おそらくどこかに隠された真の法則があるはずだと信じています

実況「急に寒くなった夜に戸惑う皆様、こんばんは。漢和辞典アワード実況のかげると」


解説「解説はたかぱしです」


実況「昼と夜の寒暖差がエグいですよね」


解説「空気も乾燥していますし、風邪など引かないよう気をつけましょう(←今週のど痛で仕事一回早退した人)」


実況「さて。さっそくですが、今日は五十音順漢和辞典の五十音並べ方最後のひとつを見ていくということでしたよね、たかぱしさん」


解説「はい。前回は他の『漢字を主な“音”で並べる』『漢字を“音”で並べる』という二つの並べ方をご紹介しました」


実況「たくさんある漢字の読み方のうち、音訓の“音”で並べるという方法ですね」


解説「そうです。そして複数の“音”がある場合には、主なものをひとつ選んで並べる方法と全ての“音”で漢字を解説するという斜め上の方法とがあったわけです」


実況「残るひとつは『漢字を主な音で並べる』ということですが。……ふむ、私にも違いが分かりましたよ。ずばり、“”が消えてますね?」


解説「“”すなわちダブルクォーテーション。横書きのときに使う引用符です」


実況「そうそう、公募用の縦書き原稿へ直すときに〝〟ダブルミニュートへ変えなきゃいけなくて面倒なヤツです……」


解説「さすがにカクヨムのビューワーも縦組み表示へ切り替えたときに自動で変換してくれないんですよね。あんまり多用したくない括弧記号です」


実況「なるほど、つまり使いたくなくて第三の並べ方からは外した、ということですね?」


解説「そんなわけあるかい。漢和辞典アワードでは広義の音と狭義の音を区別するために、狭義の音は“ダブルクォーテーション”をつけています」


実況「特にここまで説明とかなかったのに、広義とか狭義とかあったんですね」


解説「なんとなく使い分けてました。広義が五十順などの広い意味での『読み方のおと』を意味する音、狭義が漢字の音訓の『音』を意味する“音”ですね」


実況「ということは、今回の並べ方は音訓の“音”ではなく、漢字の読み方を意味する広い音で五十音順に並べました、ってことなんでしょうか」


解説「そう、まさにその通りです」


実況「なるほど、よく分かりました。って…………え、まさか今日はこれで解説終わりですか?」


解説「いえ。まさか。そんな」


実況「ですよね。いや、そりゃ確かに最近はいつもだらだらしゃべるから長くなりすぎだって怒ってましたけど。1,000文字以下で終わったら、とんだ肩透かしですよ」


解説「もちろん、漢和辞典アワードは皆さまの期待を裏切りません。今日も変な話と変な漢字がごろごろ出てくる予定です」


実況「そういう変なのを期待しているわけでは……ともかく、もう少し詳しい解説をお願いします。第3の並べ方は、要は『漢字の主な読み方で五十音順にした』ってことですよね」


解説「分かりやすく言えばそういうことです」


実況「最初から紛らわしい言い方じゃなくて分かりやすい言い方をしてほしかったです。でも、ここから先の展開が私にはもう読めましたよ」


解説「ほほう。読めてしまいましたか」


実況「ええ。前回『主な“音”で五十音順』のとき、『主な』がなにかよく分からん! みたいな話になりましたからね。どうせ今回も『主な読み』とかよく分からん! みたいな話になるんでしょう」


解説「まあ、そうですねえ。そうなるんですが。……事態はより深刻です」


実況「深刻? とはどういうことでしょう?」


解説「前回の『主な“音”』については、『通例上その漢字の音として最も代表的に使われていると思われるもの』という説明をしました」


実況「迷うこともあるけど、まあ大体なんとなく分かるってたかぱしさんは言ってましたね」


解説「今回の『主な音』について実際どうなっているのか、この並べ方を採用している『三省堂五十音引き漢和辞典』を調べたところですね」


実況「はい」


解説「正直まったく分からん。という結論に至りました」


実況「『まったく分からん』? いや、えっと、なにがですか?」


解説「その漢字の最も代表的な読み方の選び方が、さっぱり分からない。どういう基準、どういうルールで選んでいるのか、まったく分からない。もはや『選んだ人の気分』だったんじゃね?という結論に至りました」


実況「いや、そんな。いくらなんでも気分てことはないでしょ」


解説「基本は“音”を選んでいるんだろうな、と思える部分もあり。しかし“訓”が選ばれている漢字もあり。じゃあ“訓”が読みやすい漢字だけ“訓”なのかなと思えばそうでないこともあり。常用字とか品詞とか、なにか法則があって変えているのかと調べても答えは出ず。完全に迷宮入りしました」


実況「なる……ほど……いや、でも。本当にさっぱり分からないんですか?」


解説「はい、さっぱり分かりません。というわけで、実際に一緒に見ていきましょう」


実況「こうして変でわけの分からない話へと突入してくわけですね……」


解説「我々漢和辞典アワード調査班は特定の漢字をピックアップして、それらが“音”なのか“訓”なのか調べるという方法を選びました」


実況「アワードに調査班とかいたんですね。どうせメンバーはたかぱしさん一人でしょうけど」


解説「ピックアップする漢字として選んだのは【魚】部首の漢字です」


実況「お、今日は魚の話ですか。それにしても、なぜ【魚】部首の漢字なんでしょうか?」


解説「直感です」


実況「直感……それ大丈夫ですか?」


解説「いや、ほんとなんとなくなんですが。基本的には名詞で、数がそこそこあり、訓読みつまり魚の名前での読みが適度についており、かつ国字も豊富。サンプルとしてちょうどいいような気がしたんです」


実況「国字というのは、日本で生まれた漢字ですね?」


解説「そうです。ほとんどの国字は訓読みしかありませんが、音読みもある国字、音読みしかない国字もありますよ。【魚】部首の漢字にも含まれています」


実況「ではしょうがないので、たかぱしさんの直感を頼りにいきましょう」


解説「まず『三省堂五十音引き』に収録された【魚】部首の漢字は140個あります」


実況「またえっちらおっちら数えたんですね」


解説「この140個のうち、俗字や異体字が16個あります。なので今回の調査対象となる正字は124個です。ちなみに124個には29個の国字が含まれています」


実況「124個の漢字。サンプルとしてまあ多くもなく少なくもなく、といったところですね」


解説「124個の正字の読みに関する内訳です。音訓の両方を持っている漢字が76個。“音”だけを持っている漢字が22個。“訓”だけの漢字が26個です」


実況「おおー。バランスもいいですね」


解説「他の部首の漢字の場合には訓読みだけの漢字はもう少し減ったかと思います。とはいえ、音読みだけの漢字は“音”、訓読みだけの漢字は“訓”が代表的な読み方になるわけですから、実はあまり関係ありません」


実況「問題は、音訓両方の読みのある漢字が、音読みで並べられているか、訓読みで並べられているか、ですね?」


解説「そうです。まず数字だけ見ますと、音訓ありの76漢字のうち、最も代表的な読み方が“音”の漢字は45個、“訓”の漢字は31個でした」


実況「やや“音”が多いですね。とはいえ、ほぼ拮抗している感じでしょうか」


解説「そうですね。では、どんな漢字が訓読みの方が代表的だと考えられたのか。31個全部並べてみます」


訓読み:『かます』『すし』『ひらめ』『さめ』『すし』『はも』『ふか』『すずき』『どじょう』『にしん』『わに』『いわし』『ぶり』『ぼら』『やもめ』『あじ』『かれい』『さわら』『うつぼ』『えい』『かつお』『きす』『はや』『まぐろ』『あさり』『さば』『するめ』『たい』『なまず』『にしん』『ぼら


実況「うーん。読める魚の名前の漢字と、名前は知ってるけど読めない漢字と、名前も知らないし読めない漢字とが混在してますね」


解説「ですよね。逆に、これらの漢字を音読みしなさい、と言われたらどうですか?」


実況「え、うーん。音読みはさらに難しい気がします」


解説「ということは、音読みの難しい漢字が訓読みで載っているのかな、と思うじゃないですか」


実況「あ、はい。え、違うんですか?」


解説「では音読みが代表的だと判定された【魚】部首の漢字も見てみましょう」


音読み:『ギョ』『』『ハン』『』『セイ』『デン』『』『ホウ』『ケイ』『』『』『セン』『カン』『』『ショウ』『ベン』『』『』『ゲイ』『ゲイ』『ショウ』『セイ』『リク』『』『』『シュウ』『コウ』『サイ』『ソク』『ヒョウ』『マン』『イツ』『ソン』『リン』『シュク』『ショ』『フン』『シン』『テイ』『フク』『』『』『トウ』『ショウ』『セイ


実況「うわあ。さらに読み方の分からない漢字が増えた!」


解説「はい、確かに訓読みしろと言われても困る漢字が多いです。が。『あゆ』とか『あわび』とか『さけ』とか『たこ』とか『ひれ』とか、訓読みの方が分かりやすいだろって漢字も、含まれてるんですよねえ」


実況「確かに。『こい』も『リ』って音読みできるかどうか、微妙です」


解説「つまり【魚】部首の漢字から分かったことは、『音読みが難しい漢字は訓読みで載っているっぽいが、でも必ずしもそうとも限らない』ということなんですねえ」


実況「なにも分かってないですね、それ」


解説「いやあ、謎です」


実況「このまま迷宮入りなんでしょうか」


解説「いやいや。ここで引いてはアワード調査班の名がすたります。もしかすると【魚】部首の漢字は主に魚の名前を意味する漢字が多い、つまり名詞として使われる漢字が多いためにこのような結果になったのであって、他の調べかたをすれば事実は明らかになるのかもしれません」


実況「先に結論で完全に迷宮入りしたといった以上、どうせ明らかにならないんでしょうが」


解説「もはや手当たり次第いくべし。というわけで、『三省堂五十音引き』のあ行か行さ行の範囲に載っている漢字のうち、訓読みで載っている漢字を抽出してみました」


実況「え、うん。さらっとすごいこと言ってる気がしますが。流します」


解説「ひたすら漢和辞典のページをめくって読み続けました」


実況「お疲れさまです」


解説「そうして抽出された漢字になんらかの傾向があれば……」


実況「それが主な読み方の決め方ということですね」


解説「はい。抽出した訓読みが代表の漢字90個以上。これらから見えた傾向は」


実況「傾向は?」


解説「……お察しの通り、とくになし」


実況「……ええ、はい、察してました」


解説「敢えていうなら、名前を意味する漢字が多い。形容詞として使われる漢字はない。動詞がわずかに入っている。助詞も比較的多い」


実況「訓読みで入っている動詞の漢字ってなにがあったんですか?」


解説「そうですね。『あつかう』『いななく』『おろす』『ける』『かなう』『れる』『くわえる』『こしらえる』『さらす』あたりですね。なんとなく音読みが難しそうな気はしますが、でも音読みが難しい漢字は他にもありますし。なぜ『与える』などを訓読みで入れないのか、その辺のジャッジが非常に微妙な気がします」


実況「ちなみに助詞というのは?」


解説「『いえども』『いやしくも』『いて』が訓読みで入っていました。しかし『すべからく』は訓読みで入っていなかったので、助詞として使われる漢字=訓読み採用でもないようです」


実況「分からないですね」


解説「そもそも漢字の品詞というのがぬるぬる不定形で複数あるパターンも多いので、基準としてどうなんだと思いますし」


実況「主な読み方だけでなく、主な品詞まで考えないといけなくなりますね、それ」


解説「以上の調査から、漢和辞典アワード調査班は次の結論を導き出しました」


実況「はい」


解説「『三省堂五十音引き』の五十音順に使う主な読み方選出方法は、編纂者の独断と偏見(特に法則なし)」


実況「まさかそんな独断と偏見なんてことないと思いますし、たかぱしさんが気づけなかった選出基準があるんだと思いますが」


解説「あるならどっかに書いておいてほしい」


実況「最後の手段で三省堂さんへお問い合わせという方法もありますが。この漢和辞典アワードの存在を気取られるわけにはいかないので、今回は見合わせましょう」


解説「もちろん『三省堂五十音引き』でも代表音訓が分からなくても引けるように、空見出しや索引がちゃんと用意されています。なので使う分には特に問題ありません。が」


実況「が?」


解説「結局音訓索引に頼るんだったら、せっかく五十音順漢和辞典にした意味が……」


実況「いやあ、漢和辞典って難しいですね」


解説「漢字を五十音順に並べる漢和辞典もやはりまだまだ改良の余地がある気がします」


実況「といったところで今回の漢和辞典アワードもお時間です」


解説「最後に! ひとつだけ!」


実況「はい?」


解説「『蛙』って漢字は音読みの『ア』じゃなくて訓読みの『かえる』で載せてほしかったよ!」


実況「それ言い出したらキリがないでしょうが」



※補足:三省堂さんは独断と偏見ではなく「代表的な読み方で載せる→代表的な読み方が音でも訓でもある漢字は音で載せる→代表的な読み方が不明な場合は音で載せる」って感じのパターンで代表的な読み方を決めているんではないかと思います。それにしてもちょっと微妙ですが。

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