④ 星がみている。〈のどか視点〉

添木そえき刑事のもとへ、必死に這ってきた井守夫妻に、彼と共に来た他の警察官がそれぞれ手錠をかけると、嘘のように夫妻の負った傷が消えた。


時に寿命を削り、どんな副作用があるかもわからない治療系の【権能スキル】は、基本的に本人の同意なしには使えない。使ってはならないはずだ。


そして、そのように設定されている。


(……え、なに、あの【権能スキル】知らん。やっぱ、警察ってこわ)


警察は国家登録権能を全て公にしてるが、その詳細をすべて把握できる者は少ない。


例えば、のどかが毎年必ず目にする血液検査の項目を、全てそらんじる事ができないようにだ。なんだよ、くれあちにんってよ。


同意なしで、全ての傷が消える。服もすっかり元通り。


巻き戻しに近い【国家登録権能スキル】は、どの神のものだったか。


少なくとも、一般人のどかがアクセス可能なリストにはない。


「な、なんで……」


井守父の方が唇を戦慄かせ、添木そえき刑事を凝視しながら、伊依いよりを何度も指差している。


井守母が、顔を覆って泣いていた。


(うーん……うん。そこで泣く?とは思うけど、イヨ氏をもちだされると、ぎりぎりなんも言えないネ……!)


抑制の利いてない成人女性に武器を持って襲い掛かられて、恐ろしく思わない人類は希少だ。


「なんで、なんで……!」


添木そえきの言葉が耳にも入らず、ただ手錠を引きちぎる勢いで、がしゃがしゃと暴れる井守父だ。


「む、娘はどうなるんだ!」


「あなた方の娘さんは人としての生をすでに終えました。再三の警告文を乗り超えて、本人が希望したなら、もうどうしようもない。見つかり次第射殺、その後に神体への封印措置となります」


「誰かが脅迫したんだろ!……まだ、成人したばかりの子だ!大勢に囲まれて強要されてない証拠はあるのか!!」


法を歪める最悪の犯罪者を、その法をもって守れという。


本来なら当然の権利だ。


まだ人間であるなら、井守にだってあった人権だ。


(もうバケモンになったみたいだから、その対象じゃないの最高)


真正面から争っても、調伏とかの名目で許される。


まだ何か言い募る井守父に、冷静に対応する若い刑事だったが、急に顔を抑えた。


「ブッ……!?」


唐突に噴き出した鼻血を、口で吸い込んだかしたらしい。


必死に咳き込みながら、苦しみ出した添木そえきに、水を打ったように会議室が静まり返った。


のどかはすぐさま手持ちの水彩ペンで、宙をなぞるが、探索用の紋にはなんの反応もない。


添木そえきの内部から発される力はあるようだが、井守による攻撃、という訳ではなさそうだ。


(……どこかからの茶々入れはなさそうだけど、無理そうだなあの刑事。使いこなせてない【権能スキル】で何が起きるかわかんないし、離れとこ)


原因もわからず、おいそれと触れれば何が起こるかわからない。


救助を試みて、何もない場所で感電死した事例もある。


誰ものたうち回る添木そえきに手を出せず、方々に目をやってうろたえる中で。


ぱん、手を軽く打ち鳴らす音が、よく響く。


「ご懸念はごもっとも!ですが神と化すのを強要された場合、瞬時に防護結界が張られ、警察に召喚する形で避難できるので、もちろん井守さんも無事に逃げられたはずです!そもそも、まほろ建国以来から問題なので、そこはね。……ご自身で選んだ以上、一切の取り消しはきかないんですよ」


朗らかな声が響く。


「また、まほろの警察では、人間に必ずある間違いは即座に正せばゆるされますが、不正を理解して行った場合は全ての関係者が、誓約うけいによってただちに発覚します。具体的な事例に関しては、全て公開していますのでご参考になさってください」


いつのまにいたのだろう。


ベリーショートの髪型で、パンツスーツを着た……50歳?ほどの女が、にこやかに笑っている。


女はにこやかに、刑事である園原 まどかと名乗ると、床をのたうち回る添木そえきに声をかけた。


上司、なんだろうな。


声をかけられた部下が大変嫌そうだ。


添木そえきくん、新しい眼はまだ使いこなせていないんですか?帰ります?」


「…………じょ、ぉだん!やったりましゅよぉ!」


むせ込みながら不明瞭な発語。


その場の全員がきっと思ったに違いない。


だめそう。


「う、」


だめだった。


口から出るか、と若干周囲が後退る。


おや、と言いながら園原は即座に上着を脱ぎ、這いつくばる部下そえきの前に敷いた。


「てめ、ぇくそじょうしやめっ……!」


手で抑えた顔面から、ぼた、と涙のように落ちたのは、薄青い光の玉だ。


それが園原の上着に落ちた途端、千々に砕けて。


「げ……!?」


周囲の人間めがけて、そこそこの速度で光が飛び散る。


さながら、唐揚げ調理中に床に落とした粉袋のごとく。


傍迷惑。


(あの……刑事のスーツ!拡散して威力を落とす、なんかの神造装備かな?!)


「あーらあらあら大変!逃げてください!他人の記憶を追体験する羽目になりますよ!主に今回の被害者の!」


(あっこれ被害出るの知っててやったやつか!あのわからず屋どもには有効だろうけども!)


あの刑事、なかなかの無茶を言う。


間に合わずに真っ先に浴びた、井守両親が呆然として動かなくなったのが部屋の隅から見えた。


警官や、その他の職員も平然としているのをみるに、元々狙っていたのか?


「のっちゃん、逃げる?」


する、と腰に伊依いよりの腕が回る。


少し考えて居直った。


多分、あそこでとび散ったのは、話の流れ的に親友の記憶が主だろうし。


運が良ければ、クソ女が千暁ちあきに何をしたかが分かる。


封じ込める神紋をデザインする情報は、少しでも多く欲しかった。


「いいや、あびる。死ぬようなもんでもなさそう。イヨ氏ならいけるっしょ。避けな」


了解わかり!」


瞬時に伊依いよりの熱が去り、チリチリと吹雪が肌を焼いた時の感覚がある。


次の瞬間、のどかはどこかの……会場らしき場所にいた。


……………


水ヨーヨー作りをしてるうちに、気がつけば一夏を終えました。

健康に悪い労働ですねあれ。

キリがいいので、ねっとり井守は次回です。

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