第45話 記憶Ⅱ
ルイルは呆然とした。訳が分からない。今から何が明るみに出るのか、果たしてそれは望むべくことなのか、逃げ続けてきたルイルには何一つ予想できない。
「何と無く、レナリアの目に既視感はあったんだ。けど、何でかは分からなくて……テオが刺されたときと、カーゴにさらわれたときに、記憶が、戻って……!」
「フィオ、大丈夫だから。ゆっくりでいいよ。みんな、ちゃんと聞いてる」
「ガレージで、箱が、多分、キャンプとかで使う小さな冷凍庫だ。開けたら、袋が、目が入ってて、首、絞められて……!血が、血、血、赤くて口に、血が……!」
「フィオ……!」
テオールの焦り声を聞きながら、ルイルは既視感を覚えた。これは、フィオールがいつかに見た悪夢の話だ。そのとき、思い出さないで、とルイルは願った。ルイルと無関係な話をしてほしくなかった。寝ても覚めても、ルイルのことだけを考えていてほしかった。しかし、実際はどうだろうか。フィオールがルイルの過去と直接繋がっているなど、一体誰が想像できただろうか。
ルイルは、ランロッド兄弟との出会いを運命だと盲信している。大嫌いな神様がくれた、埋め合わせとしてのギフトだと考えている。
されど、もしかしたらそれは人工的な巡り合わせかもしれない。神様からの手遅れな慈悲ではなく、ルイルを追い詰めるための布石なのかもしれない。終わったと思っていた悪夢は、エンドロールにさえ入っていなかったのかもしれない。
全て、何も、もしかしたらレナリアとの邂逅さえ、ルイルの世界の全ては筋書き通りなのだろうか。
なら、そのエンディングはどうなっているのだろうか。
他は、と小さな声がした。
「何色、でしたか……?黒だけですか?グレーは……ブルーは?お姉ちゃんだけ?先生の目は?青くて、すごくきれいで、取られちゃうって思って、本当に死んじゃって……!」
「わ、分からない、分からない。誰の目なの、って、俺、そしたら女の子のだって……」
「誰が言ったの?誰?誰の?お姉ちゃん?おばあちゃん?先生、シャンリー……」
「目、目が、手に落ちて、冷たい。黒い、赤い、目が……!」
「――フィオ!」
「……あ……」
テオールが手を繋ぐと、フィオールは声を途切れさせた。次いで、テオールはレナリアもなだめようとする。レナリア、ゆっくり息をして、と柔らかな、けれど必死な声色でレナリアに言い聞かせる。すると、レナリアは徐々に呼吸を落ち着かせていった。何で、何で、とぽろぽろと涙をこぼし続けてはいるものの、フィオールにすがりつくことはやめた。
「……何で?」
レナリアの疑問は、ルイルの口からも発された。
「何で、フィオが知ってるの?」
死んだ家族の面影がよみがえる。ルイ、と優しい声で呼んでくれた、両親と兄の三人。死んでしまった、今ではもうどれだけあがいても会えない人たち。
ずっと忘れたいと望んでいた。だが、心のどこかでは全てを知りたいとも願っていた。だからこそ、毎年の冬に悪夢を繰り返し見ていたのだろう。口封じに殺された、第三者のその仮説で納得できるわけがない。レナリアと本気で絶縁をしなかったのは、この手から遠ざかっていた真実に再び手を伸ばせると感じたからかもしれない。
ルイルの質問には、誰も答えなかった。ルイルの問いが文字通りの意味ではなく、もっと根本的なものだと伝わったからだろう。その代わり、テオールが努めて理性的なセリフを紡ぐ。
「とりあえず、警察に話そう。フィオの話をしたら、今度こそ犯人が捕まるかもしれない。フィオ、それでいい?」
「……駄目だ……。言ったら、テオが殺される……!」
そういえば、テオールが病院に運ばれた日もフィオールはそのようなことを口走っていた。このとき以降、ルイルがフィオールの言動を蒸し返すことはなかったが、本当はこのときに追及しておくべきだったのだろうか。
それでも、フィオールの心にルイルとテオール以外のものを住まわせたくなかった。フィオールを構成するのは、ルイルとテオールのたった二人だけであってほしかった。
テオールの口は、どういうこと、と動く。しかし堂々巡りになると悟ったのだろう、それ以上の言葉が続けられることはない。
「じゃあ、お父さんは?きっと、誰にも知られないように動いてくれるよ」
「……けど……!」
「フィオ、このまま何もしなかったら、それこそ俺たちが危ないよ……」
短い沈黙が生まれた。フィオールはテオールの手を強く握り、隣のルイルにしがみつき、苦渋の決断に迷っている。
レナリアが、お願いします、と言った。か細い声で、もう終わりにしたい、と泣きながら懇願した。
フィオールの目は、ルイルに向く。ルイルは混乱した思考を持ちながら、しかとフィオールの双眸を見詰め返した。
知りたくないと言えば嘘になる。今のルイルたちは、何も知らない頃とは違う。レナリアと邂逅し、カーゴの憎悪に当てられ、フィオールの記憶を取り戻した。現状のシナリオは、つい昨日までのそれから決定的に改変されている。いつの間にか、ルイルたちが生きる物語は想定外の筋道をたどっている。
今のルイルたちに、主役という肩書きは似合わない。きっとこれは犯人のための物語で、ルイルたちはそれを盛り上げるための小道具でしかない。ずっと逃げてきた。忘れようともがいてきた。ところが、結局それは脚本通りの展開でしかなかった。
ルイルは、口を開いた。もうやめたい、と、見て見ぬ振りをしてきた己の弱さをはっきりと認めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます