第49話

 朝比奈に代わって情報端末の前に座った斉藤。彼女が開いたのはテキストファイルだった。覚書なのだろう。いくつかの短い文章があった。


 -----------------------------------


・北陸エネルギー開発公社から流れた資金の解明……金額と使途(特に秋川理事長の金)


・持ち込まれた核廃棄物の量


・各施設のセキュリティー状況


・八木次長の二番煎じ戦略……このままでは新潟支局からでも発信は無理か


-----------------------------------


 2人は、短いメモを長い時間にらんだ。


「どういうことでしょうか?」


 先に口を利いたのは朝比奈だった。


「君は、どう思うの?」


 朝比奈は、斉藤が自分の実力を測るために訊いていると思った。これからパートナーになる。相棒の力量を知るのは重要なことだ。


 彼女を失望させないよう、いや、パートナーを解消されないようによく考え、慎重に言葉を選ぶ。


「最初の問いですが、北陸エネルギー開発に流れている金は、海外から次世代エネルギー創造公社に振り込まれたものが移動されたものです。イコール、核廃棄物を受託した国々からの管理費用です。その一部を秋川理事長が着服というか、流用している。これだけ大きな金ですから、すべて私的流用しているとは考え難い」


「そうね」斉藤が相槌を打った。


「実務をしている職員がいるから、資金移動には名目が必要ですよね。組織のためだという。……政治献金のほうは高木支局長と秋川のやり取りの通りだと思いますが、この音声ファイル以外に証拠はない」


「うん。私もその見解に賛成」


「一旦、秋川理事長の個人口座に入った金の使い道を調べるのは難しいですね。銀行は個人口座を開示しない」


「確かにね。でも、現金でなく、口座内で移動させているのが欠点ね。そこに付け入る隙がある。……他の項目はどう?」


「持ち込まれた核廃棄物の量ですね。未来倉庫Fだけならば、資料があるのでわかります。問題は他の施設です」


「そもそも、未来倉庫Fの資料はどうやって手に入れたの?」


「内部告発です。一方的に持ち込まれたので、提供者はわかりません」


「なるほど、そちらから他の施設にアプローチするのは無理という事ね」


「ええ。しかし、それについては問題にならないと思います」


「あら、どうして?」


「一つでも持ち込まれていることは間違いないわけですから、それを我々が証明すれば、他の施設のものは開示請求できると思います。正確な回答があるかどうかは別として」


「確かにを見せられるだけかもしれないわね……」


 のり弁は書面の多くを黒塗りにされた公開資料のことだ。


「……この項目は、後回しにしましょう」


 斉藤が満足そうに微笑んだ。朝比奈はパートナーの試験に合格したようだった。


「施設のセキュリティー問題ですが、これも急ぐことは無いと思います。現在は公開されていないので、せいぜい民間の警備員が少数いるだけだと思います。知られないから安全安心というスタンスです。……高木支局長は、施設が一般に公開されるべきで、その時のセキュリティーを心配していました。その場合の設備や人員配置には検討の余地がありますが、今現在、我々が心配すべきことではないと思います」


 朝比奈の話に、斉藤がいちいちうなずいた。


「最後の二番煎じ戦略だけは、分かりません。何でしょうか?」


「これは私も見当がつかない。言葉通りに解釈すれば、今回のこの事件でスクープは狙わないということのようだけれど……」


「だから新潟支局から記事をあげても無駄だということですか?」


「うん。他社が動かなければ、八木次長は記事をあげない、と読めるわ」


 斉藤が遠い目をした。八木の思考でも読んでいるようだ。


「袋小路ということでしょうか?」


 一度は明るい光が見えた。その明かりを八木にピシャリとふさがれたような気がした。


「そんなことないわよ。二番煎じで良ければ二番になればいい。簡単なことよ」


 斉藤が答えた。


「そんなに上手くいきますか?」


「どこかに情報を流せばいいでしょ」


「エッ……」朝比奈は声を詰まらせた。他社に情報を流すと、この支局長はあっさり言うのだ。さすがに高木の下で育っただけに似ていると思った。


「でもね……」斉藤が言葉をつなぐ。「やっぱり、スクープのほうが、気持ちがいいでしょ」


「もちろんです」


「私ならできるわ」


 言い切る斉藤を、朝比奈は記者の目で見た。


「疑っているわね?……」笑みを浮かべた。「……高木支局長が情報発信元として私を選んだのには意味があるのよ」


 立ち上がる彼女を、朝比奈は見上げた。得体の知れないものを見るような目をしていた。


「忙しくなるわよ」


 彼女はそう言って、朝比奈の肩をトンとたたいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る