第56話

 秋川が逮捕された翌月、次世代エネルギー創造公社の田伏理事長と北陸エネルギー開発公社の理事長が秋川と同じ横領の罪で逮捕された。同時に、ベテランの与党議員が数名とその政治資金管理団体の役員が政治資金規正法違反で捕まった。


 その後、警察庁が記者会見を開き、秋川を中心に行われていた横領と政治団体への違法献金の全貌を報告した。


『……今でも秋川元理事長は、――横領した金は日本の原子力事業の未来のために使った。放射性廃棄物を安全に管理していくためには、政治家の理解と関係機関の恒久的な経営の安定が必要だ――そう主張しており、反省の色は見られない。今後は、次世代エネルギー創造公社と北陸エネルギー開発公社の資金の移動を詳細に分析し、関係者の余罪を追及いたします……』


 テレビの中で警察庁長官が誇らしげに原稿を読みあげていた。


「まったく、日本の偉いさんたちは何を考えているのかしら?」


 記者会見を視ながら、有希菜が怒りを爆発させていた。そんな彼女に長崎から謝罪の手紙が届いたのは、ほんの二日前のことだった。朝比奈はその内容を知らないが、彼女がすっかり元気になっているので、それなりの謝罪があったのだろうと安堵していた。


「それで朝比奈さん、支局長を殺した犯人はわかったの?」


 突然、目を三角にした彼女の目に睨まれ、朝比奈は震えた。


「それなぁ……」


 さっさと犯人を逮捕してくれ!……長崎の顔が脳裏を過った。


『……尚、当該事件を追っていたワールド通信社の福島支局長の死亡事件につきまして、当初は事故と考えられておりましたが……』


 スピーカーから流れる声に、思わず立ち上がっていた。


『……東京都在住の無職、辰巳昭之助たつみしょうのすけ40歳が自作の電子銃を用い事故を誘発させた殺人事件として立件……』


「やった。支局長を殺した犯人が捕まったのね!」


 有希菜が歓喜の声をあげた。


「だな……」


『……昨日、逮捕に向かった捜査員と銃撃戦となり、被疑者は死亡。……逮捕に向かった警察官2名も負傷しましたが、命に別状はありません。尚、……』


 喜びもつかの間、全身から力が抜けて朝比奈は座り込んだ。


「なんてことだ……」トカゲの尻尾きりだ。そう直感した。


 ――プルルルル――


「もしもし……」


 電話は朝比奈が取った。相手は山城だった。記者会見がらみのことだと思うと気が重かった。


「警察長の記者会見なら……」


『……そっちじゃない』


 彼はそう否定した。


『……数時間前、岡田樹梨おかだじゅりが自殺した』


「岡田樹梨、……誰です?」


『秋川理事長の秘書ですよ。総理が推薦したという才媛だ。このタイミングで自殺なんて、おかしいと思わないか?』


 脳裏を板垣の声が過る。――秋川理事長は反社会的勢力とつながっていたようです。秋川の秘書が教えてくれました。――それで思いついた。


「反社とつながっていたのは、秋川理事長ではなく、その岡田樹梨ではありませんか?」


 そうだとしてその秘書は、どうして高木支局長を殺そうとしたのだろう?……ギリギリ、頭が痛むほど考えた。


 おそらく彼女に動機はない。それが答えだった。


『まさか、両親は大学教授、容姿端麗、成績優秀。本人は30歳前のサラブレッドだよ。反社、いや、今のところは無職の孤独な中年男だが、そんなやつとつながっているとは思えない。まして高木支局長を狙う理由がない』


 方向性は異なるが、山城の答えも同じだった。


「ええ、もちろん彼女が直接つながっているとは思いません。秋川のもとに高木支局長が来訪したことを、場合によっては盗聴でもしていて、情報を流しただけでしょう。本当につながっているのは……」


『まさか!』


 受話器の向こうで大声がした。それから彼は声を潜めた。


『……大池総理か?』


 大きな吐息が聞こえる。


『……しかし、今どき政治家がつるむか、反社と?』


 彼は自分が口にしていることが信じられないようだった。


「もちろん今は推測の段階です。第一、繫がっている先が反社とは限りません。半グレとかカルトの可能性もあります。……いずれにしても、海外から放射性廃棄物を受け入れる事業、……秋川が単独で企画したとは思えません。欧米と気脈を通じた大物政治家が背後にいるはずです」


『確かにそうだが……。しかし、すると岡田樹梨は……』


「情報の流出先を隠すために消された可能性があります」


 事件の背後にいるのが、単なる反社とは思えなかった。もしや、公安部そのものではないのか?……有希菜へのハニートラップ、支局への家宅捜索、支局長の逮捕、栃木県警から捜査権の奪取。公安部の影があまりにも濃い。


 そう考えると、死亡した辰巳昭之助さえ、公安部員だったのではないかと思えてくる。


『この先の調査は危険だぞ……』


 山城も同じようなことを考えているようだった。


『……とにかく、八木次長に相談しよう』


「それは待ってください」


『何故だ?』


「八木次長は公安とつながっているはずです。高木支局長が調べていました」


『まさか、そんなことが……』


 受話器の向こうで山城が絶句した。巨大な壁を前にたたずむような恐怖を覚えた。




 翌日のこと。


『事件は始まったばかりだ……』


 モニターで流れるのは支局長たちに送られた八木の動画メッセージだった。


『……核廃棄物管理事業団と関連機関からの献金を受けた政治家、私的遊興に使った機関幹部と官僚を洗い出せ。それが高木支局長の弔い合戦だ……』


 朝比奈はモニターに向かって「本当のところを話せよ」と突っ込み、同時にどこかで聞いたような話だと、斉藤の顔を思い出した。


 事件は多くの政治家と官僚を巻き込んだ汚職事件となり、クレドルゴールド・システムの安全性や核廃棄物の海外からの持ち込みに対する疑惑などは、それで生まれる利益の前に影を潜めていた。


 全国規模の広域事件と位置付けられた汚職事件は八木が全体の指揮を執ることになり、中心的な仕事をするのは首都圏を管轄する本社の記者たちで、朝比奈は地元出身の国会議員の名前でも出ない限りやるべき仕事がなかった。新潟支局は北陸エネルギー開発公社の調査に張り付いた。


 世間はもとよりワールド通信社内でさえ、高木の事件は被疑者死亡という形で幕引きが済んだ体裁が取られた。その背後にある組織の調査の必要性について、朝比奈と山城は八木には報告しなかった。代わりに新潟の斉藤支局長に報告し、秘密裏に調査を始めた。山城が別件を装って公安部内の情報を集め、朝比奈は辰巳昭之助の人間関係を探った。今のところ、彼と公安部、あるいは政治家や反社とのつながりは見つかっていない。辰巳はバイク好きのただの中年男だった。


 真相にたどり着くのはいつのことか、想像もできない。

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