第11話 誤魔化し

 ――翌朝、フィオールは件の悪夢をきれいさっぱり忘れていた。


「……ルイ。昨日、俺、何かあったか?」

「え?何か、って?」

「いや、何も無いならいいんだけど……」


 おかしい、とフィオールは違和感を抱いた。夜中に一度起きたような覚えがあるのに、その後どうしたかの記憶が一切無い。倦怠感が大きいから、間を置かずに寝直したということはないと思うのだが。しかし、ルイルも覚えがなさそうに両目を瞬いているばかりだ。ルイルはフィオールに抱き着いて寝ている、抱き枕の動きに気づかず寝続けた可能性は低いだろう。となると、目が覚めただけで体を起こしはしなかったのか。

 考え込んだ末、フィオールは気のせいだという結論に片づけた。朝の支度に取りかかる。


 ノックの音にドアを開けると、テオールがいた。ルイルのおめかしの時間だ。


「テオ!おはよう」

「おはよー!」

「おはよう、二人共。……あれ、フィオ、もしかして泣いた……?」

「え?」


 予想外の指摘。言われ、フィオールは首をかしげた。そういえば、今朝から目が腫れぼったい気がする。まさか、泣いてしまうような夢でも見たのだろうか。だとすれば、それはテオールやルイルがいなくなる物語だろう。二人のどちらかでも欠ければ、フィオールはこの先生きていけない。

 すり、とテオールの指先がフィオールの目元を撫でた。心配そうに、ともすればテオールこそ泣きそうな表情で兄の目を覗き込む。ルイルの瞳と違い、何の面白みも無い色だろうに。

 気恥ずかしくて、フィオールはがばっとテオールを抱き締めた。同時に、なぜか心細くなったという理由もあったが。うわっ、と驚いた声が上がっても構わず、ぎゅうぎゅうと力を込める。テオールは優しく抱き締め返してくれて、ルイルも頭を撫でてくれた。二人共死んでいない、その事実が妙に奇跡的に感じられる。


 警戒していたが、午前中にレナリアを見かけることはなかった。髪が派手だから遠目でもすぐに分かりそうなものだ、今日の時間割はクラスルームがフィオールたちと離れているのだろう。安心したような、どうせ来週にはテオールが確実に会うことを考えると、憂鬱になるような。ターゲットはルイルだとしても、その唯一であるテオールに何もしないとは限らない。新学期早々、もやもやとした気分が心にはびこる。


 昼休み、カフェテリアへ行く途中、三人はカーゴに遭遇した。瞬間的にルイルの視線が鋭くなり、カーゴは少し面食らう。


「あー、ルイル……?ジオスとは仲良くなれたか?」

「俺、先生のこと、嫌い」

「ルイ!」


 オブラートに包まず言い放ったルイルは、ふんっ、と顔を背けた。フィオールとテオールの腕をぐいっと抱き寄せ、カーゴからじりじりと距離を取る。怒った猫のように、逆立った毛が見える気がする。テオールはカーゴと面識が無いのだろう、どう反応すればいいのか決めあぐねているようだ。一応優等生であるフィオールは慌て、フォローに回る。


「すみません!今、ルイはちょっと体調が悪くて……!」

「フィオ!話しちゃ駄目!行くよ!」

「おいっ、ルイ!」


 ルイルはぱっと駆け出した。足がもつれそうになりながら、フィオールとテオールは引きずられていく。フィオールが振り向いた先のカーゴは呆然としていた。親切心で迷惑行為を行う人だから、生徒からの唐突な反抗に理解が及ばないのだろう。

 曲がって見えなくなったところで、フィオールは溜め息を吐いた。これをきっかけに、カーゴがいっそうルイルに干渉するようなことにならなければいいが。何か悩んでるのか、と親身になろうとしてくる展開が否定できない。ところが、当のルイルは相変わらず頬を膨らませている。素直な性分はフィオールも好むところだが、後先を考えないのは困りものだ。

 テオールを見やると、困った様子で視線を寄越された。そこで、レナリアとの接点であるカーゴについて説明し忘れていたことに気づく。後で話す、とフィオールが目で伝えると、テオールはほだされたように笑った。

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