字音情報:ぬめぬめ訓読みを捕まえろ!
実況「今週も律儀にご来場ありがとうございます。漢和辞典アワード実況のかげると」
解説「解説はたかぱしです」
実況「それにしても、不思議ですね、たかぱしさん。なんだか久しぶりな気がします」
解説「激しく気のせいですね」
実況「でも、前回なんの話をしたのか思い出せません」
解説「嘆かわしい。痴呆ですね」
実況「今は痴呆という言葉は使わないんですよ」
解説「認知症ですね」
実況「言い直さなくていいです。それで、アワードでは今なにを見ているんでしたっけ」
解説「前回から漢和辞典の漢字情報の過多を比べています」
実況「そうでしたっけ?」
解説「はい、まずは漢字の基本的な情報のなかの筆順について見ました」
実況「あー。右手がどうとか左手がどうっていう話を聞いた覚えがおぼろげに」
解説「それは幕間ですが、そんな感じの話です」
実況「では、今日はどんな情報でしょうか」
解説「ええ、漢和辞典の漢字情報を構成する基本情報・字音・意味・なりたち・熟語のうち、今日は字音に注目していきたいと思います」
実況「字音、ですか。えーと、字音というのは『漢字の読み方』のことですよね」
解説「そうですね」
実況「なるほど。漢字の読み方の情報が多いか少ないか……ということですね? ……それって、辞書によって読み方が増えたり減ったりするものなんですか?」
解説「はい、漢字はぬるぬる不定形ですからね……と言うと思ったら大間違いです」
実況「あ、え?」
解説「もちろん、漢字の読み方というのは時と場合によって変わるものであり、すべての漢和辞典で同じとは限りません。が、アワードが注目するべきは、そこではないのです」
実況「へー。どうせまた書いてある読み方の数をえっちらおっちら数えて比べるのかと思いました」
解説「さすがにそれは芸がない、と言われてしまいますよ」
実況「別に芸は求めてないです。それでは、漢和辞典に載っている漢字の読み方のどこに違いがあるんですか?」
解説「実は載せる読みの違いで二大派閥に分けることができます」
実況「載せる読みの違いで二大派閥? どういうことでしょうか、たかぱしさん」
解説「漢字の読み方には主に『音読み』と『訓読み』がありますよね?」
実況「ありますね」
解説「ひとつめの派閥は『音読み』と『訓読み』両方を載せる派。そしてもうひとつの派閥は『音読み』だけを載せる派、です」
実況「え。ということは、二つ目の派閥は『訓読み』が載ってないんですか……?」
解説「はい、載ってません」
実況「え、え。どういうことですか、それ」
解説「どういうもこういうもなくてですね。『訓読み』を載せるか、載せないか。漢和辞典のスタンスによって出る違いです」
実況「漢和辞典なのに『訓読み』が載ってないというのが、なんだかちょっと変な感じがするんですが。どうして『訓読み』がないんでしょうか?」
解説「なんででしょうね?」
実況「分かんないんかい」
解説「まあ、はっきりした理由を知ってるわけではないんですが。なんとなく、そういうことかなという推測はあります」
実況「推測……一応聞いてあげてもいいので、解説してくれていいですよ」
解説「では、まず訓を載せていない派にどんな漢和辞典がいるかご覧ください」
【音のみを載せている漢和辞典】
☆『角川 新字源 改訂新版』
☆『新明解 漢和辞典 第四版』
☆『全訳 漢辞海 第三版』
☆『新漢語林 第二版』
☆『旺文社 漢字典 第二版』
実況「やや少数派ですね?」
解説「まあ、そうですね。そして、一部例外はありますが、訓を載せていない漢和辞典は専門的な使用に耐える、いわゆる上級漢和辞典であることが分かります」
実況「あー。上級漢和辞典は『新字源』『漢字源』『漢辞海』『漢語林』『漢字典』って言ってましたね」
解説「『漢字源』は特殊事情があるので音のみ派閥から漏れているんですが、それは後で説明します。さて、では上級漢和辞典を使う人の専門的な使用ってどういう使い方でしょう?」
実況「えーと。たかぱしさんみたいに音訓索引を読んだりナメク字レースをしたり漢字のなりたちを見てげへげへ笑う、ですか?」
解説「違います! 別に私は上級者でも専門家でもないので、一緒にしないでください」
実況「一緒にされたくないのは専門家たちの方だと思います。じゃあ、どういう使い方なんですか?」
解説「たとえば日本や中国の漢文を読むために使う、です」
実況「日常とかけ離れたやつですね」
解説「もちろん、それだけが正しい使い方というわけではないです。音訓索引を読んだりナメク字レースをしたり漢字のなりたちを見てうはうはするのも、立派な使い方です」
実況「まあ、立派かどうかはともかく、使い方として間違ってるわけではないですよね。ところで、その漢文を読むっていう使い方と訓読みが載っていないことにどんな関係があるんですか?」
解説「ちょっと思い出してください。訓読みは、ぬるぬるを越えたぬめぬめ不定形で増殖可能、でしたよね」
実況「たかぱしさんがよく言ってるやつですね。ぬめぬめ不定形の実感はないんですけど、『
解説「そうなんです。でも考えてみてください。国語のテストで『肛門』の読みを『しりのあなのもん』と答えたら、100%不正解です」
実況「そうなんですよね。これのどこが自由なんですか」
解説「現代日本の文章では『
実況「そうなんですか!?」
解説「まあでも、教授に『
実況「なんだ」
解説「まあ、それは極端な例です。でも、漢字だけの文章をどう読み下すか、つまりどんな訓で読むかは読み手次第、です」
実況「なる、ほど?」
解説「英語の文章を訳すときに、意味が変わらない範囲で好きな日本語を選んで訳すのに似ています」
実況「あー。意味が合っていれば、通常の読み以外の読み方をしてもいいってことですね」
解説「そう理解していただければOKです。そういう前提で考えてみてください。その漢字が持っている意味に合う読み方のすべてを漢和辞典に載せられると思いますか?」
実況「えーと。意味に合う読み方ってどのぐらいある、んでしょうか」
解説「皆目見当もつきません」
実況「無理ですね!」
解説「無理です。というわけで、訓読みは載せません」
実況「へー。でも、全部が無理でも、主な訓読みは載せるとかすればいいのでは?」
解説「もちろん、そうすることも可能です。が、下手に一部の読み方例だけを載せたことによって、学生さんに『この読み方の中から読まなければいけない』と勘違いさせる可能性があります」
実況「それは、まずいですね」
解説「さらに言えば、漢字の意味情報を読めばそこに主な読み下し方、つまり訓の例が載っています。訓読みについては漢字の意味を見て察してください」
実況「まったく載っていない、というわけではないんですね」
解説「また、字音情報として訓読みを載せていない漢和辞典でも、常用漢字表で定められている訓読みについては『常用音訓』として載せいるので、学生さんの漢字学習で困ることはありませんよ」
実況「そうなんですね」
解説「とはいえ、現代日本語の漢字は訓読みもある程度決まってますしね。漢和辞典を現代日本の日常的に使う文章で使う場合など、常識的な訓読みがちゃんと載っている漢和辞典を使いたい人もいるかと思います。上級漢和辞典には訓読みが載っていないので注意しましょう」
実況「漢和辞典なら音読みも訓読みも漢字の読み方すべてが書いてあるものだと思いがちですよね。ちょっと意外でした」
解説「さて。じゃあ、なんで上級漢和辞典の『漢字源』は訓読みを載せているの?と思いますよね」
実況「いえ。別に上級だから訓読みを絶対に載せちゃダメって訳じゃないでしょうし。学研さんの自由だと思います」
解説「『漢字源』も漢字の字音情報には音読みしか載せていないんですが」
実況「訓読みなんて全部載せられないぜ、ですね」
解説「『日本語だけの意味・用法』という欄を別に設けて、その中に訓読みを載せているんです」
実況「ちょっと特殊な訓読みが載っているんですね」
解説「日本語だけの意味はだいたいの漢和辞典が載せていますが、そこに訓読みをあえて載せているのは『漢字源』だけの特徴です。なので『訓読みは載せてないんだけど訓読み載ってる』という、説明しがたい状況です」
実況「載せないのか載せたいのか、どっちなんだ」
解説「まあ『漢字源』はパワーファイターですから。いろいろ盛りだくさんなんです」
実況「どうせならできる限り訓読み全部載せるとかすればいいのに」
解説「ということで、一部の漢和辞典に訓読みが載っていない理由に迫ってみました」
実況「そういえば、これはたかぱしさんの推測なんでしたね。果たして合っているんでしょうか」
解説「正直、五分五分かなと思っています」
実況「五分五分かあ」
【参考データ】
字音情報に訓読みは載せない派
☆『角川 新字源 改訂新版』
☆『新明解 漢和辞典 第四版』
☆『全訳 漢辞海 第三版』
☆『新漢語林 第二版』
☆『旺文社 漢字典 第二版』
日本語だけの意味・用法に訓読み載せちゃった
☆『漢字源 改定第六版』
字音情報に訓読み載せる派
☆『例解 新漢和辞典 第三版』
☆『新明解 現代漢和辞典』
☆『例解小学漢字辞典 第三版』
☆『三省堂 五十音引き漢和辞典 第二版』
☆『大修館 現代漢和辞典』
☆『新釈漢和辞典 新訂版』
☆『現代漢語例解辞典 第二版』
☆『岩波 新漢語辞典』
☆『新漢和辞典』
☆『常用字解』
☆『五十音引き 講談社漢和辞典』
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