⑤ マイページ

この件に関しては、洗脳された人間に未成年の救助を期待する、悠長な自治体ではなくよかった、というべきだろう。


ただ、千暁ちあきは無意識の願望を思い知ってしまい、顔から火が出るほど恥ずかしい。


洗脳が解けたせいか、不思議と熟睡したせいか。


普段体調不良と眠気に霞んだ思考もクリアで、目を逸らしていた部分が、自分の首を絞めたくなるほど辛い。恥ずかしい。


(まだ、自分で可哀想な立場にある妹を助けよう、なんてバカみたいなこと、考えてたのかぁ……)


つまりそれまでは妹に、信用ならない大人の中で、助けないといけない立場でいてほしい、ということだ。


ほんとに命を賭けるほど妹が大事なら、自分が死んでも通報するだけでよかったのに。


(……かわいい妹だった。何にでもなれる頭のいい子。まともに愛してくれる家族を見つけて、絶対幸せになれる子なんだから。……金さえあれば、なんてバカみたいな見通ししかない、こんな姉なんていちゃいけないよ)


妹と、母から逃げて、幸せに暮らす。


成人式で、そんな夢は捨てた気でいたのに。


たかが【権能スキル】がないだけで、何もかも諦めた自分が妹にできることなんて、何もありはしなかったのに。


真っ赤な顔を直接手で冷やすように隠す千暁ちあきは、そっと話題を変えた。


「そのまいぺーじ、って口に出さないと使えないですか?……っ?!」


直後、極彩色の光が、千暁ちあきの頭上から取り調べ室を満たした。


ただ、その、光は。


「……ふゆの、かけこみせーる」


「高橋さん?」


「1時間以内に入信、だと終身で100まほろポイント……?」


たまたま気になったネット記事が、胡乱うろんな情報サイトの入り口だった気分を味わっている。


確かに、マイページとは視界いっぱいに広がる、恐らくは自身の情報が見られるネットサイトのごとき幻覚であった。


そこにやたらはばかる名前も関わりもわからない神による【権能スキル】の押し売り。


どうにも、神聖なるものへの信仰を捧ぐには雑なアプローチである。


「一度マイページを閉じましょうか!」


閉じた。


視界いっぱいにひろがる無料フォントとイラストで構成された、できる範囲で頑張った形跡のあるデザインのなんだあれ。


広告、広告だな。広告としか言いようがない。


園原の指示に従って閉じる直前に、申し込みはいますぐ!の一文がネオンカラーにぼんやり発光しながら、プロペラのごとく回転してたのは何らかの意味があるのか。


「……何が見えました?」


「激安スーパーのお得用チラシ……?クリック詐欺の広告?ぱちんこ?みたいなわかりにくいのがネオンカラーで点滅して……マイページ、利用する必要あります?」


マイページ、という名前からして、なんらかのコンピュータウイルスにでも侵されたかのような有様だ。


口には出さない。何が聞いてるかわからないからだ。


「それがあるんですね〜。そこに貴方を助けた神様のなまえも、貴方が受けた被害にアクセスするコンテンツもありますから」


本題を思い出して、再度マイページを開く。


案の定回転を始めた今すぐにtap!の一文が小癪な明滅と高速移動を繰り返して指を追うので、視界右上にある閉じるボタンを押せない。


マイページを閉じることはできるが、肝心のコンテンツに触れるのにこのくそみたいな広告が邪魔だ。


「これ、そこまで辿り着けない仕様じゃないですかね……かみさま?」


千暁ちあきの膝で和んでいたかみさまが、すっくと立ち上がった。


マイページの画面に手を突っ込むと、にゅるん、とそこから何かを引っこ抜く。


べちゃ、と床に叩きつけられる邪魔な広告。


ぴちぴちと四隅が魚みたいに足掻くのを、椅子から飛び降りたかみさまの腕が捕まえて……ちっちゃくて真っ黒い腕が、2本から6本に増えた。


身の丈以上にある広告を、ぺんぺんと小さな手で叩いて、無駄のない動きで四つ折りにしていく。


「……関わった神様を参照するには来歴タブから」


「園原さんちょっとまって展開が追いつかない」


主にあの広告の材質ってなに?のあたりから理解が及んでない。


「いやです。私の来歴にもかかってないあのかたが気になって仕方ないので」


いやそうでしょうけども。


「それ、もう一度かみさまに名前と調べていいか確認してからでよろしいですよね?……えーって顔しないでくださいよ、我慢してください」


千暁ちあきだって神は見えないが、全く無知では死ぬ仕事である。


神が見えずともわかる特徴も、本来見えるはずの姿も、できる限り頭に叩き込んだ。


後輩にも言ったことだが、神を知らずして怒りを避けることはできない。


それでも、千暁ちあきはかのかたを全く知らないのだ。これまで関わったこともない。


「かみさま。貴方の名前を教えていただけませんか? お礼をしたいんです」


かみは四つ折りの広告?を、自分でこじ開けた空間の裂け目から、どこかにねじ込む作業中だった。なんだ、あのくすみブルーの裂け目。


4本の腕は作業したまま、2本の腕で頬を抑える動きを見せた。それから、勢いよく掌をこちらに見せて振っている。


気にしないでなんもなんもって言われてる……?)


まぁ、そもそも朝起きてから、散々聞いてもかわいさで流された後だ。いや、かみさまにそんなつもりはなかったろうが。


「……貴方を、知らないままでいたくないんです。許されるのであれば、お名前で呼びたい。ダメなら、無理には暴きませんから」


なんでこんなろくに生きられない奴に時間と手間を割いているのか、大変気になるし。


もし助けないといけなかった事情があるなら、延々と不毛なことをしていたのに、気づかせてくれた礼ぐらいしたい。


今度はかみさまが、見えない顔を隠すように覆った。


(残りの手が、なんだこれ。おっけー?はーと、はーと……?)


「でましたよおっけーが!!」


はしゃぐ園原がうるさい。


頼れるのは確かだが、並外れた好奇心がなんとかならない女でもある。


園原に言われるがまま、来歴からたどったそこに、そのかみさまの名前があった。


「…………つた、様?」


はぁい、と言いたげに、かみさまはおずおずと手を挙げた。

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