漢字の部首配置・並びのはなし

そもそも部首って誰が決めたんですかァ

実況「なにも考えず、話が赴くまま進んでおります、漢和辞典アワード2023実況のかげると」


解説「解説はたかぱしです」


実況「前回はうっかり秘境温泉へたどり着いてしまいましたが、果たして無事に人里へ戻ってこられるのでしょうか、たかぱしさん」


解説「いっそ戻らないという選択肢もあります」


実況「ありません。さて、さすがに部首立てとやらの話は終わったわけですよね?」


解説「おおむね要点は押さえたかと思います」


実況「幸甚です。では今日の見所はなんなんでしょうか?」


解説「どの部首へどの漢字を配置するか、部首決めというポイントの話です」


実況「……今さらではありますが、漢字それぞれの部首って決まってるものじゃないんですか?」


解説「え、決まってるんですか? え、誰が決めたんですかァ?」


実況「いやあ、そう詰め寄られると。でも、ほら、漢字検定でも部首の問題とかありますよね。あれは部首が決まっているから問題として出題できるのでは? 部首が決まってなかったら問題にできませんよね?」


解説「漢字検定の問題は、一種の“アニメ版公式見解”ですね」


実況「……はあ」


解説「すでに原作者は死んでいるので原作公式見解は分からない。けれどアニメ化するにあたってアニメ版の公式見解を決めました、と。けれども二次創作や原作の解釈についてはそれぞれ自由にしていいですよ、というわけです」


実況「分かるような分からないような例えですね! うっすら分かりましたけど!」


解説「なので、漢字検定を受ける場合には、日本漢字能力検定協会公式の『漢検 漢字辞典』を使うのがよろしいかと」


実況「公式ガイドブックというわけですね。その『漢字辞典』はたかぱしさん持っていないんですか?」


解説「持ってないですねえ」


実況「大好きな漢和辞典ですよ? 興味わかないんですか?」


解説「なんていうか」


実況「なんていうか?」


解説「漢検のあの黄色い感じがいけ好かない」


実況「そんな理由かい!」


解説「だいたい本屋の辞典売り場には置いてないし」


実況「資格試験の漢検テキスト棚に置いてありますね」


解説「収録親字数たったの6,300字で税抜3,300円はちょっと高いし」


実況「親字数が少ないのは、主に漢字検定で出てくる漢字が収録範囲だからですね」


解説「なにか他の漢和辞典と違う見所でもあれば、と思わないわけではないですけどねえ」


実況「ちなみに『漢検 漢字辞典』は五十音順配列とのことです」


解説「なにい!?」


実況「首がぐりんて動きましたね。さて、本題に戻りまして、漢字配置というのは各辞書でどういう違いがあるんでしょうか? そわそわしているたかぱしさん?」


解説「だいたい部首なんて決まってるのでだいたい同じでたまにまれに違うやつがいます」


実況「さっきと言ってることが逆! もう少し落ち着いて分かりやすく解説をお願いします」


解説「おおよそ『康熙字典』が定めた各漢字の部首を踏襲します」


実況「つまり部首を決めたのは『康熙字典』ということですか?」


解説「どちらかというと、“一番ブレイクした第5次アニメ版”ぐらいの立ち位置です」


実況「何回アニメ化された作品なのかが気になります。が、そこは深掘りせずに流しましょう」


解説「問題になるのは『康熙字典』の部首が分かりづらい、違和感のある漢字。それと常用字体になったときに部首の形が失われた漢字の扱いですね」


実況「新部首設立の話で出てきた「単」「厳」などは、元の部首だった「口」が「ツ」に変わってしまったんでしたよね。他にどんな漢字が該当するんでしょうか」


解説「たとえば「當」→「当」。「爭」→「争」。「爲」→「為」。「變」→「変」。「與」→「与」ですね。他にもありますが、この辺が部首だった形が失われた漢字です」


実況「そういう漢字は部首も変わっているということですね」


解説「いえ。公示された常用漢字一覧を確認すると、特に部首は決められてないんです。決められていないんですが、常用漢字を一覧表に並べる順番で使う部首は『康熙字典』に従う、つまり旧字体のまま変わらないってことになってます」


実況「え。つまり?」


解説「「当」の部首は【田】、「争」と「為」の部首は【爪】、「変」は【言】だし、「与」は【うす】です」


実況「影も形もないのに部首なんですね」


解説「分かりづらいですよね。でも常用漢字一覧もまた、第23次アニメ版公式見解にすぎず! というわけで、常用字体の形で新たに部首を定めて配置したり、【ツ】などの新部首を作ったりするのが漢和辞典の主流です」


実況「おおー。さすが我らが漢和辞典。やってくれますね!」


解説「さきほどの漢字たちを例にすれば、「当」は部首【小】、「争」は【はねぼう】、「為」は【れっか】、「変」は【ふゆがしら】、「与」は【一】になります」


実況「実に部首っぽいですね」


解説「形という面から見れば分かりやすくなります。しかし、部首を意味という面から見ると、どうでしょうか」


実況「と言いますと?」


解説「「為」って火と関係、ある?」


実況「あー。あんまりないですね」


解説「もともと【爪】の部首には手で掴む、引っ張るという意味があります。「爲」は手で象を掴んで飼い慣らしてる形です。自然の動物に人間が手を出す、というところから「手を加える」つまり「為す」という漢字になったと言われています」


実況「もしや灬は象の四本の足なのか」


解説「形だけではなく、漢字のもともとの意味や成り立ちを重視して部首を選ぶというのも立派なひとつのスタンスです」


実況「その場合は「為」は【爪】部首に配置されるわけですね」


解説「そうです。そんな意味重視での漢字配置をしている漢和辞典が角川『新字源』です」


実況「え、ひとつだけなんですか?」


解説「はい。部首を旧字体の形に依っている辞書といえば、金園社『新漢和辞典』もそうですが。あくまで漢字の本質にこだわり続けている現代の漢和といえば『新字源』だけです」


実況「それはまたすごいことですね」


解説「角川もまた四天王ですからね。漢字に対する情熱がものすごいです。決して流行や風潮に流されず、漢字の原義を追求して辞書の形で体現している、古いんだか新しいんだか分からない、それが角川『新字源 改訂新版』です」


実況「一応褒めてるんですよね、それ」


解説「たとえば「飾」という漢字がありますが。この部首ってなんだと思います?」


実況「どう見ても【食】かと」


解説「そうです。常用漢字一覧でも漢和辞典でも【食】です。『新明解漢和辞典』ですら【食】です」


実況「新明解漢和辞典ですらって。言い方」


解説「しかし! 角川『新字源』は【はば】! 【はば】なんですよ」


実況「その心は?」


解説「【巾】は布や織物に関係する部首です。“服飾”なんて言葉があるとおり、「飾」は布で飾る、着飾るが本来の意味です。食べ物関係ナッシング、「食」はショクという音を表す部分でしょう」


実況「なるほど。面白いですね」


解説「この他にも角川『新字源 改訂新版』では他の漢和辞典と違う漢字配置があります。漢字の成り立ちや原義に注目したい人にはおすすめですが、でもやはり旧字体を知らないとぱっと引けなかったりしますし、ややマニアックな漢和辞典と言えるかもしれません」


実況「勧めているのか勧めていないのか、どっちなんでしょうか」


解説「ご家庭に一冊はほしい漢和辞典です。あと中文生は一人一冊」


実況「ご家庭にはちょっと荷が重そう」


解説「たかぱし4冊持ってます」


実況「なんでやねん」


解説「とはいえ、漢字の意味も成り立ちも原義も、字体も部首もなにもかも、原作者不在のいま公式見解なんてさっぱり不明です。漢和辞典なんて二次創作みたいなものですから、すべて『そういう解釈もあるのね』ぐらいの感覚で楽しみましょう」


実況「薄い本買う感覚で辞書を買うのはどうかと思います」




【データ】

漢字は字義・成り立ち重視で部首に配置

☆『角川 新字源』[角川書店]


漢字は旧字部首で配置

☆『新漢和辞典』[金園社]


漢字は新字体の形重視で部首に配置

☆『全訳 漢辞海』[三省堂]

☆『例解 新漢和辞典』[三省堂]

☆『新明解 現代漢和辞典』[三省堂]

☆『漢字源』[学研プラス]

☆『新漢語林』[大修館書店]

☆『大修館 現代漢和辞典』[大修館書店]

☆『新釈漢和辞典』[明治書院]

☆『旺文社 漢字典』[旺文社]

☆『現代漢語例解辞典』[小学館]

☆『岩波 新漢語辞典』[岩波書店]


形で部首に配置

☆『新明解 漢和辞典』[三省堂]

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