第25話 離別Ⅰ

 テオールの休日は、基本的にはフィオールとルイルと共に消費される。寮の部屋に籠もり、クラス課題を済ませたり、だらだらと喋ったり。元来アウトドアを好む性格はしていないから、学校の中で窮屈だと感じたことはない。朝一番にテオールの部屋に迎えが来て、朝食から就寝時刻までをくっついて過ごすのがセオリー。

 例外は、一ヶ月に一度。捻出した嘘を建前に、テオールは二人のもとから離れる。レポートがあるから。先生に用事を頼まれてて。試験勉強で徹夜したから寝たいんだ。似たり寄ったりな理由を代わる代わる述べ、兄と親友からの信頼を利用する。

 罪悪感はもちろんある。しかし、全てを打ち明けられない理由のほうが大きい。――そして、二人にとって自分はいてもいなくても変わらない存在なんだ、と妄想してしまうことに自己嫌悪している。


 フィオールに感づかれた昨日は、心臓が止まるかと思った。捨てられる、という後悔と、ジオスさんと一緒にいられなくなる、という恐怖心が同時に沸き起こった。それによって己がレナリアに抱く感情を自覚したのは、皮肉だろう。すでに手を施せないほど、テオールはレナリアに執着している。レナリアを自分に縛りつけるつもりが、自分こそレナリアを求めている。


 朝と昼を繋ぐ時間帯、学校の裏でレナリアを待つ。目に見える限り、監視されている感じはしない。正直、レナリアの言い分は半信半疑だ。大罪人がレナリアに付きまとい、今はテオールを標的としているなど、テオールには全く実感が湧かない。だが、それがどうだろうときっと関係ないだろう。レナリアの関係者でいることを、今のテオールはたとえ殺されても拒絶できない。


 ふと、左手後方に待ち人の気配がした。テオールは振り向き、おはよう、と言おうとして、固まった。


 ――黒のプルオーバーパーカー、レンガ色のフレアスカート、黒のエンジニアブーツ。普段の甘い出で立ちとは打って変わり、少女らしさは残しつつもカジュアルな装い。これまで出かけた中で、テオールが似合うと言って買い集めたものたち。


「……びっくりした……。着てくれたんだ」


 言われたレナリアは、照れ臭いのかふてくされたようにそっぽを向いた。テオールはてっきり袋から出してすらいないのかと思っていたので、きちんと使ってくれたことに安堵を覚える。ロリータよりもロックやパンクが似合うと見繕ったのは正解だったようだ。レナリアの唯一の個性とも言える髪と目の色が、本来の三倍増しで魅力的に見える。

 かわいい、とテオールは素直に褒めた。真っ白なレナリアも嫌いではなかったとは言え、それよりずっと健全に見える。無論、その上から目線な感想は決して口にしないでおくが。ついでに、妹がいたらこんな感じなのかな、と想像してしまうのも許してほしい。


 ヒュウ、と冷たい風が吹いた。初めて会った頃より伸びた、派手で痛んだ髪がレナリアの唇に掛かる。ルイルにする感覚で、テオールはつい指先を伸ばして触れてしまった。あ、と後悔するも、すでに華奢な肩が揺れた後。

 テオールを見上げた双眸は、緩く溶け出している。ルイルが冬に見せるのと、同じ色だ。これに染まってくれるようになったのは、いつからだっただろうか。二人きりで一日を消費するのは、十月と十一月に一回ずつ、今日を含めて合計三回。最初はどこか刺々しい雰囲気をまとっていたレナリアだが、次第に態度を軟化させてくれた。以来、テオールはこの目を忘れられない。最初から渇望していたかのように、その目を向けられると笑ってしまいそうになる。己の価値を、レナリアにまで求めようとしてしまう。


 テオールは何でもないようにその髪をすくい上げ、放した。行こうか、と話を切り上げ、レナリアの歩幅に合わせながらバス停まで歩く。果たして、この行為に結果は伴うのだろうか。


「おなか、空いた」

「朝ご飯は?」

「食べてない」

「じゃあ、カフェにでも入る?」

「うん」


 初めて出かけた日の拒絶が嘘だったかのように、レナリアは食欲を素直に表すようになった。学校のカフェテリアで見かける頻度も増えている。食べ方は相変わらず汚いものの、とにかく栄養を摂取することが大切だ、テオールは特に指摘していない。レナリアは友人、それも仮の存在に行儀を強制されるのを好まないだろう。


 イーストストリートにたどり着いた二人は、あるコーヒーショップに顔を出した。初めて来たときから変わらない、なぜかこの繁華街を訪れると必ず入る店。その理由はテオールが次も行きたいと誘ったからかもしれないし、実はレナリアが好んでいるからかもしれない。

 杉板の香りがする店内で、テオールはカフェラテを、レナリアはワッフルとココアを頼む。沈黙の過ごし方も、少しずつだが分かってきた。お互い口下手なら、無理に話す必要はない。


 テオールは、窓の外を眺めているレナリアをそっと見た。上がったり下がったりするまぶたの裏側には、いつも濁った瞳がある。沼地のようなそれは、遠くを見詰めているときのフィオールのそれとよく似ている。同じ現実にいるはずなのに、見えているものは全く違うような、何を感じているのか分からない双眸。突如鳩が羽ばたいても動じない、静寂を宿した眼光。テオールが一生理解しえない、心に重大な傷を抱えた者の目だ。一方、その目に映ることにほの暗い喜びを感じるテオールもまた、どこか狂っているのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る