④ 餡掛け粥

仕事のできる後輩いもりは、既に千暁ちあきの反応は読み切っていたらしい。


というか、勤務時間外は、報酬がなければ動かない千暁ちあきの性根を把握しているというべきか。


井守は何が楽しいのか。


エプロンを着用すると、満面の笑みで鼻歌交じりに、コンロにあった小さな土鍋に着火する。


蓋を取り払うと、そこに水出ししていたと思しき昆布が見えた。


「お雑炊と、おかゆ。どっちがいいですかぁ~?」


「おかゆをおねがいします」


どちらも食べたことがあるが、井守が作るならおかゆの方が好みだ。


雑炊の味わいも捨てがたいが、塩だけでもうまいかゆの付け合わせに、毎度思いもよらないものを出してきて楽しい。


「はぁい♡ちあさん、 卵、お好きですよね?この前みたく、卵あんかけします?」


「ええ、ぜひ」


それは以前作ってもらい、大変好きになった味。素敵な提案だったので、うきうきと着座した。


フライパンに少しだけ土鍋の昆布出汁をとると、手早く調味料を混ぜて火にかける。


しゃくしゃくと冷や飯をざるで洗い、うっすらと湯気の立つ土鍋に放り込む。


寮ではあるが、全員帰宅時間がばらばらで、急遽の要請も多いので基本は自炊だ。


人が自分のために料理を作るところなんて、千暁ちあきはそう見たこともないので、井守が手際よく作業を進めていくのを見るのは純粋に楽しい。


「……高橋さんて、こなせる件数は少ないですけど。一件当たりのお手当、うちの倍はもらってますよね。なんでそんなにかつかつなんです?後輩に奢られて恥ずかしくないんですか?」


「どうも生まれつき悪縁に祟られているようでね。定期的に貯金がほぼ全額飛ぶんです。金はいくらあってもいいし、切り詰められるならそれに越したことはないので」


「あー、パチンコとか?」


鼻で笑う鈴木である。


残念。


正解は給料の大半を仕送りしろと強要したうえで、定期的に数百万単位の高額請求を投げてくる母と。


そしてその母に割を食った分は、娘のお前が全部返せと喚いてくる親戚連中である。


「ちあさん、できましたよー!」


「! はい」


出汁の利いた、いい匂いがしている。


せめて配膳しようと席を立てば、井守と鈴木に容赦なく下向きに肩を押されたのでまた座る。


井守はあっという間に食卓を整えていく。


黒い盆に、土鍋のかゆ。うつくしい形の薄い茶碗と、別の同じ色柄の食器に盛られた卵あんかけには、青ネギまで散らしてあった。


……このどこぞの宿でもそう出てはこないだろう銘柄食器の一揃いは、井守の私物である。


寮の備え付きの食器を差し置いての登場に、正直動揺を隠せない千暁ちあきだ。既に手元がおろそかな時間帯である。


「……いただきます」


井守に他意はないんだろうが、つい、これ割ったら講義何時間分でチャラになるだろうと考えてしまう。


とろみのついた醤油のあんかけに、ふんわりとした溶き卵がなじむそれを、茶碗に盛ったかゆに木匙で掬い落とす。


まだ熱いそれを吹き冷まして一口飲み込めば、じんわりとした熱が腹まで落ちるのを感じた。


「おいしいです……」


深夜の空き腹にこの上ない暴力であった。


「んふふふ!いーっぱい食べてくださいね!ちあさん♡足りなかったら、おかわりつくるんで!」


「とりあえず近いので離れていただいても?」


人の真横で、咀嚼を凝視する必要はないはずだ。


だが、こちらを見る目がひどくとろけて様子がおかしい。


「そして、いっぱい、いーっぱい教えてくださいね……♡」


あっ聞いてねぇなこれ。

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