第50話

 朝比奈は、クレドルゴールド・システムにまつわる情報を集めるのと同時に、高木の事故の調査を始めた。


 警察の事故記録では強力な電磁波で4台の車の電子部品が壊れ、オートドライブシステムが機能を失ったのが事故原因だとあったが、肝心の強力な電磁波の発生源については記載がなかった。


 事故に巻き込まれた3人のトラック運転手たちは、口をそろえて真っ黒なライダースーツ姿のバイクが事故とかかわりがあるのではないか、と証言した。オートドライブシステムで走らないバイクは、彼らの記憶に強く焼き付いていた。


 事故記録には、バイクが走っていたことは記載されていたが、事故との関連性について疑うようなものではなかった。


「書いてあるだろう? そのバイクも急激に減速したそうだよ。他の車と同じように電磁波の影響でトラブルになったんじゃないのかな」


 担当の警察官は、バイクも被害者だと決めつけていた。さっさと帰ってくれというような顔をしている。


「でも、おかしくありませんか? あれだけの事故現場にいながら姿を消したのは。もし、電磁波でバイクが壊れたのなら、保険請求のためにもその場にとどまるでしょう? 姿を消したのは、やましいことがあるからではないですか?」


「バイクは、とんでもないスピードを出していたようだからね。それで、警察を避けたのだと思うよ。ヴィンテージクラスのバイクだったようだから、無保険の可能性もある」


「ヴィンテージクラス!……それが映ったNシステムの録画映像、見せてください。残っていますよね?」


「部外者にNシステムの映像なんて見せられないよ」


「ヴィンテージクラス、……その手のバイクは、電子部品が少なく電磁波の影響で減速することは無いのではないですか?……」


 朝比奈は警察官に食い下がった。


「……アナログなマシンなら、電磁波の影響なんて受けないのではないですか? 自動運転の車と一緒に減速するなんて、不自然だと思いませんか?……第一、高速道路周辺に、走行中の車の電子部品を破壊するような電磁波を出す施設があったのですか? この記録にはそれさえ載っていない。調査が不十分だったと、書かせてもらいますよ」


 脅かすと、警察官ののどがグッと鳴った。


「……それもそうだな。Nシステムは自分が確認しますよ……」


 警察官が苦しそうに応じ、それから反撃の構えを見せた。


「……だからといって、バイクのライダーが意図的にお宅の支局長のオートドライブシステムを破壊したなんてことはありえないよ。どんな機械で壊したというんだい? バイクに研究所で使うような機械でも積んでいたと?」


 今度は、朝比奈が返答に窮した。現時点では、警察官の方が常識的だ。しかしそれも、推測にすぎない。朝比奈の立場から見ると、姿をくらませたバイクは、被害者ではなく加害者だった。


「……そこまではわかりませんが。……理由はどうあれ、現場にいた人物を調べ上げて本人から事情を聴くのが警察の仕事でしょう」


「おっしゃることは、わかりました。参考にさせていただきます」


 警察官はそう応じると、席を立った。


「ちゃんと調べてくださいよ。でないと、書きますよ」


 朝比奈は彼の背中にプレッシャーをかけて警察署を出た。車に乗り込むと天に願う。……何とかなってくれ! 警察官が本来の責務を自覚したなら、バイクを特定するのは難しくないだろう。何といってもそれは、ヴィンテージクラスのバイクなのだ。ナンバープレートを偽装したところで発見できるはずだ。


 バイクのライダーが特定され、事故が意図的に引き起こされたとなれば、捜査は殺人事件に切り替えられる。実行犯捜しは警察に任せ、その背後にいる主犯を白日の下に引き出すのが自分の仕事だ。


 朝比奈は、これまで書き上げた記事に、高木の死を書き加えた。〝調査に当たった記者は交通事故に見せかけて殺害された〟




 一方、斉藤はいつの間にか秋川の口座データを入手し、入出金額を特定していた。


 北陸エネルギー開発公社から秋川に流れたのは20億円を超えていた。しかし彼は、振り込まれた金をすぐに現金化しており、それらの金が何に使われたのかはわからなかった。


 朝比奈は、斉藤がどうやって秋川の口座情報を手に入れたのか知りたかった。その手法がわかれば、今後、何かと役に立つに違いない。


『蛇の道は蛇、女の道は女よ』


 電話の向こうの彼女は、そう言って入手方法を明かさなかった。


 口座の動きを知ることができるのは銀行員か、通帳を見ることが可能な親族しかないだろう。女の道は女、と言うからには、秋川の妻か?


 朝比奈が斉藤の情報ルートに思いを巡らしている時、珍しい客が訪ねてきた。


「いらっしゃいませ」


 有希菜の声に気づいてモニターから顔を上げると、そこに板垣が立っていた。予想もしなかった客の来訪に驚いたが、すぐに冷静な記者の頭に戻った。


 板垣がワールド通信社の事務所を訪ねてくるには、よほどの理由があるはずだ。……「いらっしゃい」笑みをつくりながら、気持ちは戦いの準備を進めていた。

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