第34話 新たな日常Ⅰ
テオールが退院した翌日、昼休み真っ只中のカフェテリア。ルイルと共にいつもの席を目指していたフィオールは、少し離れた場所で食べているテオールとレナリアを見つけた。向かい合い、険悪ではないが和気藹々とも言えない雰囲気で食事を共にしている。ルイルも気づいたのだろう、眉根を寄せ、早歩きでそこに突入してしまう。テオールの隣に、ガッチャン、と勢い良くトレーを置いた。目を丸くしたテオールが見上げる。
「ルイ。フィオも。今から食べるの?」
「あー……悪い。一緒に食べてもいいか?」
「俺はいいけど……」
フィオールがルイルに代わって許可を求めると、テオールはレナリアの表情を窺った。ジオスにも同じなのか、とフィオールは思う。これまではフィオールとルイルにしか向けられていなかった特別な配慮が、今はレナリアにも適用されている。
レナリアは、好きにしてください、と平坦な声色で承諾した。視線は上げず、ザク、ザク、とフライドチキンをフォークで無意味に刺している。行儀が悪いことに、音を楽しんでいるのかもしれない。
今日の朝から、テオールはフィオールとルイルではなくレナリアと行動を共にしている。以前と異なり、フィオールたちにきちんと許可を取った後のことだ。テオールは余程レナリアを気に入っているのだろう。対して、レナリアは魂が抜けたかのように覇気が無い。テオールの事件が精神的に堪えたようだ。
何話してたの、とルイルは尋ねた。自身はテオールの左隣に座り、己の隣にフィオールを座らせ、いつかと似た面接の構図でテオールを求めた。昨晩からのルイルはよく分からない。まるで、断捨離の判断を付けあぐねているかのような態度。どことなく、ぎくしゃくとした居心地の悪さが継続されている。
テオールは、俺を襲った犯人について話してた、とさらりととんでもないことを言う。
「レナリアを追い回してる人とは違うかもしれないと思って」
「何で?」
「やり方が違うから。今までは……確実だったけど、今回は一回刺してすぐに逃げたんだ。目も何もされてない」
とん、とん、とテオールは自身の目元を人差し指で叩いた。警察の人に聞かないと分からないけどね、と言うが、指摘されてみればその通りだ。つまり、レナリアのせいだと一概には言えない。当人は、何を考えているか分からない表情でひたすらに食べ物を弄んでいるが。
見かねたのだろう、もうおなかいっぱい、とテオールが尋ねると、いらない、とレナリアはぶっきらぼうに答えた。すると、テオールがレナリアのトレーを己に引き寄せ、代わりにメッセンジャーバッグから出したチョコレートをコロコロと置く。デザートというわけらしい。レナリアの料理はほとんど残っているから、栄養を補填するつもりもあるのだろう。
レナリアは面倒臭そうにテオールを見た後、渋々といった手つきで包装をはがしていった。フィオールやルイルと同じく、レナリアもテオールに気に掛けてもらっている。テオールには、ルイルと似ているレナリアを放っておけない思いもあるのかもしれない。フィオールはそれが寂しいような、ほっとするような、息苦しさから解放されてしまうような。
神妙な空気を壊したくて、フィオールは新たな話題を選んだ。こういうときに場の雰囲気を変えるルイルは、ふてくされた顔で黙ってしまっている。
「そうだ。さっきカーゴ先生に会ったんだけど、またジオスのこと、言われたんだ」
事が起きたのは、今日あったクラスの直後だ。初回と同じようにフィオールとルイルの行く手を阻み、テオールの無事を聞くと共に、レナリアとの親密性を尋ねてきた。前者は一言で終わったのに、後者は根掘り葉掘りだったので悪い印象が残っている。うるさい、とルイルが一蹴して逃げたが。にこにことしたカーゴの笑顔は気色悪かった。
「カーゴ先生って、フィオたちの化学の先生だよね?その人が、レナリアについて聞いてたの?」
「うん。よっぽど心配なんだろうな」
「それにしても、でしょ。レナリアは大丈夫?」
カーゴのあれは、もはや病気と言って差し支えないかもしれない。かわいそうな他人がいれば世話を焼き、干渉しなければ生きていけない。己の価値を、他人へのありがた迷惑で保証している質だ。しかも、自覚が無い。自覚があるなら、適度なところで手を引くはずだ。
チョコレートを口内で溶かしていたレナリアは、それをカコカコと噛み砕いた。ごくんと飲み込んだところで、二つ目に手を伸ばす。与えられた際は迷惑げにしていた割に、目の前にあれば素直に食べるようだ。甘いものが好きなのだろうか。
「友達はできたか、って、たまに」
「うーん。レナリアの友達になるよう、フィオとルイに遠回しに頼んでるのかな?俺が友達ですって言ったら……」
――ガタンッ、とレナリアは立ち上がった。
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