第7話

 取材の突破口は、往々にして退職者にある。組織から解放された人間は口が軽くなるからだ。特に組織で理不尽な処遇を受けていた人物からは有益な情報が得られやすい。


 記者になって20年、支局長の高木は様々な方面に大切にしてきた人脈があった。それを使い、行政改革の名の元に解体された経済産業省の外郭団体に勤めていた伊藤恭介いとうきょうすけに接触した。


 せっかく天下りしたものの、あっさりと仕事を失った伊藤は、胸の内に黒いものを秘めていた。高木が、彼の不運に同情を示してわずかな報酬を提示しただけで、使と話した。


「最終保管方法は、場所も含めてまだ決まっていないはずでは?」


 正確には、地層処分という世界標準的な保管方法は決まっていて、その施設を受け入れる自治体を探す状況が続いていた。地層の調査を受け入れると手を挙げる自治体はあるのだが、それが発表された途端、住人による反対運動が始まる。そうして多くの場合、現地調査どころか、文献上の調査が行われる前に全てがご破算になってしまう。あるいは、文献調査のみが行われて話が立ち消えになる。


「核廃棄物管理事業団の不動産を調べてみるといい」


 伊藤はそう示唆し、情報提供料を受け取って去った。


 地番から所有者を調べるのは法務局へ行けば誰でもできるが、特定の個人や法人が所有している不動産を調べるのは難しい。高木は懇意こんいにしている司法書士の津村つむらに核廃棄物管理事業団の不動産の調査を依頼した。念のために、次世代エネルギー創造公社のものも頼んだ。


 彼は若くバイタリティーがあり口が堅い。ある意味、高木にとって信頼できる、コントロールしやすい人物だった。


「資産調査は難しいですよ。手間と根気のいる作業になります」


 津村は、暗に報酬の増額を要求した。


「わかっているよ。とりあえず新相馬区内だけ調べてくれ。その他のエリアは次のステップだ。場合によっては君の言うとおりにするよ」


 高木は値交渉も巧みだった。


「高木さんには、かなわないな」


 津村は言葉と裏腹に可愛らしい笑顔を作った。


§


 朝比奈は、電力会社やその下請け業者、部品メーカーなどの社宅を回っていた。空いている部屋を見つけては、その近所隣の部屋を訪ねた。


「向かいの大倉おおくらさんの所に来たのですが、転勤されたのでしょうか?」


 名刺を出してにこやかに尋ねる。空き部屋の住人の名前は嘘っぱちだ。


「向かいにいたのは篠田しのださんだよ。でも、篠田さんなら退社しましたよ」


 不審を表情にしながらも隣人が、実際に住んでいた人物の名前を教えてくれるという作戦だ。


「ああ、そうでした。篠田さんだった。私の勘違いです。以前、原発事故の取材でお世話になったものですから、お礼に伺ったのです。篠田さんの連絡先を教えていただけませんか?」


 そう尋ねれば、お礼に来たという人間を邪険じゃけんに扱う人は少ない。7割がた連絡先を教えてくれる。残りの3割は、付き合いがなく連絡先を知らない場合だ。そうした探し方で50人以上の退職者を探しだし、1人ずつ話を聞いて回っていた。


 その日は電力会社の下請会社をリストラされ、常磐じょうばん陸送という運送会社に転職した高原竜馬たかはらりょうまに会うことができた。


「新聞社?」


 朝比奈の名刺を手にした高原が警戒の色を浮かべた。居酒屋でのことだ。


「何が聞きたいの?」


「まあ、一つ」


 朝比奈は、高原のグラスにビールを注ぐ。心を開くための重要なセレモニーだ。40歳後半かな、と高原の風体を観察した。


「電力時代は原発の解体に携わっていたと聞きました」


「そうだよ」


「それが何故、リストラに?」


「被ばく線量が基準値を超えたからね」


「一定以上の放射線を浴びたというわけですね。それでリストラとは、理不尽りふじんですね。配置換えという手段もあるでしょうに」


「仕方がないよ。技術があれば別の組織へ異動する可能性もあるけど、もともと現場作業員だからね」


「そうですか。でも、ちょうどよかった。原発の敷地内の環境がどんな感じなのか、聞きたかったのですよ」


「ああ、そんなこと……」


 高原はほっとした表情を作った。よく訊かれる質問なのだろう。彼の目が、空になったグラスに向いた。


「……焼酎のお湯割り、いいかな?」


 彼が少し遠慮がちに言った。


「もちろん。おねえさん、焼酎お湯割り一つ」


 朝比奈は高原に代わって注文する。もうこちらのペースだ。


 2人は原子力発電所に関する当たり障りのない雑談をかわした。そうして30分ほど過ぎたところで、朝比奈は本題に入った。


「使用済み燃料を入れるドライキャスクですが、見たことはありますか?」


 ドライキャスクは燃料プールで冷却した使用済み核燃料を不活性気体と共に封じ込める円柱型の容器だ。


「そりゃぁあるよ。あの頃はそれを運搬するのが仕事だったからね」


「まだ、あの倉庫にあるのでしょうか?」


「あの倉庫?」


「原発敷地内の地下の倉庫です」


「うーん、どうだろう?」


「もう運び出されていますかね?」


「そうだね。次から次とキャスクが増えたからなぁ。いつまでも置いてはおけないだろうなぁ」


 答える高原は上の空だった。ホッケの開きをつつくのに夢中になっている。


「ドライキャスクを常磐陸送で他に運んだことはありませんか?」


 朝比奈の質問はおとりだ。常磐陸送でそのようなものを運ぶ車両も人材もそろっていないことはわかっている。


「キャスクを?」


 朝比奈を見上げた高原の目に一瞬、暗いものがよぎった。


 話の運び方がまずかったかな。……朝比奈は不安を覚えた。


「ない、ない。運ぶとしたら日立中央陸送でしょ」


 彼は首を振り、再びホッケの開きにいどみかかった。


 朝比奈は核心に迫る。


「未来倉庫Fという会社を知っていますよね」


「未来倉庫F?」


 高原が箸を止めて背を伸ばした。少し考えるしぐさをし「知らないな」と答えた。


「新相馬区にある会社なんですが、聞いたこともありませんか?」


「新相馬ねぇ……」高原は肉じゃがをつつき始める。「……ああ、思い出した。名刺をもらったな。そっちで働かないかって、1年ぐらい前に声を掛けられたよ」


 ヨッシ!……胸の内でガッツポーズを作った。


「そこに行かなかったのは、条件が悪かったからですか?」


「楽な仕事だとは言われたけど、給料は同じぐらいだったからな。こっちに家族がいるのに、わざわざ新相馬に行く理由はないだろう?」


「なるほど、そうですよね。その名刺、まだ持っていますか?」


「さあ、どうだろう。事務所に行けばわかるよ。でも、どうして?」


「電話番号を知りたいのです。探してもらえませんか?」


 朝比奈は、ドキドキ鳴る心臓を押さえ、あえてさりげなく頼んだ。


「いいよ」


 拍子抜けするぐらい簡単に彼が応じた。


 その夜、朝比奈は駅前のビジネスホテルに宿泊し、翌日の昼休みに常磐陸送に高原を訪ねた。


「昨日はどうも、ゴチになったね。これだよ」


 そう言って、高原が一枚の名刺を出した。


「ありがとうございます。助かります」


 受取った名刺には【木下徹きのしたとおる 未来倉庫F所長】と記されていた。


「所長さんの名刺ですね」


 名刺に本社の住所がないことに失望し、同時に、その会社が世間一般の普通の会社ではないと確信した。


「ところで、この木下所長を高原さんに紹介したのはどなたですか?」


「ああ、田上さんだよ」


 彼の口から転がり出たのは予想もしなかった人物だった。


「えっ!……総合サッカー教育センターの方ですか?」


「そうそう。知っているの?」


「先日、取材でうかがいました」


「そうか。いい人でしょ?……昔からサッカー好きでね。会社を退職してあそこに勤めたんだよ」


「会社と言うと、電力ですか?」


「あの人が運送部門の管理主任だったんだよ。仕事をまじめにしていなかったから主任だった。いや、本人がそう言っていたんだ。……あれで東大卒らしい。それでヘッドなんとか、されたようだ」


「ヘッドハンティング、ですか?」


「そうそう、それ。今度はサッカー三昧ざんまいだって、喜んでいたよ」


 朝比奈は驚きを隠して礼を言い、事務所を後にした。

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