨ氏。器物損壊の現行犯だ。私人逮捕、いけるでしょ?」


「もちしょ!いくよー、そーれ、必中!」


伊依いよりが、しゃん、と鈴が涼やかな音色を立てて、五色の布をひらめかせる。

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