中身のはなし

親字数:それでは漢字チキンレースをしていただきましょう

実況「全国1億人の漢和辞典ファンの皆さま、こんばんは。実況のかげると」


解説「全国7人の漢和辞典アワードフアンの皆さん、こんばんは。解説はたかぱしです」


実況「リアルな数字やめてください。しかもちょっと盛ってる」


解説「大丈夫です。だいたいの漢和辞典は帯に『一番売れてる』って書いてあります。こういうのは盛ったもの勝ちです」


実況「だったらもう少し大きく盛りましょうよ。ところで、どうやら前回までで部首順のはなしも五十音順のはなしも終わったようですね。とうとうアワードも佳境、待ちに待った結果発表でしょうか!?」


解説「え?」


実況「『え?』?」


解説「いや、まだぜんぜん肝心のはなしが出てないですよね?」


実況「ですよねって言われても。ぜんぜん分からないんですが。肝心のはなし、とは……?」


解説「ここまで部首順とか五十音順とか、漢和辞典の漢字の並び順のはなししかしてないですよね」


実況「……いや、まあ、そう、なんですかね」


解説「そう、漢字の並び順のはなししかしてません! 肝心要の中身のはなしはほとんど出てきてないんですよ!」


実況「んー。まー、そう言われれば、そんな気もしますが。ということは、次は漢和辞典の中身、つまり漢字の解説について見ていくということでしょうか」


解説「はい、と言いたいところですが」


実況「ですが?」


解説「漢字なんてぬるぬる不定形。意味も成り立ちも原義も字体も部首もなにもかも事実不明です。よって解説も正解なんてものはありません!」


実況「あー、確かにずっとそんなことを言ってますね」


解説「というわけで、解説の良し悪し、また編纂者さんに関する評価は今回はしません」


実況「では、アワードで選考する漢和辞典の中身というのはなんなんでしょうか?」


解説「ずばり、質ではなく量について見ていきたいと思います」


実況「なるほど、辞典としてどれほど漢字の情報が載っているか、ですね。量なら数字で出やすいですし、比べるのも簡単です」


解説「というわけで、第一弾は『親字の量』を比べていきたいと思います」


実況「親字というのはなんでしたっけ、たかぱしさん」


解説「親字というのは、漢和辞典で見出しとなっている漢字です。要は、掲載されている漢字の量を比べてみよう、ということですね」


実況「掲載漢字の量! まさに漢和辞典の戦闘力。やはりたくさん載っているほうが強いんですよね!?」


解説「そうですねえ。もちろん、たくさんの漢字が載っているほうが『せっかく漢和辞典を引いて漢字を調べようとしたのに、載ってないじゃーん!』みたいな不測の事態は避けられるでしょう」


実況「ですよね! パワーは正義です」


解説「でも、小説や新聞で見た漢字を調べたい人とか、教科書に載ってる散文や漢文の漢字を調べたい学生さんだったらどうでしょう」


実況「むむ」


解説「日常生活では絶対見ない、使わない、そもそも存在していることを知らない漢字が大量に載っていると、逆に漢字を引くときの障害物になる場合もあります」


実況「それは、確かにそうかもですね」


解説「なので、敢えて“必要な漢字”に絞って、親字数を抑えている漢和辞典もあります」


実況「腕力だけが戦闘力ではないということですか」


解説「はい。もちろん、専門的な漢籍や史料を読むのに漢和辞典を使うとか、漢字が好きで未知の漢字に出会いたい、なんて人は親字数の多い漢和辞典が必要です。つまり、目的にあった漢和辞典を選ぶことが重要ですね」


実況「なるほど。漢和辞典を買うときには、ぜひとも親字数はチェックしたいですね。それではさっそくエントリー辞書の親字数について、解説をお願いします」


解説「では、まずはこちらの主な辞書親字数一覧をご覧ください」


☆『角川 新字源 改訂新版』 13,500字

☆三省堂『全訳 漢辞海 第三版』12,500字

☆三省堂『新明解 漢和辞典 第四版』12,000字

☆三省堂『例解 新漢和辞典 第三版』7,000字

☆三省堂『新明解 現代漢和辞典』10,700字

☆三省堂『例解小学漢字辞典』3,000字

☆『三省堂 五十音引き漢和辞典 第二版』8,000字

☆学研『漢字源 改定第六版』17,500字

☆大修館『新漢語林 第二版』14,629字

☆『大修館 現代漢和辞典』7,500字

☆明治書院『新釈漢和辞典 新訂版』6,600字

☆『旺文社 漢字典 第二版』10,100字

☆小学館『現代漢語例解辞典 第二版』9,700字

☆『岩波 新漢語辞典』10,300字

☆金園社『新漢和辞典』8,000字

☆平凡社『常用字解』2,744字

☆平凡社『人名字解』983字

☆『五十音引き 講談社漢和辞典』14,000字


実況「うーん……なんといいますか、けっこう親字数って幅があるんですね」


解説「一番多いのが『漢字源』の17,500字、一番少ないのが『人名字解』の983字ですね」


実況「17,500字! と言われても、正直よく分かりません。いや、多いなーとは思うんですよ?」


解説「まあ、そうなりますよね。というわけで、急遽開催!」


実況「へ? 開催?」


解説「漢和辞典ナメク字チキンレース! どんどんぱふぱふ」


実況「なに? え、なにが始まったんですか、たかぱしさん??」


解説「ルールはいたって簡単。漢和辞典がナメク字系漢字をどこまで載せているかを競うレースです」


実況「理解が追いつかない! まず、なんですか、そのナメク字? っていうのは?」


解説「ナメク字系漢字というのは、漢和辞典界では大変よく知られた、親字数の指標となる漢字群です」


実況「漢和辞典界……それはあれですね、たかばし漢和辞典界ですね」


解説「たとえばこのナメク字系漢字などは、みなさんも最近よく目にするようになって非常に馴染みもあるのではないでしょうか」


実況「お、どんな漢字ですか?」


解説「『エイ』」


実況「いや、ぜんぜん馴染みも見覚えもないですね」


解説「え、そうですか? 中国の秦の始皇帝の姓なので、最近映画とかマンガとかでよく見かけるんですが」


実況「ないですね」


解説「おやまあ」


実況「それで、そのナメク字とやらには、他にはどんな漢字があるんですか?」


解説「ポピュラーな順に並べてみます」


ナメク字系漢字

『贏』『羸』『嬴』『蠃』『驘』『臝』『𧝹』『鸁』


解説「以上の8個です」


実況「また変な漢字を集めましたね!? 一部環境によっては表示限界を突破している可能性がございます。ご了承ください」


解説「後ろ二つが見られない場合は、『ユニコード u27779』と『ユニコード U9E01』で検索して画像でご覧ください」


実況「ご迷惑をおかけします。ところで、なぜこれは“ナメク字”なんでしょうか?」


解説「漢字のつくりが一説によるとナメクジの象形だからですね」


実況「……どこがどういう風にナメクジなんでしょうか……?」


解説「それは誰にも分かりません」


実況「うーん」


解説「ちなみに、『贏』の部首、なんだと思います?」


実況「え。うーん。【なべぶた】とか【ぼう】とか。あ、【くち】ですか?」


解説「正解は【貝】です」


実況「【貝】!?」


解説「よく見ると下の真ん中にいるヤツですね」


実況「ああっ、確かに貝いますけど。あれが、部首??」


解説「あの貝以外の部分がつくり、すなわちナメクジです」


実況「ええー」


解説「ちなみに、『羸』の部首は【羊】、『嬴』の部首は【女】、『蠃』の部首が【虫】で『驘』の部首は【馬】とくれば『臝』の部首はなんでしょうか?」


実況「流れ的に【果】……なんて部首はないので、ええと【木】とか?」


解説「ぶっぶー。正解は【にくづき】でした」


実況「なんでやねん」


解説「余興はさておき。この変な……失礼。大変ユニークな漢字をどこまで漢和辞典は載せているのでしょうか。見てみましょう」


実況「ほぼほぼ日常生活では触れることのないであろうナメク字によるチキンレース(?)が始まります」


解説「最初のナメク字は『エイ』ですね。ナメク字の中では最もポピュラーな漢字です」


実況「ポピュラーの意味が行方不明。しかし、各辞書いっせいに『贏』のページが開かれていきます。うーん、一応ポピュラーという話は事実のようです。すべての辞書に載っている……いや、ページの開かない辞書がいた! 親字数3,000文字の『例解小学漢字辞典』には載っていません」


解説「まあ、小学生向けの漢和辞典なので、さすがに載ってないですね」


実況「ナメク字は小学生には早いようです。続いて、平凡社の『常用字解』2,744字と『人名字解』983字もここでギブアップのようです」


解説「常用漢字と人名漢字に特化した字書なので、載ってるわけがないですね」


実況「でもこの三冊以外には『贏』が載っているわけですよね。すごいです」


解説「おそらく漢字ベスト5000にはランクインするポピュラーさなんでしょう」


実況「漢字におけるポピュラーとは一体……? 続いてのナメク字はなんでしょうか、たかぱしさん」


解説「次は『ルイ』です。ルイって読みは可愛いですが、意味は大変ネガティブな漢字です」


実況「各辞書、いっせいにページが開きます。すごい、親字数10,000字以下の辞書たちも難なくページが開きました。脱落者なしです!」


解説「『羸』レベルの漢字であれば、載っていて当然ということですね」


実況「『羸』レベルというのがよく分かりません。残すナメク字は6個。果たしてどうなるのでしょうか」


解説「続いてのナメク字は『エイ』です」


実況「例の始皇帝の姓というやつですね。各辞書、一斉に開きます」


解説「歴史的有名人の姓ともなれば、漢和辞典としては載せておきたいところ」


実況「問題なくページを開く漢和辞典が多い中で、おっと。ページを開けない漢和辞典がいる模様。親字数8,000字の『三省堂五十音引き漢和辞典』と7,000字の『例解新漢和辞典』が載せていないようです」


解説「やはり親字数が10,000字以下の場合は、どの漢字を選んで載せるか、辞書によって判断が分かれるんでしょうね」


実況「というわけで、ここで二冊がギブアップです」


解説「続いてのナメク字は『』です。『螺』の異体字ということで、一説にはくるくるしているナメクジ……つまりかたつむりです」


実況「載せる必要性を微塵も感じない漢字ですね。しかし、各漢和辞典、またしても一斉に『蠃』ページを開いていきます。この程度の漢字、載っていて当然とでも言わんばかりです」


解説「とはいえ、親字数の少ない漢和辞典にとっては厳しいところですからね」


実況「おっと、やはりページの開けない漢和辞典がいました。親字数8,000字の金園社『新漢和辞典』と7,500字の『大修館現代漢和辞典』です」


解説「むしろ親字数6,600字の明治書院『新釈漢和辞典』がまだ頑張っていることに驚きですね」


実況「たった6,600字のなかに、なぜ『蠃』を選んだんでしょうか」


解説「編集者の中にかたつむり愛好家でもいたのかもしれません」


実況「というわけで、ナメク字レースは半分を過ぎた時点で残る漢和辞典十一冊です」


解説「まだまだ親字10,000字以上の漢和辞典にとっては余裕ですね」


実況「ナメク字チキンレース、続いてのナメク字は」


解説「『』です。これは騾馬ラバの『騾』の異体字ですね」


実況「『累』とナメクジにそこはかとない関係性を感じます。さて、各辞書一斉にページが開きます。みなが順調に開く中で……一冊開かない! 開けないのは親字数6,600字の明治書院『新釈漢和辞典』。ここでギブアップ」


解説「さすがに騾馬愛好家はいなかったか……」


実況「そういう問題ですか? それはさておき、親字数が10,000文字以下の漢和辞典は残すところ小学館『現代漢語例解辞典』のみとなりました」


解説「ここからは10,000字以上であっても非常に厳しいレースになります。『現代漢語』にはぜひ踏ん張っていただきたいですね」


実況「さっそく次のナメク字へ進みましょう」


解説「次は『』ですね。裸を意味する漢字です」


実況「では、各辞書一斉に開いていただきましょう。親字数9,700字の小学館『現代漢語例解辞典』は生き残るのか——開いた、無事に開きました! 『現代漢語』には『臝』が載っています」


解説「『臝』は現代に必要な漢字と判断したんですね」


実況「一方で、おおっと、開けない漢和辞典がいます。親字数10,700字の『新明解現代漢和辞典』」


解説「こちらは現代に必要ない漢字との判断ですね(笑)」


実況「さらに親字数12,500字の三省堂『漢辞海 第三版』も開けないようです」


解説「まさかの4大漢和辞典の一角がここで脱落ですか。もう一歩踏ん張ってほしかったですね」


実況「ちなみに、脱落者席で親字数6,600字の明治書院『新釈漢和辞典』がページを開いて載っていることをアピールしてますが?」


解説「裸愛好家はいたようですね」


実況「残念ながら敗者復活はなしのルールです。さて、いよいよ第七のナメク字が『𧝹』です」


解説「念のため見えていない方のために解説しますと、部首のところが衣になっているナメク字です」


実況「これはどういう意味の漢字なんでしょうか?」


解説「『𧝹』は『裸』の異体字です」


実況「また裸ですか。ではまた一斉に開いていただきましょう……というが、動かない。どの辞書も戸惑ったように開きません」


解説「ナメク字の中でもマニアックな漢字ですからね。これを載せている辞書は相当マニアックでしょう」


実況「皆が動かないなかで開く漢和辞典がいる! 二冊! 親字数17,500字の学研『漢字源第六版』と12,000字の三省堂『新明解漢和辞典 第4版』だ!」


解説「軒並み10,000字超え、それも14,000字ほど漢字を揃えた漢和辞典が載せていないなかで、親字数12,000字の『新明解』が載せているというのはすごいことですよ」


実況「もうひとつの『漢字源』は、さすがハンディ最大漢和辞典の面目躍如といったところでしょうか」


解説「『漢字源』に載っていなくて他のハンディ漢和に載っている漢字とか、そうそうないですからね」


実況「しかし、ここで一気に親字数14,629字の大修館『新漢語林』、14,000字の『五十音引き講談社漢和辞典』、13,500字の『角川新字源改訂新版』、10,300字の岩波『新漢語辞典』、10,100字の旺文社『漢字典』、9,700字の小学館『現代漢語例解辞典』が脱落となりました」


解説「いやあ、ここまでよく持ったと思います。特に五十音順でありがら14,000字も掲載している講談社には脱帽ですね」


実況「残るは二冊によるチキンレースです。最後のナメク字は?」


解説「最後を飾るのは『』です」


実況「部首のところが鳥になったナメク字ですね。もはや鳥なのかナメクジなのか分かりません」


解説「ちなみに鳥の名前に使われる漢字です」


実況「果たしてハンディ辞書に『鸁』は載っているのか……? 二冊の一騎討ちによって決着がつきます。両者、用意を整え、そして――」


解説「おお」


実況「開いたのは『漢字源』! 親字数17,500字の学研『漢字源第六版』には『鸁』が載っている!」


解説「さすが、見事です」


実況「一方の『新明解』は、さすがに開かない。親字数12,000字の三省堂『新明解漢和辞典 第4版』はここでギブアップです。ナメク字チキンレース、最後まで走り抜いたのは『漢字源』!」


解説「よく考えるとチキンレースって最後まで走り抜いてはダメなのでは?」


実況「ここまでやってきて冷静なツッコミ入れるなや!」


解説「ともかく。まあ親字数の多少による掲載漢字の違いを実感できたと思いますが」


実況「いえ、たぶんぜんぜん伝わってないですね」


解説「このように親字数が増えると異体字などが増えるわけですね」


実況「よくこのチキンレースからその結論をひねり出しましたね」


解説「数多ある漢字の中からどの漢字をどれほど載せるか、漢和辞典の編纂者が苦心している見処です。ぜひ注目していただきたいポイントです」


実況「このチキンレースに意味があったのかどうか激しく謎ですが、皆さまもご自分の漢和辞典でぜひナメク字を探してみてくださいね」


解説「まだ見ぬナメク字が見つかるかもしれませんよ」


実況「謎のチキンレースに最後までお付き合いいただきありがとうございましたー」

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