第24話

 福島駅に近い喫茶店内、朝比奈は板垣の話に耳を傾けていた。彼は得意げにクレドルゴールド・システムの詳細を語り、朝比奈の質問に応じた。そうして1時間も話してから、失敗したといった渋い表情を見せた。


「つい、いつものように話しすぎました。水がなくなった場合の保管期間90日というところはカットしておいてください。テロリストに知られると逆に利用される情報ですから」


 板垣が笑うので、朝比奈の頬も緩んだ。


「なるほど。確かにそうですね」


 納得し、タブレットにメモした90日という部分を削除した。そこを削除しても頭の中とボイスレコーダーにはその数字が残ってしまうのだが……。


「地下水脈での保管は面白いアイディアでした。しかし、そこに至る手続きはどうでしょうか?」


 気持ちを引き締め、追及するように尋ねた。


「逆に訊きたい。事前に計画を発表したら、どうなったと思います?」


 板垣の表情が変わっていた。目じりが上がり、瞳に怒りと疑いの混じったものが揺らいでいた。


「さあ、どうでしょう……」


 訊いているのは自分だ。……朝比奈はあえて自分の意見を伏せた。


「日本人は傲慢ごうまんと権利を取り違え、利己主義と民主主義を取り違えている。私は、民主主義は社会を運営する手段であると同時に目的でもあると考えています。そこが、民主主義を国家のと考えているそこいらの日本人全般と違っているつもりだ。自分の家の真下に処分場があるのはいやだ、と騒ぎ立てるデモ隊を私は理解できない。核廃棄物の処分地を決めるのに、多数決は似合わないのですよ。こそ、核廃棄物の最終保管には必要だし、そういった問題を、こそ民主主義だと思う」


 彼は〝意志〟という言葉に力をこめた。


「……私は間違っていますか?」


 板垣の問いに困惑した。曲がりなりにも記者生活を6年以上続けてきたが、民主主義を深く考えたことがない。それはとても恥ずかしいことだと思った。


 彼は、朝比奈の答えを待たずに話し出す。元々、朝比奈の答えなど期待していないのだ。


「今の日本の意思決定システムでは、使用済み核燃料の最終保管場など、国内に造ることはできない。……そう私は考えました。それは岩城理事長も同じです」


「その考えもわかりますが……」


 朝比奈が話そうとするのを、彼は遮った。


「決められずに、地上にずるずる置いていては、コストがかかるだけでなくリスクが増大するばかりです。いつ何時、東日本大震災やそれ以上の災害が日本で発生しないとも限らない。また、4月戦争のような悲劇があるかもしれない。これまでなかったから、これからもないと考えるほど、私の神経はタフではないのです。……もし、私のやったことが犯罪だというのなら、裁いてもらって結構。岩城理事長と私の生きているうちに、問題の方向性は決めておきたい。……当時はそう思いました。今でもその気持ちは変わりません」


 板垣が科学者らしくない感情的な態度で力説した。


 おそらく彼は、いつも同じことを言われているのだろう。そして何度も持論を強弁してきたのに違いない。……朝比奈の中で、彼に対する同情、いや畏敬のような感情が芽生えていた。


 板垣が不自然な笑みを浮かべた。興奮した自分を落ち着かせようとしているのだろう。


「……確かに私のやり方は強引だったかもしれない。しかし、そうでもしなければ、あと数百年、核燃料は原発の跡地に放置されるでしょう」


 ウエイトレスがコーヒーカップを2人の前に置いた。板垣が口をつぐんだ。


 そのわずかな沈黙に、朝比奈は救われたような気がした。コーヒーカップを手元に寄せて普段は入れない砂糖を入れた。


「板垣さんが仰った強引な行動は、官僚としての使命感からくるものだったのでしょうか? 科学者としての責任感なのでしょうか?」


 朝比奈は板垣の名刺に視線を落とした。何の変哲もない名刺だ。


「官僚にも科学者にもそんな使命感はないですよ。私の使命感は、いち日本人としての使命感です」


「なるほど……」


 その時、直感した。この人ならば新相馬港で撮影したものを見せても大丈夫だろう。……印刷しておいた写真を取り出して板垣の前に置いた。暗がりの中で貨物船からトレーラーへ積み替えられる球体が写っている。


「この件ですが、ご存知ですか?」


「何ですか、これは?」


 板垣は写真を手に取ると、よく見ようと顔に近づける。


「未来倉庫Fに運び込まれた荷物の一つです。アメリカから運ばれたものです」


 それを聞いた板垣の顔色が変わった。額に指を当て、何かをぶつぶつとつぶやき始めた。


「これの件で、うちの支局長が逮捕されたと私は考えています。この荷物は何でしょうか?……それと、我々が調査していることを、誰が公安に通報したのか、ご存じないですか?」


 尋ねると、板垣の顔がのそれに戻った。何らかの答えを見つけたのだろう。……彼の表情から察した。


「荷物も公安も私は知らないな。もしかしたら、こうしていること自体が公安に狙われる理由になるのではないですか?」


 いたずら小僧が大人を騙そうとする時のような表情、それは明らかに演技で、初めのころの真摯で率直な態度とは異なった。


「板垣さんから私への情報提供ならそうかもしれませんが、メディアの私からなのですから、問題にはならないでしょう……」そこで朝比奈は声量を落とした。「……私はこれが核弾頭から取り出されたプルトニウムだと考えています」


 言いながら写真を胸元にしまった。


「そうだとしたら、忌々いまいましき事態ですね。何か根拠が?」


 板垣が淡々と応じた。


「何も……」


 船がサンディエゴから出ていることは教えなかった。彼が政府側の顔に戻ったからだ。


「当てずっぽうとは、ひどい」


「ご存じないと解釈してよいのでしょうか? 心当たりがあるようにも見えますが……」


「今は知らないことに間違いありません」


 意味ありげに答えると腕時計に目をやり、板垣は立ち上がった。


「待ってください。あと一つだけ答えてほしい。未来倉庫Fの地下施設が稼働したのは、4年前ですね?」


 一瞬、板垣は躊躇し、曖昧に首を振った。ノーということだろう。しかし、見ようによってはイエスとも取れた。


「これで……」


 板垣が頭を僅かに下げ、出口へ向かう。


「何かわかりましたら、連絡を下さい」


 そんなことはありえないと思いつつ、彼の背中に声をかけた。

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