第18話 スタンメリー一家殺害事件の生存者Ⅲ

 隣人、教師、親友と続いた事件は、数年置きに発生した。全員、レナリアと親密な関係を築いていた。一人目はレナリアがエレメンタリースクールに入る頃、二人目はレナリアがミドルスクールに進級する頃、三人目はレナリアがミドルスクールを修了する頃。三人共、レナリアとの付き合いが一段落する時期に殺された。まるで、その無事を期待したレナリアを絶望に突き落とすかのような犯行。

 レナリアの実の両親も含め、被害者は漏れなく両目をくり抜かれていた。加えて、スタンメリー一家殺害事件以降の三人の被害者たちは、順に右手、左手、右足も持ち出されていた。被害者が殺害直後に発見されているにも関わらず、犯人は未だ特定されていない。否、外野はレナリアが犯人だと揶揄している。存在するだけで人を殺す、死神のような少女。


 ――パタン、とノートを閉じる音。


「……ありがとう、見せてくれて。ルイのことは、ずっと前から知ってたんだね」


 ヴィンストン一家殺害事件が起きた頃、レナリアは遠目からルイルの姿を見せられた。覚えはないかと、警察が確認するためだった。きれいな銀髪だと思った。そして、離れていても分かるきれいな虹彩だと。このときは、かわいそうだと本気で感じた。隣人が死んだ一年後のことだったから、もしかしたらルイルもこの先誰かを失っていくのだろうかと、レナリアは本気で同情した。

 ルイルを逆恨みするようになったのは、親友と一緒に事件を調べ始めてから。事件の被害者にルイルの関係者はいないと知り、なぜ自分だけ、という被害者意識が膨張した。否、冷静な部分ではこう考えざるを得なかったせいだ、ヴィンストン一家もレナリアが原因で殺されたのでは、と。ルイルの家族について、取り出された眼球は死体と共に放置されていたと聞いた。考えられるのは、ヴィンストン一家が犯人にとってイレギュラーの殺害であったという仮説。聞けば、警察官であった家主の口封じのためだと論じられている。なら、レナリアが犯人を呼び寄せなければ、ルイルは家族を失わずに済んだということではないのか。


 何を言えばいいか決めあぐねているのだろう、テオールは黙り、スピーカーからの音楽が二人の間をふわふわと漂う。レナリアはテーブルの木目を観察し、テオールは自身の手を弄ぶ。

 いつの間にか、恩師はいなくなっていた。代わりに、レナリアの首にもやもやとうごめく腕が回されている。姉だ。生前の親友と一緒にいるときも出てきたから、妹が他人と上手くやっているのか心配しているのかもしれない。店員が料理を持って現れると、すぅ、と消えた。


 テオールのサンドイッチは随分とボリュームがあり、レナリアが食べるはずのスープも野菜がごろごろと入っている。いざ目の前にすると、レナリアは唾液が分泌されるのを感じた。おなかも俄然空いてきたかもしれない。残したらもったいないし、と誰にともなく言い訳を積み重ねる。テオールが素知らぬ顔でサンドイッチにかぶりついたのを尻目に、レナリアは恐る恐るスプーンを差し込んだ。とろりと光が歪み、きらきらと眩しい。飲んでみると、普通においしかった。少々負けた気になりながらも、二口目を食べてみる。


「おいしいね。次はここでドリンク買おうよ」


 ふと、テオールは言った。明らかに、レナリアと一緒に再訪するという発言。何か言わなくてはとレナリアは思うものの、何を言えばその鼻をあかせるか分からず押し黙る。肯定すればテオールの思惑に乗ってしまうし、否定すればルイルへの意地悪を遂行できなくなる。詰んだ、とはまさにこのことだろう。


 レナリアさえ自覚していない部分に易々と触れてくるから、レナリアはテオールのことが苦手なのかもしれない。もう大切な人は作らない、そう決めた矢先、これまで出会い死んでいった人々と同じことをしてくるからいたたまれないのかもしれない。

 レナリア、と名前を呼ばれると泣きそうになる。涙が出ない、もはや当然である己の状態が悲しくなる。一人きりで生きていかなくてはならないのに、隣にいてほしいと身の程知らずな欲を抱いてしまう。嫌だ。期待するのは辛い。そのくせ、ルイルへの嫌がらせという大義名分を掲げる自分。一緒にいても許される理由を、浅ましくも愚かにも探している。


「――ジオスさん?」


 瞬きをすると、視野が正常なそれへとすぼまった。キィン、と耳鳴りが通りすぎた後、環境音が脳裏を吹き抜けていく。テーブルには、散らばったスープの水滴。無意識のうちに辺りを汚すことは、珍しくない。


「……うるさい。さっさと食べて」

「あ、うん……」


 うるさい。調子が狂う。思考が底に沈み込む。そのくせ浮上させるのはテオールの声だ、釈然としない。ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ。じゃがいもをペースト状にし、混ぜる。どうしたらいいか、分からない。ルイルを突き落とすためにテオールを死なせると決めたのに、仲良くなればなるほど迷う。さも人殺しが初めてかのごとく、未熟な心はレナリアの心臓で熱を持つ。テオールを側に置いておけるのは、ルイルへの憎しみがあるおかげだ。動機を無くしてしまえば、一緒にいることは許されない。なればこそ、この悪感情を忘れることなど、決してできはしないだろう。

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