なりたち:なりたち・解字・字源など呼び方もさまざまです
実況「春の陽気に蒸し殺されそうなみなさま、こんばんは! 漢和辞典アワード2023+1の実況かげると」
解説「部屋の中の冷え込みが解せぬ。解説はたかぱしです」
実況「さて、漢和辞典の中身比較もとうとう12回目となりました。ぶっちゃけこの話はいつまで続くんでしょうか、たかぱしさん」
解説「今回までですね」
実況「おや、なんと、今日が最終回でしたか。では最後を飾るお題はすばりなんですか?」
解説「最後に漢和辞典における漢字のなりたち解説を比較してみたいと思います」
実況「なりたち、ですか。つまり、その漢字がどうやって作られたか、といった解説なわけですよね。それって漢和辞典に必要なんですか?」
解説「まあ、必須ではないですね。しかし、漢字を理解したり覚えたりする役に立つため、多くの辞書がこのなりたち解説を載せています」
実況「そうなんですね。この“なりたち”界隈はいろいろなところで物議を醸しているとかなんとか、物騒な話も聞きますが?」
解説「そうですねえ。ぶっちゃけ漢字のなりたちなんて、本当のところは分かりませんから。もちろん、現在進行形で漢字の研究は進められていて、新発見から定説が覆ったり旧説が補強されたりしていますよ」
実況「へえ。っていうか、漢字に新発見とかあるんですか?」
解説「あります! 主に90年代から新種の発掘資料が爆発的に増え、その結果今までは失われていた漢字の元の形が見つかる、なんてことが起きています」
実況「まじの新発見なんですね! 恐竜の研究みたいです」
解説「とはいえ、やっぱり事実は分からないと思うべきで、どんななりたち解説も“一説”に過ぎません」
実況「一生懸命研究している先生たちに怒られそうな発言ですね」
解説「研究は本当にありがたいものです。ただ、現代人の我々は漢字と一口に言ってますが、実は生まれた時期も場所も文化もさまざまで、それらが混ざったり統合されたり間違えられたりして今のかたちになっているわけです。そうした変遷をすべて合理的系統的に説明できるわけがない。そう思います」
実況「なるほど。一説にこだわりすぎないほうがいいですね」
解説「まあ、漢和辞典を使っている我々は漢字学の専門家でもなんでもないですから。気楽に楽しんでいきましょう」
実況「専門家たちの研究の叡知を摂取できると考えるとお得ですね、漢和辞典」
解説「ただひとつ、大した知識も研究も根拠もなく表面的な解釈から適当ななりたち解説かましてくるヤツらだけは許さないです」
実況「そこはねちっこく嫌ってますね」
解説「重要です!」
実況「まあまあ分かりました。そんなわけで、今回もなりたち解説の“質”ではなく“量”を比べていくわけですね」
解説「そうですね。でもまあ、今回はせっかくなので、各辞書の説の傾向もちらっとご紹介します」
実況「お、なりたち解説の内容に触れるんですね」
解説「漢字学における説派閥ではなく、あくまで漢和辞典から見た説傾向ですが。漢字学はド素人なので」
実況「文字コードのときと同じ流れですね。それではさっそくですが、そもそも漢和辞典のなりたち解説というのは、採用する説以外に違いがあったりするんでしょうか」
解説「ふたつあります。まずひとつが、なりたち解説を置く位置の違い、ふたつめがなりたち解説を載せる漢字の多さの違い、ですね」
実況「多さの違いはなんとなく分かりますが、位置の違いというのはなんですか?」
解説「なりたち解説を意味解説より前に置く派と後に置く派とがあるんです」
実況「はあ、なるほど。で、後か先かでなにか変わるんですか?」
解説「特に変わりません」
実況「変わらないんかい!」
解説「でも、気持ち、字義より前になりたち解説がある場合は、漢字の意味を理解するために成り立ちを知ることが必要だと考えている傾向があります」
実況「そうなんですか? じゃあ後にしている派は?」
解説「なりたち解説はあくまで理解を深める補足情報という位置付けですね」
実況「はあ、なるほど。なんかたかぱしさんの牽強付会のような気もしますが」
解説「まあ、なりたち解説に力が入りすぎていて情報量が多くて後ろに置かざるをえなくなっている漢和辞典とかもありますが」
実況「そんな漢和辞典もあるんですね。どれがとは聞きませんが」
解説「というわけで、なりたち解説は漢字の意味解説より先に置く派と後に置く派はこう分かれています」
先置く派
☆『角川 新字源 改訂新版』
☆三省堂『例解 新漢和辞典 第三版』
☆三省堂『新明解 現代漢和辞典』
☆『三省堂 五十音引き漢和辞典 第二版』
☆三省堂『例解小学漢字辞典 第三版』
☆『旺文社 漢字典 第二版』
☆小学館『現代漢語例解辞典 第二版』
☆平凡社『常用字解』(※なりたちと意味が一体で分けられない)
後置く派
☆学研『漢字源 改定第六版』
☆三省堂『新明解 漢和辞典 第四版』
☆三省堂『全訳 漢辞海 第三版』
☆大修館書店『新漢語林 第二版』
☆『大修館 現代漢和辞典』
☆『岩波 新漢語辞典』
☆明治書院『新釈漢和辞典 新訂版』
☆『五十音引き 講談社漢和辞典』
実況「半々ですね。どっちでもいいですし」
解説「そうですね。まあ、どっちでもいいです。お好みでお選びください」
実況「続いては、なりたち解説を載せる漢字の多さの違いですね。純粋な量の比較です」
解説「多くの漢和辞典がほぼすべての掲載漢字になりたち解説をつけています。が、それだとやはりたくさんの紙面を消費してしまいます」
実況「それで一部の漢字のみになりたち解説をつけるにとどめる辞典もあるということですね」
解説「そうです。まずほぼすべての漢字に載せている漢和辞典がこちら」
なりたち解説がほぼある
☆『角川 新字源 改訂新版』
☆学研『漢字源 改定第六版』
☆三省堂『新明解 漢和辞典 第四版』
☆三省堂『全訳 漢辞海 第三版』
☆大修館書店『新漢語林 第二版』
☆『大修館 現代漢和辞典』
☆『旺文社 漢字典 第二版』
☆小学館『現代漢語例解辞典 第二版』
☆『五十音引き 講談社漢和辞典』
☆平凡社『常用字解』(※そもそも常用漢字しか載ってないです)
実況「おおー。親字数の多い漢和辞典たちががんばってますね」
解説「例えば『新字源』などは「なりたち:未詳」まではっきり載せて全漢字をカバーしています」
実況「それはカバーできているというんですかね。で、こういう漢和辞典がなりたち解説を載せていない漢字というのはどういうものなんでしょうか」
解説「一部の国字など、本当に分からないものですね」
実況「そういう漢字もあるんですね」
解説「続いて、一部の漢字のみの漢和辞典です」
常用漢字・人名漢字まであり
☆三省堂『新明解 現代漢和辞典』
☆『三省堂 五十音引き漢和辞典 第二版』
☆明治書院『新釈漢和辞典 新訂版』
主に常用漢字のみ
☆三省堂『例解 新漢和辞典 第三版』
☆三省堂『例解小学漢字辞典 第三版』
☆『岩波 新漢語辞典』
実況「学校で習ったり、普段使ったりする漢字に絞ってるんですね」
解説「日常の使用であれば十分かもしれません」
実況「日常以外の使用では?」
解説「マニアックに漢字を楽しみたい場合は、ちょっと物足りないかもですね」
実況「購入するときは気を付けたいですね」
解説「また、なりたち解説には古字を載せている漢和辞典が多いんですが」
実況「古字というのは古い形の漢字ですね」
解説「古字にも金石文字・甲骨文字・小篆などなどいろいろな種類があります。興味がある人は複数の古字を載せていて見比べられるものを選びましょう」
実況「実際に中身を見て選ぶのがいいですね」
解説「最後に、なりたち解説の中身の傾向をざっくりまとめてみましょう。まあでも、全体を比較するのは大変だったので、おもに『東』のなりたち解説を比較した結果です。ご了承ください」
実況「あと漢和辞典の凡例なども参照しました」
解説「まずひとつめが古典籍の説を載せる派です」
説文解字・釈名など古典籍重視
☆三省堂『全訳 漢辞海 第三版』
☆三省堂『例解 新漢和辞典 第三版』
☆三省堂『新明解 現代漢和辞典』
実況「三省堂が多いですね」
解説「そうですねえ。でも三省堂の漢和辞典がすべて古典籍派というわけではないです。この派のスタンスとしては、他の通説や新説が不確かならばいっそ古い字書の解説を紹介する、だそうです」
実況「新しい説にふらふら浮気しないということですかね」
解説「続いては、いわゆる通説を載せる派、ですが。そもそも通説が時代によって変わるので、この派は、編纂当時もっとも妥当と思える説をシンプルに紹介する派とでも思ってください」
通説をシンプルに載せる派
☆『角川 新字源 改訂新版』
☆三省堂『新明解 漢和辞典 第四版』
☆三省堂『例解小学漢字辞典 第三版』
☆『旺文社 漢字典 第二版』
☆『岩波 新漢語辞典』
実況「通説派が多数かと思いきや、そうでもないんですか?」
解説「まあ、この派は場合によりけりで、細かくみるとなんやかんや違うので、特に特徴のないなりたち解説のもののみを集めたらこうなりました」
実況「解説がシンプルゆえに特徴がないんですね」
解説「やや特徴があったといえば、岩波の『新漢語』が「あの説は誤り!」と否定をいれていたところぐらいですね」
実況「やや過激派の予感ですね」
解説「続いては音を重視して解説する派、またの名を藤堂説です」
音での解説をする派
☆学研『漢字源 改定第六版』(藤堂説)
☆小学館『現代漢語例解辞典 第二版』(通説+音)
☆明治書院『新釈漢和辞典 新訂版』(通説+音)
☆『大修館 現代漢和辞典』(基本通説をバランスよく+音を重視した語家族を載せる)
実況「藤堂説とは?」
解説「便宜上つけた名前ですのでお気になさらず。この派は漢字の音、特に古音からなりたちを説明するのが特徴です」
実況「音ですか。漢字のなりたちって形や意味から説明するものと思ってたんですが、音も関係するんですね」
解説「はい。そもそも文字が生まれる前にあった言葉というのは、『音が意味を持っているもの』なわけです。それで音と意味にも深い関係があるといえます」
実況「はあ、つまり?」
解説「ずいぶん前にコメントで言及した『
実況「分かるような分からないような話なんですが、とにかく音も重要なんですね」
解説「この中でも古音による漢字研究を体系的にしているのが学研『漢字源』です。ハンディながら詳しくなりたち解説を入れていますので、一見の価値ありです」
実況「それはすごいですね」
解説「ただ、中身がガチなので初心者が気軽に読むと撃沈する可能性もあります」
実況「ご注意ください」
解説「続いてバランス派です。通説を載せるだけでなく、古典籍の説や異説なども載せるタイプですね」
いくつかの説をバランスよく
☆大修館書店『新漢語林 第二版』
☆『五十音引き 講談社漢和辞典』(説文・藤堂・白川説を参考)
実況「ええと、講談社のカッコ書きは何を言ってるんでしょうか」
解説「凡例にそう書いてありましたので。古典籍や音重視の藤堂説、さらに次に出てくる白川説を参考にしたそうです。果たしてこの三説を混ぜたらどうなるのか……ぜひ『五十音引き講談社』をご確認ください」
実況「よく分からないですが、ヤバそうですね。というか、別に三説を混ぜているわけではないと思いますが」
解説「最後にご紹介するのが白川説派です」
白川説派
☆平凡社『常用字解』
実況「これは、どういう傾向の説なんですか?」
解説「一般的には呪術的、宗教的観点からなりたちを説明したものと言われています」
実況「なぜ白川説という名前なんでしょうか?」
解説「便宜上の名前ですね。気にするのはやめましょう」
実況「はあ。でもちょっと面白そうですね、白川説」
解説「そうですね。『常用字解』は読みやすい分量で、取っつきやすいと思います。白川説は批判されることもありますが、古典籍を丹念に調べて体系的になりたちを説明していますので、こちらもぜひ比較にご覧ください」
実況「以上で漢和辞典の中身の話も終わりですね、たかぱしさん」
解説「さらに突っ込むならば、コラムや語法解説、付録にも見処はあるんですが。漢和辞典にとって大事なところでもないので、ここらで十分かと思います」
実況「……まだまだいろいろあるんですね」
解説「漢和辞典の奥の深さは、例えれば3500円分ほどありますからね」
実況「例えが生々しい!」
解説「ぜひ残りはご自分で買ってお楽しみください」
実況「というわけで、次回はとうとう漢和辞典アワード2023+1の大賞発表です」
解説「と見せかけての」
実況「え、一体ナニ!?!?!?」
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