第54話 悪夢からの目覚めⅡ
どれほどの時間が経った後だろうか、ルイルは徐に口を開いた。
「言ったよね。俺、フィオが悪いなんて思ってないよ。テオが悪いとも思ってない」
「……」
「仕方無かったんだよ。全部終わったことで……。もう、終わったんだよね?もう苦しまなくていいんだよね?」
そう尋ねるルイルは、笑っていた。ぎこちなく、涙を流しながら笑顔を作ろうとしていた。ねぇ、とフィオールとテオールに問う。この現実が夢でないだろうかと、二人の手を握り締めながら答えを求める。
フィオールは、頷いた。うん、終わったんだ、と肯定した。テオールも、頷いた。もう怖がらなくていいんだよ、と認めた。
じゃあ、とルイルは震える声で続ける。
「一緒にいてね。ずっと一緒にいてね……。ジオスがいてもいいから、これからも一緒にいて」
「いるよ……!」
瞬間、ルイルは大声を上げて泣き出した。フィオールとテオールを抱き寄せ、心の底からの叫びと共に泣いた。
終わったのだ、全て。ルイルの悪夢は、今日という日にやっと終わりを迎えた。十年前に起きたヴィンストン一家殺害事件は、子供たちによる逆襲をもって幕を閉じた。この物語はこれ以上続かず、新たな犠牲者も出ない。フィオールたちも、定められた配役からようやく解放された。
レナリアのところに行ってもいい、そうテオールが聞いたのを合図に、フィオールたちは病室を出た。寝るにはまだ早い時間だからだろう、白い明かりに照らされた廊下を三人で歩く。テオールはふらついたが、一歩、一歩をしかと踏み締めて歩いた。そして、たどり着いたドアの前で深呼吸をする。
コン、コン、とノックし、返事がしないのも構わずにゆっくりと開けていく。
――ベッドに呆然として座っているレナリアと、目が合った。
「……テオール……?」
「……レナリア、ごめ……!」
その続きは、衝撃に代わった。駆け寄ったレナリアに抱き着かれ、テオールはぐらりとバランスを崩す。背中を強かに打ちつけるすんでのところで、フィオールとルイルが慌てて抱き止めた。
「――嘘吐き」
びく、とテオールは体を震わせた。覚悟はしていたが実際に言われると堪えるのだろう、レナリアを抱き返しつつも、その表情は強張っている。
ちょっと、とルイルが文句を言いかけたので、フィオールは黙るようになだめた。冷たい床に座り込み、レナリアが続けるのを待つ。
ところが、次に聞こえたのは嗚咽だった。
「……生き、よう、って、言ったのに」
「……!」
「わ、私、もう、殺さなくていいんでしょ……?誰も、死なないよね?テオール、死なないよね……?」
「うん。もう全部終わったよ。レナリアは誰のことも殺してないし、これからは誰も死なないんだよ……」
直後、辺りに慟哭が響き渡った。テオールに力一杯しがみつき、レナリアは幼い子供のように泣き叫んだ。呼吸が乱れるほど、先程のルイルと変わらないほど涙を溢れさせる。テオールに抱き締められたまま、レナリアは声が枯れるまで泣き続けた。
十三年前の夏、スタンメリー一家殺害事件は起きた。悪夢は、ここから始まった。さらに三人が殺され、新たな一家も殺害され、事態は最悪のシナリオをたどっていた。生存者である二人を地獄の淵に叩きつけ、兄弟に命綱の役割を担わせた。
だが、エンディングは書き換えられた。四人の子供たちによって、惨劇は今日、幕を下ろした。完璧なハッピーエンドと言うにはあまりに手遅れだが、同時に最善のエンディングでもある。四人の子供たちは、得られる最高の幸せを手に入れた。
涙を流す二人に釣られたのか、気づけばフィオールもルイルも再び泣いていた。顔を見合わせ、泣き笑い、テオールとレナリアを抱き締めてまた涙を流す。また、テオールとレナリアも二人を抱き締め返した。悪夢が消え去った部屋の中、四人はまっさらな夜との出会いを果たした。
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