意味③:ただでさえ小さい文字が1/4サイズになる狂気

実況「思えば遠くにきたもんだ、漢和辞典アワード実況のかげると」


解説「解説はたかぱしです」


実況「あまりうるさく言ってもしょうがないので黙っていましたが、たかぱしさん」


解説「はい」


実況「一体だれがこんなに長いアワードになると予想していたでしょう」


解説「確かに全人類の予想を裏切っているかもしれませんが。大丈夫です!」


実況「ほう、なにが大丈夫なんですか?」


解説「長い漢和辞典の歴史に比べれば、このアワードの長さなんて鼻くそみたいなものですから。大丈夫です」


実況「比較の意味がまったく分かりません。さて、アワードの現在地を確認しましょう。各漢和辞典の中身の“量”を比較していますが、その中でも漢和辞典の要である意味……字義解説について比べているところですね」


解説「意味比較第一回では字義の量、第二回で字義の解説方法を比較しました」


実況「今回はどんなところを見ていくのでしょうか、解説のたかぱしさん」


解説「字義の用法や理解を助けてくれる“用例”を比較してみたいと思います」


実況「用例ですか。実際にその漢字の意味がどうやって使われているか具体例で見せている部分、ということですね」


解説「はい。でも用例と一口に言っても辞書によって千差万別ですから、大変面倒くさ……面白いテーマですよ」


実況「また細かい違いをほじほじしてきたんでしょうね。で、どんな違いなんですか?」


解説「まあ、物理的に細かい話になるんですが。まず用例は大別して、例文と例語、関連語があります」


実況「例文と例語というのは、それは読んで字のごとく、用例を文章で挙げるタイプと熟語で挙げるタイプということでしょうか」


解説「そうです。例文は漢文からの引用が主ですが、現代文のこともありますよ」


実況「へー、現代文は珍しいですね」


解説「例語も日常で使う熟語を主に載せる辞書もあれば、古典籍の漢語を中心に載せる辞書もあります」


実況「ほんとに色々ですね。ところで、もうひとつの関連語というのはなんですか?」


解説「用例とはちょっと違うんですが、意味と一緒に載っている同義語・類義語・対義語などのことですね」


実況「同じ意味の言葉や反対の意味の言葉ですね」


解説「こうした用例を字義解説の意味ごとにがっつりたくさん載せている辞書もありますし、ほどよくさりげなく必要なところでそっと差し出してくれる辞書もいます。辞書の性格が見え隠れする部分と言えるでしょう」


実況「なるほど。では、実際にどんな漢和辞典があるんでしょうか。紹介をお願いします」


解説「まずはとにかく用例が多い! エントリー辞書の中でいちばん多いだろうと思われるのが、こちら」


☆『漢字源 改定第六版』


実況「安定のハンディ漢和パワーファイター漢字源ですね」


解説「意味ごとに関連語と例語と例文を全部揃えて載せてくる……みたいな盛りだくさんっぷりです」


実況「それはすごい」


解説「基本的に例語は日常語、例文は漢籍が多いんですが、その例文のうち名言を「名言」って明言してて面白いです」


実況「名言を名言と明言。ちょっと意味がわかりません」


解説「続いて、関連語が豊富なのがこちら」


☆『角川 新字源 改訂新版』


実況「おおー、KADOKAWA!」


解説「意味ごとに関連語または例語を掲載。たまに漢籍から例文を載せている印象です」


実況「関連語が多いといろいろな使い方ができますね」


解説「次に例文が豊富な漢和辞典といえば、これだと思います」


☆『全訳 漢辞海 第三版』


実況「例文が多い辞書って意外と少ないそうですね」


解説「はい、『漢辞海』は漢籍の例文が多くて助かりますし、例語も漢語が多い印象ですね」


実況「ところで、例文が現代文の漢和辞典というと、どれになるんでしょうか」


解説「当然と言えば当然なんでしょうが、小学生向けの『例解小学漢字辞典 第三版』は例文が現代文です。他に掲載例は少ないですが、『新釈漢和辞典 新訂版』もあります」


実況「大人向けの現代例文は本当に珍しい例なんですね」


解説「まあ、例語で挙げておけば、別に文章で用例を示す意味はあまりないですからね。というわけで、例語を大量列挙しているのがこちら」


☆『三省堂 五十音引き漢和辞典 第二版』


実況「え、あ、ほんとだ……もはや執念を感じるぐらい大量に並んでますね……」


解説「ちょっと多すぎじゃないかと思うほどですよね。反対に用例は必要最低限にしている漢和辞典はこの辺でしょうか」


☆『新漢語林 第二版』

☆『五十音引き 講談社漢和辞典』


実況「用例が少ないと、字義解説もシンプル少量になるので読みやすいですよね」


解説「とまあ、以上が用例の概観です。用例だけで辞書の善し悪しや使い勝手が大きく変わるわけではないですが、用例や熟語を含めて字義解説を比較してみると、辞書ごとに漢字の解釈の違いが見えやすかったりするので面白いですよ」


実況「複数の辞書を比較して漢字を引く人とか、そうそういないかと思いますが」


解説「ついでに用例の例文の載せ方、についても注目してみたいと思います」


実況「例文の載せ方、ですか? 載せ方になにか違いなんてあるんでしょうか」


解説「大ありです。例文の漢文をどう載せるか、そこに大いに違いがあるんです」


実況「あー、そうか。例文が漢文だと……ただ原文を載せられても普通の人は読めないですね!」


解説「読めない例文に意味はない。というわけで、いかに省スペースで読める漢文を載せるかが各漢和辞典の腕の見せ所ですね」


実況「果たして一般人が読めるようになっているんでしょうか」


解説「チェックポイントになるのが、ひとつは『現代語訳』が載っているかどうか、ですね。現代語訳が載っている漢和辞典は親切で初心者でも使いやすいでしょう」


実況「確かに。ちょっと難しい漢文でも現代語訳をつけてくれていれば、その漢字や熟語がどんなふうに使われているか分かりやすいですね」


解説「とはいえ、現代語訳までつけるとかなりスペースを食いますので。すべての漢文に訳をつけるというのは大変なことです。大変だけど、すごく丁寧に訳をつけている漢和辞典といえば、こちらですね」


☆『新漢語林 第二版』


実況「丁寧な訳ってどういうことでしょうか?」


解説「なんと、ただ現代語訳を載せているのではなく、直訳と現代語訳の2種類を載せるという丁寧っぷりなんです」


実況「直訳と現代語訳? よく分からんが、それはすごい」


解説「用例を必要最小限に絞っているからこそできる丁寧な例示といえますね。『新漢語林』の分かりやすいシンプルな解説は、考えに考え抜かれた代物なんでしょう」


実況「アワードは新漢語林がべた褒めですね。文字がやや小さいぐらいしか欠点がないです」


解説「もう大賞アワードは新漢語林でいいんじゃね?って思ってます」


実況「早い! いや、早くないけど。こんなとこでぽろっと言っちゃダメ!」


解説「他にも現代語訳をしっかり載せている漢和辞典といえば、これですね」


☆『全訳 漢辞海 第三版』


実況「あれ、『漢辞海』は例文が多い漢和辞典ですよね。たくさん載っている例文に現代語訳をつけてるんですか?」


解説「いや、もう、本当にすごいことなんですが。全部つけてます」


実況「うわあ。例文にかなりの紙面を割いているわけですね」


解説「『漢辞海』は古典に力がめちゃくちゃ入っています。さて、訳の次は、漢文自体をどう載せているか、がポイントです」


実況「授業で見た教科書の漢文というと、文の左右にレ点とか送り仮名とかがついているあのスタイルですが、もしや辞書もアレなんでしょうか?」


解説「漢文にレ点などの返り点と送り仮名をつけたスタイルを『訓読文』と呼ぶんですが、その訓読文で載せている漢和辞典もありますね」


実況「ひゃあ。結構あれって読むの面倒ですよね……」


解説「まあ、そうですよね。その訓読文を読んだ形に書き起こしたものを『書き下し文』と呼びます」


実況「訓読文と書き下し文の実例を……といいたいところですが、カクヨムでは訓読文を表示できないのでお手数ですが各自ググってご覧ください」


比較参考ページ

https://kyoushinomikata.com/hakubunkundokubunkakikudashibun/


解説「訓読文だけよりも書き下し文があった方が読みやすい、というわけで書き下し文を併記した漢和辞典もあります。ただまあ、これをやると例文の分量が倍以上に増えてしまうので……苦肉の策で生まれたのが『わりルビ』というやつです」


実況「割ルビ!? って、なんですか?」


解説「ルビですので、書き下し文をひらがなに開いたものです」


白文例:國破山河在

書き下し文例:国破れて山河在り

ルビ例:くにやぶレテさんがあリ(または、クニヤブれてサンガアり)


実況「“わり”というのはどういう意味ですか?」


解説「割注などでお馴染みかと思いますが」


実況「お馴染みではないですね」


解説「1行のなかへ2行ぶち込む割り付けですね」


実況「??? 1行に2行をぶち込む? とは?」


解説「割ルビは、縦書きの場合、漢字の横にルビをつけるのではなく、文章の下に約1/4サイズのフォントで2行にしてルビを挿入する方法です。ちょうどいい参考画像が見つけられなかったので、まあお手持ちの漢和辞典を開いてみてみてください。『漢字源』『新字源』以外の漢和辞典なら、たぶん割ルビ見られます」


実況「……ちっさ! なんじゃこりゃ! ちっさ!」


解説「ちっさいけど、がんばって読んでください。細かい補足ですが、割ルビを採用している漢和辞典は、訓読文ではなく返り点だけの漢文で載せていることが多いです」


実況「漢文が嫌いでなくても、なかなかこれを読むのは大変ですね、こう、物理的に……」


解説「ですね。でも昔の辞書は、返り点つき漢文だけを用例として載せていたものも多かったですし、なんとか漢文を用例として読んでもらおうという涙ぐましい努力の結晶ですからねえ」


実況「せめてもう少し字が大きければ……」


解説「紙面に限りのある漢和辞典の弱点ではありますが、現状オンライン辞書で漢籍の例文が豊富に載っている漢和辞典はほぼないので。弱みなんだか強みなんだか分からない部分です」


実況「うーん、ままならないなぁ」


解説「以上で字義解説の比較は終了なので、我々もぐだぐだなまま終業ですね」


実況「うーん、お疲れさまでした」



【データ 漢文の現代語訳が載っている漢和辞典】

☆『全訳 漢辞海 第三版』

☆『例解 新漢和辞典 第三版』

☆『新明解 現代漢和辞典』

☆『三省堂 五十音引き漢和辞典 第二版』

☆『新漢語林 第二版』

☆『現代漢語例解辞典 第二版』


一部あり

☆『漢字源 改定第六版』

☆『大修館 現代漢和辞典』

☆『新釈漢和辞典 新訂版』



【漢文の載せ方】

訓読文のみ ←潔いよ

☆『漢字源 改定第六版』

☆『角川 新字源 改訂新版』


返り点文のみ ←潔すぎるだろ

☆『新明解 漢和辞典 第四版』

☆金園社『新漢和辞典』


返り点文+書き下し文 ←読みやすい

☆『岩波 新漢語辞典』

☆『五十音引き 講談社漢和辞典』


返り点文+割ルビ ←主流派

☆『全訳 漢辞海 第三版』

☆『例解 新漢和辞典 第三版』

☆『新明解 現代漢和辞典』

☆『旺文社 漢字典 第二版』

☆『三省堂 五十音引き漢和辞典 第二版』

☆『大修館 現代漢和辞典』

☆『新漢語林 第二版』

☆『新釈漢和辞典 新訂版』

☆『現代漢語例解辞典 第二版』

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