あゝ、我らが新明解漢和辞典

実況「部首の話だけで7,000字を超えました、漢和辞典アワード2023実況のかげると」


解説「解説はたかぱしです」


実況「さて、部首の次はどんな点に着目していくんでしょうか、たかぱしさん」


解説「まだまだ部首の話が続きます」


実況「このやりとりがすでにデジャヴ」


解説「そもそも、部首の話というか、今しているのは漢和辞典における“部首立て”の話ですね」


実況「といいますと」


解説「辞書の中でなにを部首として立てるか、という1部分にのみ着目しているわけです。さらに部首へどう漢字を配置していくか、どう並べていくかという、部首順漢和辞典では避けて通れない問題がまだまだ待っています」


実況「足湯へ全身で飛び込んでいく気分です」


解説「仕方ないですね。今回は秘境温泉へご案内しましょう」


実況「なんの会話かさっぱり分からない」


解説「前回までいろいろな部首立てパターンを見てきましたが、実はほぼ話題に出てきていない漢和辞典がいます」


実況「え、そうですか? 正直、漢和辞典がありすぎて、なにがなんだか分からないんで、出てくるも出てこないも区別がついてないんですが」


解説「最初に部首は何個あるのかというところで一度だけ登場した、285個という脅威の部首数を誇る漢和辞典、その名も三省堂『新明解 漢和辞典』です」


実況「ああー、いましたね。あれ、でも部首の話の中で『新明解』って何度か出てきてましたよね」


解説「違います。出てきていたのは三省堂『明解 漢和辞典』と三省堂『新明解 現代漢和辞典』です。三省堂『新明解 漢和辞典』とはぜんぜん違います」


実況「ややこしい! ほぼ同じ名前!」


解説「その文句は三省堂に言ってください」


実況「すみません、言いません、言えません」


解説「『明解 漢和辞典』、『新明解 漢和辞典』、『新明解 現代漢和辞典』は三省堂の“明解”ブランドを引き継いで生まれた漢和辞典だと思われますが、少なくとも部首立てに関しては大きく違う、まったく別の漢和辞典になってます」


実況「なにを考えているんでしょう、三省堂さん」


解説「大人の事情なので、そっとしておいてあげてください」


実況「たかぱしさんの分け知り顔が怖すぎる! 関係者じゃあるまいし事情なんて知らないでしょうが」


解説「思うに、日本で一番辞書に資金をぶち込んでいる出版社が三省堂です」


実況「また適当なことを」


解説「恐らく、取締役会で『これ以上辞書にお金はかけられない』と言われていない唯一の出版社が三省堂です」


実況「そんなまたまた」


解説「ともかく、三省堂というのはそれぐらい辞書を出しまくっている出版社です」


実況「三省堂が「語彙・辞書研究会」を運営してるぐらいですしね。辞書の会社だという側面は確かにあると思います。上の二つはたかぱしさんの妄想ですが」


解説「そんな三省堂は漢和辞典や類書も多種多様に出しています」


実況「類書というのはなんでしょうか」


解説「たとえば『難読漢字辞典』とか『漢字表記・用字辞典』とか『当て字当て読み漢字表現辞典』とか『筆順・字体辞典』とか『ユニコード漢字情報辞典』とか」


実況「うわあ」


解説「漢和辞典だけに絞っても、思いつく限りのレパートリーで出版してるんじゃね?って言いたくなるぐらい、あるわけです。さすが四天王の一角」


実況「久しぶりに出ましたね、ハンディ漢和四天王の称号。まあ確かに、今回のエントリー辞書も三省堂率めちゃくちゃ高いですもんね」


解説「でもまだ三省堂コンプリートしてない……!」


実況「恐ろしい」


解説「とまあ、それだけ多様な漢和辞典を出すとなると、試行錯誤な部分もあるわけですよ」


実況「試行錯誤ですか」


解説「1959年発行の『明解 漢和辞典』は【さんずい】など新部首を立てるという、当時としては画期的な漢和辞典でした」


実況「チャレンジングですね」


解説「引きやすいと喝采を浴びたのがよほど嬉しかったのでしょう。さらに部首の改良に着手、もはや独自部首と言えるほど形を変えた部首立ての『新明解 漢和辞典』が誕生します」


実況「それが285個の部首の正体ですね」


解説「字の形から簡単に引ける画期的辞書『新明解 漢和辞典』は、調子よく第四版まで改訂を重ねるわけですが。あまりにも独自部首すぎた……! 90年代後半に入って紙の辞書自体の売上低迷も重なり、ダメだこりゃということに」


実況「一応お断りしておきますが、すべてたかぱしさんの妄想です」


解説「『新明解 漢和辞典』の発行は終了しますが、しかし“新明解”のブランドを絶やすのは忍びなかった。比較的売上好調な『新明解 国語辞典』に並ぶ漢和辞典が必須だった。そこで、例解ブランドとして編纂発行していた『例解 新漢和辞典』を掲載字数を増やすパワーアップ形で新たに作った漢和辞典を『新明解 現代漢和辞典』として“新明解”ブランドの跡を継がせた、とこのようなわけです」


実況「もう一度言いますが、すべてたかぱしさんの妄想です。しかし、その『新明解 漢和辞典』の独自部首というのは、そんなにダメだったんですか?」


解説「ダメじゃないですよ。漢字や部首の知識がなくても、ぱっと見の印象で漢字を引くことができる、本当に画期的な漢和辞典でした。とても面白い取り組みだったと思います」


実況「でもダメだった、と」


解説「まあ、他の漢和辞典の部首と全く違ったので。そうなると、学校の授業では使いづらいですよね」


実況「学生に売れないですね。大きな痛手です」


解説「ご家庭向けの辞書として使い勝手は悪くなかったですし、実際に『新明解国語辞典』と合わせて購入される方が多かったんだと思います。でもそれも、国語辞典は買っても、漢和辞典までは要らないと感じる人が徐々に増え、最後は辞書自体要らないという人が増えたわけですから、致し方ないことかと」


実況「うーん、寂しいですね」


解説「まだまだ古本屋では『新明解 漢和辞典』が出回っているので、見かけたら是非手に取って部首索引を眺めてみてください」


実況「目につきやすい、緑のパッケージです」


解説「『新明解 現代漢和辞典』も鮮やかな緑の箱なんで、区別が難しいんですけどね」


実況「三省堂の漢和辞典って全体的に緑ですよね」


解説「最後にこの『新明解 漢和辞典』の独自部首についてもう少し解説を加えておきますと」


実況「おっと。爽やかに締めくくれそうだったところへ蛇足の予感」


解説「とても面白いんですが。やっぱり多すぎてもなにがなんだか分からなくなるな、と。ちょっとやりすぎてるのかな、と」


実況「おーう」


解説「なまじっか部首の知識があると、従来の部首と違うところに漢字がいっちゃってるから逆に混乱するっていうか」


実況「おおーう」


解説「たとえば部首の【ひつじ】に「羊」が入ってない、【にく】に「肉」が入ってないって、もはや意味わかんないです。考えすぎちゃってるんじゃないですかね」


実況「というわけで、大変素晴らしい独自部首へのチャレンジャー、『新明解 漢和辞典』でした」


解説「三省堂には是非ともより進化した独自部首の漢和辞典の出版にチャレンジしていただきたいですね」


実況「これが三省堂の人の目に触れないことを切に願います」



【データ】三省堂漢和辞典の略史


1959年4月 明解 漢和辞典 新版を出版


1971年5月 漢和辞典を出版


1974年4月 新明解 漢和辞典を出版


1977年2月 漢和辞典 第二版を出版


1981年12月 新明解 漢和辞典 第二版と漢和辞典 第三版を出版


1986年12月 新明解 漢和辞典 第三版を出版


1990年3月 新明解 漢和辞典 第四版を出版


1990年11月 漢和辞典 第四版を出版


1997年3月 例解 小学漢字辞典 を出版


1998年4月 例解 新漢和辞典を出版


2000年1月 漢辞海を出版


2002年1月 例解 新漢和辞典 第二版と例解 小学漢字辞典 第二版を出版


2002年3月 こどもかんじじてん出版


2004年2月 五十音引き 漢和辞典を出版


2005年1月 例解 小学漢字辞典第三版を出版


2006年1月 漢辞海 第二版を出版


2009年2月 例解 新漢和辞典 第三版を出版


2011年2月 漢辞海 第三版と例解 小学漢字辞典 第四版を出版


2012年1月 例解 新漢和辞典 第四版と新明解 現代漢和辞典を出版


2013年5月 常用漢字辞典を出版


2014年12月 五十音引き 漢和辞典 第二版を出版


2015年1月 例解 小学漢字辞典 第五版を出版


2016年1月 例解 新漢和辞典 第四版増補新装版を出版


2017年1月 漢辞海 第四版を出版


2020年1月 例解 小学漢字辞典 第六版を出版


2021年2月 例解 新漢和辞典 第五版を出版



他にもおもしろ……素晴らしい辞書がいろいろあります。

ぜひご購……ご覧ください。

https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dicts_cat/01_jp

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る