第6話

 朝比奈は愛車に乗り込んだ。バックミラーに、見送る田上の姿があった。


 巨大なスポーツ施設を運営するトップとしては低姿勢な人だ。一方では次世代エネルギー創造公社の秘密を暴露しながら声をたてて笑う豪快さ。……朝比奈は田上の不思議な人柄に興味を覚えた。しかし、それ以上に気になることがあった。


 総合サッカー教育センターの敷地を出ると、田上理事長から見えない場所に車を止めた。街路樹の向こう側には、まだ施設の建物が見えている。


「キナ臭いな」


 田上が施設内に戻った頃合いを見計らい、ゆっくりと車を走らせた。目指すは、次世代エネルギー創造公社が賃貸しているというもう一つの施設だ。


 低い塀に囲まれた広大な敷地には2棟の建物があった。大きな倉庫は運送会社が荷物を積み替えるような施設に見えた。


 別の平屋の建物はおそらく事務所棟なのだろう。それにしては大きな排気口があるのが気になった。同じ大きさの窓が三つ並んでいるが、型板ガラスで中は見えない。照明がついている気配もないので、無人なのだろう。


 朝比奈は車を降りてステンレス製の柵のところまで歩いた。門には【未来倉庫F】と刻まれた思いのほか小さな金属製の看板。


 気になるものをほって帰るほど朝比奈の好奇心は弱くなかった。誰か出てきたら、総合サッカー教育センターに関する取材だと言えばいい、と決めて試に門の取手を押してみた。門扉は取手自体が指紋認証キーになっているものでびくともしない。


 インターフォンのボタンを押してみる。「すみません」何度か呼んでみたが、何の反応もなかった。


 車に戻り、タブレットで未来倉庫Fをネット検索する。ヒットする情報はなかった。


 次世代エネルギー創造公社の情報はあった。国の〝核廃棄物管理事業団〟の関連組織に位置付けられている。公社設立に当たっては〝エネルギー公社法〟という法律が作られていた。趣旨は、自然エネルギー普及のための公的組織の設立と運営だった。


 朝比奈は、事務所に戻ってから法務局のオンラインサービスで未来倉庫Fの法人登記を調べた。しかし、そのような会社の登記はなかった。


「支局長、少しいいですか?」


 高木を打合せ室に呼び、総合サッカー教育センターに隣接する未来倉庫Fについて一通り報告をした。打合せ室を使ったのは、今の段階では、事務の有希菜には聞かせられないと感じたからだ。


「なるほど。それは怪しい匂いがプンプンするな」


 高木は、デジタルカメラに収められた未来倉庫Fの建物の写真を見るとパイプ椅子にふんぞり返った。それが脂肪で少し出てきた腹のためだということを、朝比奈はわかっていた。


「ひとつ次世代エネルギー創造公社を調べてみよう。核廃棄物管理事業団も併せて、関係機関や所属メンバーのリストを作ってくれ。俺も関係者に当たってみよう…‥」高木が立ち上がる。「……くれぐれも情報が洩れないように、慎重に調査しろ。田上氏の話を信用すれば、これは特定秘密の可能性がある。洩れたらスクープが消えるだけじゃない。パクられる恐れもある……」


 朝比奈の背筋を冷たいものが走った。記者になって初めての経験だった。


「……しかし、その田上という理事長、報道機関が動かないように、何でもない話を、特定秘密に指定されていると匂わせて牽制しているだけなのかもしれない。あまりにもヘラヘラと話しすぎる。とはいえ、権威を振り回すのは偉いさんがよく使う手だ。それで調査の手を緩めたら後悔することになるぞ。……まずは、外堀を埋めよう。次世代エネルギー創造公社と核廃棄物管理事業団の関係者には接触するな。取材の件は社内の人間にも極秘だ……」


 2人は、こちらの意図に気付かれてガードを固められたり、上層部から圧力をかけられたりするのを避ける対策を取った。一般的な企業同様、ワールド通信社の経営陣も、メディアとはいえ守りに入った人物が多く、政治家や官公庁からの圧力に弱い。だが証拠さえ握ってしまえば、人が変わったように攻撃的になるのが彼らだ。もっとも、その証拠を利用して裏取引を行うこともあるのだが、それは若い朝比奈の知らないことだった。


 高木の話を聞きながら、朝比奈は武者震いした。これから調べるものが本当に特定秘密なら、場合によっては法を犯すことになる。しかし、そんなことは燃料デブリの調査を思い立った時に考えるべきことだった、と思慮の浅い自分を笑った。


「何か質問は?」


 それは打合せの最後に、決まって高木支局長が口にする言葉だった。ここで質問せず、後で理解できなかったことを尋ねるとしかられるのだ。朝比奈は自分のメモを見て不明点がないことを確認してから、「ありません」と明瞭に応えた。


 2人は手分けをして、県庁、県警、市役所、電力会社、新聞社などの職員や退職者に、それとなく接触して情報を集めた。この時ほど、朝比奈の正義感が無邪気に沸き立ったことはなかった。

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