第21話 ランロッド一家Ⅲ

 友達はいるのか、と聞かれ、フィオールは答えに窮した。学校では、テオールとルイルの二人としか喋っていない。クラスでの必要不可欠な交流はカウント外だろう。されど、ここでいないと答えてしまえばジャスティーにいらぬ心配を掛けかねない。フィオールはこの半年間の記憶を漁った。誰か、まともに話したことがある生徒はいないだろうか。へらりと笑って嘘を吐くには、不自然な間ができてしまっている。それに、下手をすればルイルやテオールから嘘がばれる。誰か、クラス以外で話したことがある、誰か。――脳裏に、人工的な紫色が投影された。


「……一人、だけ。テオのクラスメートなんだけど。すれ違うと、必ず話す」


 正確には、話しかけてくる、だが。毎度毎度、レナリアは飽きもせずフィオールたちに絡む。これから授業ですか、晴れと雨どっちが好きですか、最近寒くないですか。世界そのものに諦めを抱いているかのごとく死んだ目は、フィオールたちを目に留めると底意地が悪そうにきらめく。真っ白なフリルをはためかせながら、一目散に駆け寄ってくる。あは、と粘着質な笑みを浮かべ、まずはフィオールに話しかけた後、テオールの周囲をうろうろとする。その傍ら、ルイルの反応を楽しんでいる。目的がはっきりとしない、不気味な少女。

 へぇ、とジャスティーは興味を示した。


「名前は?俺の同僚の子かもしれない」

「ジオス」

「ファミリーネームは?」

「ジオスがファミリーネームだよ。レナリア・ジオスっていう子」

「――レナリア?」


 不意に、ジャスティーは怪訝な反応を返した。眉根を寄せ、フィオールの顔をまじまじと見る。フィオールは顔を背けつつ、知ってる人、と先を促した。ところが、そうか、それでテオールが、とジャスティーは予想外の名前を独り言つ。驚いたフィオールは、テオが何か言ってたのか、と聞いた。


「……逆に聞くが、その子と会ったのは偶然か?」

「……本名がスタンメリーだっていうのは、知ってる。……事件のことも」


 フィオールは質問に答えない代わりに、隠し事をやめた。すると、ジャスティーは溜め息を吐く。


「その子が巻き込まれた事件について、テオールが聞いてきた」

「え……どんなことを?」

「色々だよ。犯人は捕まったのか、いつ起きたのか、関連する事件は無いのか、とか」

「何で……。それで、お父さんは教えたの?」

「全部には答えてない。守秘義務があるからな。ニュース以上のことは言えない」


 テオールのことだから好奇心ではないんだろうが、とジャスティーは愁いを露わにする。一方、フィオールは戸惑わざるを得ない。なぜ、テオールはスタンメリー一家殺害事件について知ろうとしたのだろうか。いつかにルイルに詰め寄られたとき、レナリアとは必要以上には関わっていないと言っていた。それとは別に、単なる事実として把握しようと思ったのだろうか。だが、それならフィオールとルイルに隠さなくてもいいはずだ。それでは、まるで二人から咎められるのを分かっているかのようではないか。二人には内緒で、本当はレナリアと直接の関わりを持っているのだろうか。テオールを信じたい気持ちと、テオールを案ずるあまり膨らむ不信感が摩擦を起こす。


 ――ピロン、とフィオールのスマートフォンが鳴った。ポケットから取り出してみると、今どこにいるの、とテオールからチャットが入っている。ルイルの限界が近いようだ。ジャスティーも察するところなのか、そろそろ寝るか、と場をお開きにする。


 洗面所を出る間際、ジャスティーは真面目な声を発した。


「友達のことだから心配なのは分かるが、首を突っ込むな。一つの事件が終わっても、新たな事件が起きないとは限らない」

「……分かった」


 フィオールは、しかと頷いた。言われずともそのつもりだ。レナリアはルイルに悪意がある、こちらから関わりに行くなどありえない。テオールも、何か理由があってのことに決まっている。心配性だから、レナリアを回避する手段を見つけるために調べているのかもしれない。否、きっとそうだ。寝る前に聞いておこう、とフィオールは思った。


 しかし、自室でルイルを見ると聞けなくなってしまった。青の中でちらちらと燃える、恐怖。実年齢相応に大人びた手は、フィオールのほうへ。

 どう考えても、今のルイルの前でレナリアの話題を出すべきではない。耳にさせたが最後、ルイルの心は一息に砕け散ってしまうだろう。悩むまでもなく、フィオールは冬休みが明けてから聞くことにした。どうせ冬休みの間はレナリアと会わない。

 テオールは、フィオールが聞けば教えてくれるはずだ。テオールが困っているのなら、力になりたい。ルイルのことをテオール一人で抱える必要はない。ずっと三人一緒に生きてきた。もしテオールがスタンメリー一家殺害事件に手を伸ばしているなら、フィオールも己の手を差し出す。


 クリスマスイブが迫るに連れ、ルイルの精神は崩壊していった。日を追うごとに、ルイルはフィオールとテオールを近くに求めた。その心音はランロッド兄弟にも作用し、ルイルの青だけが鮮やかに映る。静寂が闇を増長させる、冷たい真夜中。ルイルの体温を抱き締めているうちに、フィオールはテオールへの疑念を忘れた。

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