第7話 レナリア・ジオスⅠ

 昼休みになり、ルイルとフィオールがテオールを迎えに行くと、例のウルフカットの女子生徒が一緒にいた。人工的な紫に染まったその髪は、近くで見ればざっくばらんに空気を含んでいる。目の下のくまに、げっそりとこけた頬。だが、その黒い双眸だけはぎらぎらと危うい。己とは真逆の外見に、ルイルは吐き気さえ覚えた。それを知ってか知らずか、フィオールはとりあえずテオールだけを廊下に連れ出し、事情を聞き出す。兄の顔には、警戒と心配がにじんでいた。


「何があった?」

「えっと、ランチに誘われてて……。俺たちと同じ特待生なんだって。だから……困ってる」


 テオールは眉を八の字に曲げた。上級生と食べるとでも言って断ればいいのに、気が弱いからできないのだろう。

 拒絶する、という行為がテオールはすこぶる苦手だ。ミドルスクールに通っていた頃、そのせいで課題を山ほど持って帰ってきていた。グループワークは押しつけ合いつつフェアな分担をするべきで、何ならテオールこそ他のメンバーに押しつけてルイルと遊んでくれればいいのに、テオールはほぼ全ての仕事を請け負った。ルイルとフィオールの手伝いもあり毎回完遂してしまっていたから、周囲もそれで構わないと思っていたのだろう。ルイルとフィオールにしか本音を打ち明けられないテオールももちろん好きだが、この弱点は克服してほしいとも思う。テオールの優しさにつけ込む人々のせいで三人の時間が減るのは、その原因を殺したいくらいに疎ましい。


 嫌だよね、とテオールは小さな声でフィオールの顔を窺った。テオールにとっては、自分の臆病さよりもフィオールの人間嫌いのほうが重要らしい。そして、それは正しい判断だ。別のテーブルなら百歩譲ればまだしも、フィオールはルイルも含めた家族以外の人と食卓を囲むのにためらいがある。


「――ルイル・ランロッド先輩ですよね?」


 気づくと、件の女子生徒はルイルの前に立っていた。ぎらぎらと輝く黒い虹彩で、ルイルの青いそれを下から見詰める。テオールと同い年、すなわち十三、四歳にしては随分と小柄だ。それでいて、ワンピースの長袖からは手首が見えてしまっている。衣服のサイズがやや小さいのだろう。口から奏でられるのは、いたずらっ子のような声。髪色とファッションのギャップといい、誰からも嫌われる道化師のような風体だ。


「カーゴ先生から聞いてませんか?――私、レナリア・ジオスです」

「……」


 わずかに、ルイルは目を見開いた。


「……だから、何?」

「色々話しましょうよ、あのクソ教師の愚痴でも言いながら」


 あは、とレナリアは笑った。チューインガムが喉に張りついているかのような、ねっとりとした笑い声。黒い瞳には、ぐるぐると何かが渦巻いている。あのクソ教師、とはカーゴのことだろう。ルイルもカーゴのことは心底嫌いだから、不思議と腑に落ちるニックネームだ。


 レナリアが今朝ルイルたちを見詰めていたのは、ルイルのことをあらかじめ聞いていたからなのだろうか。同族だと言われ、ルイルが今抱いているのと同じ不快感をもってにらんでいたのだろうか。なら、あの敵意の意味は何なのだろうか。ルイルのことを恨んでいるかのような、明確な悪意だった。ルイルの気のせいか、ルイルではなくカーゴへの敵愾心か。はたまた、もっと別の何かか。


 ルイルはフィオールを見た。ほぼ同時に、テオールもフィオールを見る。だから、レナリアもフィオールを見る。この場の決定権は、環境に最も悪影響を受けやすいフィオールに委ねられていた。ルイルが一言嫌だと言えば解決するが、なぜかそうする気が起きない。レナリアがテオールのクラスメートだからかもしれないし、己とレナリアに通ずるものを感じてしまっているからかもしれない。二人は似た者同士なのに、まるで対極だ。ルイルの目は澄んでいるのに、レナリアの目は濁っている。ルイルは幸せそうなのに、レナリアは不幸せそうにしている。しかし、精神の危うさは同じだ。

 数秒の後、フィオールは頷いた。苦虫を噛み潰したように、嫌嫌といった様子で了解の意を示した。カーゴの言葉を気にしての結果だろう。ルイルはフィオールとテオールがいれば全てが解決しているのに、フィオールは第三者のルイルへの助言をいちいち気にする。


 カフェテリアの位置は、学校の敷地全体の奥側だ。高所からキャンパスを見下ろせる一方、裏手は鬱蒼と茂る山なので、テーブルには如実に人気順がある。ルイルとフィオールは、人混みを避けるためにいつも不人気の席で食事していた。窓の間近だが真緑の植物しか見えず、夏は暑く冬は寒い最悪のテーブル。ルイルたちにとっては、それなりに静かで快適な席。座り続けても退去を迫られないし、ソースをこぼす乱暴なお調子者も来ない。つまり、そこそこ聞かれたくない話をするには持ってこいの場所。


「なんか、面接みたいですね。こんな感じじゃなかったですか?」


 長方形のテーブルの一辺に、フィオール、ルイル、テオールの順で座った。そして、レナリアはルイルの正面。三対一のこの状態は、確かに進級選抜時の面接を彷彿とさせる。認められなかったらどうしよう、という不安が限界まで膨らんだイベントだった。進級できたのは、養育者が警察官であり、当人たちがミドルスクールで優等生をやっていたおかげだろう。あのときは、珍しくルイルもきちんとした受け答えをした。ちゃんとやれよ、とフィオールが直前まで気を揉むものだから、少し拗ねてしまった記憶がある。フィオもでしょ、と唇を尖らせてルイルが言えば、そうだけど、とフィオールはこちらが笑ってしまうほどうろたえたのだったか。

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