③ 取調室

園原に案内されたのは、施錠できる……取調室であった。


素っ気ない造りの机を挟んで、2脚のキャスター付きの椅子。片隅に記録を取る人間まで座っている。


何故ですかと聞けば、被害者がお前との返答だったので、いつものかと大人しく部屋に入る。


「ところでなぜこのかたはおにぎりを?」


「空腹なのか、ここまで来る途中でご飯屋さんをよく指差していたので……近くでやってるのがコンビニだけだったんですよ。でも、食べてない、ですね……?」


「……高橋さんは朝食を食べましたか?」


「あぁ、ばたばたしていてまだ……まぁ、昼食を早めに取りますよ」


椅子の一つに園原が座り、千暁ちあきは迷った。


なんでか寮からここまでついてきたちいさな神様は。


たんったんったんったんっ


「………」


右手におにぎり(鮭)を持ったまま、千暁ちあきの足元で万歳をしている。何ならちょっと跳ねていた。


明るい場所でみれば、本当に1歳をようやく迎えたような子どもの腕だ。


おまけにこの角度、この近さ。


これは、かつて抱っこ待ちであった妹を彷彿させる光景だが、はたして妹と同様の対応で構わないのだろうか。


判断に迷う。相手は大変かわいらしいが神であり、千暁ちあきの妹ではないので、どの程度が不敬かわからない。


そっと近くに両手を差し出すと、その間にみえない身体を滑り込ませている。跳ねるのもやめた。


あってた。


「失礼します、よ」


抱き上げれば想像よりも、遥かに軽い。


どこに案内しようかと悩んだが、椅子に座らせようとすると、両足を上げての拒否を感じる。


妹を抱っこから下ろそうとして、まだやだ、と抵抗してきた時と同じ動作。


困り果てて立ちすくんだが、一部始終を眺めていた園原がかろやかな声をあげて笑った。


「あなたが椅子になればいいのでは?」


「ああ」


つまり、お馬さんごっこということか。


千暁ちあきの頭が高いということならわかる。


そっとかみさまを床に下して、そのまま姿勢を低くする。


「言っておきますが、貴方が四つ這いになるのは違いますよ」


「えっ」


違った。


かみさまもお怒りらしく、短い髪がよりもしゃつくまで撫でられた。どうして。


すったもんだの末、椅子に座った千暁ちあきの膝に乗せることで、事態はようやく解決をみるに至った。


しかし、真っ先にこの方法が浮かばなかっためか、どうもちいさなかみさまの機嫌を損ねたようだ。


最初、千暁ちあきが背もたれになるよう膝に乗せたけど。


抱えていたおにぎりを机に乗せ、もぞもぞと姿勢を変えたかと思うと、抱き着く形に直している。


いまや見えない足の部分で、がっちりと腰を抑えられていた。


無意識にかみさまの丸まった背を撫でてしまったが、手に押されるまま千暁ちあきにもたれてきた。


頬らしき部分を千暁ちあきの腹に当てて、リラックスした様子だ。


遠い昔に覚えのある感触に、思わず息が止まった。


なんで、ろくに意思も汲み取れない人間相手に、ここまで預けてくれてるんだろう。


「随分と好かれていますね」


「えっ」


素の動揺が出た。


「高橋さんが好きなかたー?」


流石にそれはかみさまにも失礼では、と思ったが、先程まで千暁ちあきの腹にぺたんと頬をつけていたかみさまが、園原の言葉に腕で丸を作っている。


解釈に隙を与えない肯定。


「えっ!!」


より混乱する千暁ちあきである。


かみさまは自身の頭とおぼしき部分に、両方の人差し指で天井を指さす。


……これは、鬼の角を模しているとみた。


千暁ちあきの足の隙間を巧みに縫って椅子の上に立ち、首に抱き着くと、そのまま顔を首に埋めてすりすりとしてきた。


わからずやへの仕置きらしい。


ぷにぷにとした頰だの鼻先だのまつ毛だのが首筋に擦れて、ひたすらにこそばゆい。


「……!いぇ、おこころ、をうた、がったわけ、ではぁ!お、ゆるしくださぃい……!」


かみさまの気が済むまで、肩をすくめたくなるのを気合いでこらえながら、必死で詫びるしかない千暁ちあきである。


「どういったご縁があったんですか?これまで貴方に寄りつく神はなかったはずですが」


「それを知りたくて連絡したんです。この方のような神に関わる案件に心当たりがなくて」


「…………そうですか」


「それにしても、ここまで厳重なのは久しぶりですね?なにか、調査中の案件に触れていましたか?」


この取調室、仕事柄建築のさわりをなぞった程度の千暁ちあきにも、異様に感じるほど秘匿のまじないを潜ませている。


「ええ、高橋さんと私の、今後の生死に関わることなので……今日もご協力をお願いしても、よろしいでしょうか?」


園原は胸ポケットから、私物だろう漆塗りの万年筆と、手帳を切り取った紙切れを渡してきた。


千暁ちあきはいささかも迷わずに、一筆で防衛のための蝶紋を描いて発動する。


簡略化された蝶を、円で囲った程度の簡単な紋だ。


迷宮清掃員資格の初級あたりで誰でも習うし、知っていて描ければ誰でも使える。


ダンジョン関係の職に就くなら、多少扱えれば就職に有利程度の技能スキルである。仕事がその分増やされるともいう。


「いつ見ても見事な手際ですね。なんでフリーハンドでそんなにキレイに丸を描けるんですか?」


「慣れですよ。無理ならばコンパスでも使えばいいので」


速筆故に悪筆の園原は、絵もかなり独特の味わいがある。単純に線が雑なのだ。


「……一応言っておきますが、コレ使うのは園原さんだからですよ。他の迷宮清掃員に頼むなら、報酬を支払ってくださいね」


釘を刺して、万年筆を返した。


誰でも使えるようにはなる技術だが、代わりに使えと頼むなら金が支払われるべきだ。


つき合いが長く、有事には確実に千暁ちあきの盾になってきた園原だから無償なだけで。


「ふふ、嬉しいことを言っていただきましたが、報酬は確実に今日ねじ込むつもりですから安心してくださいね」


いやこわ。

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