第12話 守りたい

 カフェテリアに着いたところで、ルイルはようやく立ち止まった。はい、はい、とフィオールとテオールにトレーを渡し、ぐいぐいと背中を押す。テオールは事情を聞くのを着席してからにしようと諦めたらしく、ひょいひょいといつもの料理を盛り始めた。レッドオニオンを器用によけたサラダの上から、大好物のコーンを滝のように掛ける。その隣には、少々焦げた目玉焼きとチキンソテー。スープとパンも忘れない。対して、フィオールは肉や揚げ物を避けた健康志向。ベジタリアンというわけではないが、ベーコンなどを好んで取る気にはならない。魚介類もあまり得意ではなく、いわば偏食だ。

 ――林檎を乗せようとして、手が止まる。


「フィオ、俺がむいてあげるよ。ついでにあーんもしてあげる!」

「いや、あーんはいいけど……ありがとう」


 とは言いつつ、ルイルは不器用だ、十中八九テオールがむくことになるだろう。事実、弟は苦笑しつつ頷いた。テオがむいた林檎なら百倍はうまいだろうな、とフィオールは馬鹿なことを本気で考える。できるだけ青い林檎を選び、トレーの上へ。硬かろうが渋かろうが、いつもよりも赤が不快だった。どこか、今朝起きたときから判然としない。


 ルイルは味が濃い料理を好む。フライドポテトにはケチャップを大量に掛けるし、パスタには粉チーズを山積みに盛る。見ているこちらが胸焼けする見た目だ。

 そういえば、とフィオールはレナリアを思い返した。あの女子生徒も、ルイルと似たようなメニューだったはずだ。二人は端々が似ている。一方でルイルがマナーを守るのは、ランロッド家の教育のたまものだろう。レナリアは引き取り手が意地悪だと言っていた。もしかしたら、厄介払いか自ら逃げるつもりでボーディングスクールを選んだのかもしれない。そう邪推すると、同情というカーゴの欲求も分からなくはなかった。無論、それはレナリア自身が望まぬところらしいので実行はしないが。


 おいしそう、と機嫌が直ったらしいルイルを目の前に、テオールは尋ねた。再びぷりぷりとし始めたルイルの代わりにフィオールがざっと説明すると、テオールは分かりやすく眉間に皺を寄せた。レナリアの毛嫌いぶりから見当は付いていたそうだが、実際のカーゴは善良を具現化したような外見なので、余計不信感が増したようだ。


「二人共、気をつけてね。あの先生、クラス担当なんでしょ?」

「そう言うテオも、ジオスに気をつけろよ」

「あー……まぁ、そうだね」


 フィオールの心配に、テオールはぎこちなく笑った。引っかかりを覚える反応だ、すでに二度目の接触があったのだろうか。考えてみれば、テオールは攻撃的な人物を怖がる。レナリアは蛇のようにこちらをじっと見据える少女だ、亀のような性格をしているテオールにとっては天敵と言えるかもしれない。


 弟の手によって、兄の林檎がシャリシャリとむかれていく。次第に黄ばんだ白が露出し、フィオールは安心した。親切なことに一口サイズに切られた中身を、ルイルが宣言通りフォークで刺して差し出してくる。フィオールとしては、非情に恥ずかしいのだが。しかしルイルはフィオールが食べるまで引くつもりがないらしく、テオールも便乗する。

 結局、フィオールは観念して二つ共口に入れた。シャクシャクと抵抗する実は渋い。それにも関わらず、これまで食べたどの林檎よりもおいしい。これからは毎日こうしてもらってもいいな、と思ってしまう程度には、荒んだ心を癒してくれる。尤も、赤子扱いされる羞恥心のほうが大きいので言わないでおいたが。にこにことした二人の顔でおなかいっぱいだ。


 カタン、とテオールはフォークを置いた。メインディッシュとパンは胃の中へ消えたが、まだスープが残っている。


「俺はフィオがすごく心配だよ。もちろん、ルイも心配だけど……学校では、いつもこんな感じなの?」

「こんな感じ、って?」

「俺が来た日は人混みで体調悪くなってたし、進級式も参加しなかったし、ジオスさんとのランチは予想外のことだったにしても、今日はひどい顔色をしてる。本当は、ずっと辛い思いをしてたの?」

「……それは……」


 否定も肯定もできない。確かに、フィオールは潔癖症を悪化させては部屋に籠もることが少なくない。だが、その度にルイルが側にいてくれたから、今も学校に残っている。それに、テオールも進級してくればましになると思っていた。フィオールの不調は最愛の二人が揃わないことに起因しているはずだ、進級前や長期休みで家にいるときは調子がいいのだから。無論、実際は引き続き上手くいっていないわけだが。


 ルイルに視線で助けを求めるも、俺も心配、と裏切られた。ただし、その内容はテオールと異なる。


「フィオ、学校、辞めないよね?」

「もちろん、辞めない。……本当に、俺は大丈夫だから」


 大丈夫、とフィオールは己に暗示を掛けた。人が嫌いでも、血肉に吐き気を催しても、フィオールはこの十四年間二人と一緒に生き延びてきた。テオールもルイルも殺されていない。フィオールの幸せは壊されていない。二人の幸せも奪われていない。三人、ずっと側にいられている。

 この学校は安全だ。学外者は敷地内に入ることさえできず、学内者の外出も事前の許可が無ければ不可能。それゆえ学内のしがらみからは逃れられないが、逆に言えば外部からの危険は作用しない。家から通学するより余程平和だと断言できる。


 食事を終えると、テオールはぎゅっとフィオールに抱き着いた。守るからね、と言われ、フィオールは瞠目してしまう。それは、こちらのセリフだ。しかし息を吸った直後にルイルからも覆いかぶさられ、ふぎゅ、と変な声に代わってしまった。つくづく、二人に愛されている。この二人を守りきるには、一体どうすればいいだろうか。

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