第4章 不祥事
第23話
高木の逮捕は、福島支局にとってショックな出来事だった。朝比奈は、出社はしても仕事が手につかず、有希菜はその翌日から、体調がすぐれないと言って会社を休んだ。
数日後、蕎麦屋で昼食を済ませた朝比奈は、見覚えのある男性が通りを渡るのに気づいた。記者として、事件関係者の顔と名前は憶えるように心がけている。道を渡ったのは、クレドルゴールド・システムの発表会見の動画で幾度となく見た科学者だった。
「間違いない。廃炉システム開発機構の板垣だ」
彼がどうして福島にいるのか、興味が湧いた。それは未来倉庫Fと必然的につながっていた。
朝比奈は彼に駆け寄った。
「板垣さん、クレドルゴールド・システムについて、少しお話を聞かせていただけませんか?」
声をかけると、板垣は一瞬、朝比奈の心を読むように視線を走らせた。
「かまいませんよ」
「では、あそこで」
周囲を見回し、目についた喫茶店を指定したのは板垣だった。
気をつけろ。……立場が逆転していることに朝比奈は警戒した。何かの
2人は喫茶店に入ると、人目に触れない席を選んでから名刺を交換した。
朝比奈は横書きと縦書きの二種類の名刺を持っていたが、縦書きのものを使った。深い関係を持ちたい人物に使うことにしている名刺だ。プライベート用の電話番号も印刷してある。
「時間もないでしょうから、率直に伺います。廃炉システム開発機構は、どんな仕事をしているのですか?」
「その名の通りですよ。廃炉作業のシステム化、標準化などに取り組んでいます。ご存じでしょう、スターフィッシュ計画?」
「ええ、ヒトデ型のロボットによるデブリの回収ですね」
「動きは蜘蛛でしたが……」彼が苦笑する。「……それを始めたのが廃炉システム開発機構です。そのデブリをどこに持っていくのかということで、ついでにクレドルゴールド・システムも考えたわけです」
「ついでとは、すごいですね。私など、思いも及ばない世界です」
朝比奈の歯の浮くような感嘆に、板垣が困ったような表情で頭を掻いた。
「ついでと言ってもそんなに簡単なものではありません。何よりも世間が放射性廃棄物を処分できると考えていませんでした。それが大きなネックでした」
「そうですよね。稼働している最終保管場はフィンランドのオンカロほか片手で足ります」
「ええ。オンカロがあるからこそ、日本では最終処分は難しいと考えていたのです。もっとも、東北や北海道の山の中に埋めれば大丈夫だという能天気な役人や政治家もいましたが、東日本大震災で東北地方の地殻が移動した距離を考えれば、ヨーロッパ並みに10万年の安定を保証できる岩盤などないに等しい。ましてやアメリカは100万年の管理期間を設定しています。それほどの期間になると、日本という国が残っているかどうかさえ見当がつかない……」
板垣の言葉に嘘はない。朝比奈はそう感じた。
「……なにしろ日本は、地殻変動によって沈没するとさえ考えられているわけですから。まあ、そこまでになれば、核はマントルに呑み込まれてしまうので、地上への影響は小さいでしょうが、それで良しとするのは無責任です」
そこで彼は口角を上げた。
「それでクレドルゴールド・システムですか……」
朝比奈は話しの続きを促した。
「ええ。苦肉の策というやつです。その言葉に、自分や仲間をも苦しめるという意味があるのをご存知でしょう?……私はね、廃棄物を地下に埋めて忘れてしまい、いつのまにか危険な状態を迎えるくらいなら、苦しくてもいつも目の前に置いた方が的確な対応を取ることができる。その方が日本人には向いている、と考えたのです」
「なるほど。深い意味や経緯があるのですね」
朝比奈が大袈裟に感心してみせると、板垣は首を左右に振った。
「クレドルゴールド・システムは、私が1人で考えたような話になっていますが、実は違うのですよ」
「それは聞いても良い話ですか?」
支局長が逮捕されたばかりだ。念を押さざるを得なかった。
「ええ。特定秘密ではありませんよ」
板垣は冗談めかして語ったが、朝比奈は笑うに笑えなかった。
「きついですね。うちの支局長がそれで逮捕されたばかりなのです」
「知っています。ニュースで見ましたから……」
朝比奈には、危険な状況にありながら取材に応じる板垣という人間が、何を考えているのか理解できなかった。よほどの大物なのか、頭のネジが外れているのか?……そんな想像をした。
彼が真顔をつくった。
「……あのアイディアは廃棄物管理事業団の岩城理事長のものなのですよ。岩城理事長が、廃炉システム開発機構に在籍していた時に考え付いたものです。それを私が形にしたにすぎません」
「廃棄物管理事業団の岩城理事長、……どんな方です?」
尋ねるのと同時に、自分の音声をさりげなくスマホに入れて検索した。
「岩城理事長は政治が嫌いと言うか、人間が嫌いと言うか。……まあ、世間でいうところの引きこもりのオタクのようなものです。仕事にはこだわりますが、そのことで人前に出るのは嫌いなのです。日本人は、見えないものは忘れてしまう、と言ったのも岩城理事長です」
「そんな人もいるのですね。職人気質とでもいうのでしょうか?」
「技術にこだわるところは職人ですね。記事にする機会でもあれば、書いてあげてください。でも、直接の取材は断られると思いますよ。人間嫌いですから」
板垣が声をあげて笑った。
「ところで、あの未来倉庫Fの施設には、何体のポッドが保管できるのでしょうか?」
朝比奈は、質問に驚いた板垣がボロを出すのではないかと考えてカマをかけた。
「ああ。あなたはあの場所を知っているのですね……」彼は親指を額に当てて考えるしぐさをした。「……あそこは6千体のポッドが入ります。それで福島と宮城の使用済み核燃料を保管する予定です」
彼は驚くことも躊躇することもなく質問に応じた。あまりにもストレートな答えだったので、朝比奈の方がたじろいだほどだ。
「な、なるほど。……それでは原子力発電所のある場所には必ずクレドルゴールド・システムの倉庫が作られているということですか?」
「まいったな……」板垣は頭を掻いて苦笑いを浮かべる。「……そういう訳ではありませんよ。ある程度の数をまとめたほうが管理コストは下がりますから」
「小さな原発施設や歴史が新しく使用済み核燃料が少ない地域には作られていないと考えても良いわけですね?」
「そうとも言えません。重要なのは地下水脈ですから。既存の原発の所在ではなく、立地が重要なのですよ。F1の膨大な汚染水から学んだことです。良くも悪くも、日本は実に、水の豊かな国なのです」
「なるほど。……しかし、地震や地殻変動などで水脈が変わった場合の対応はどうなのでしょう?」
朝比奈は、あえて意地の悪い質問をぶつけた。
「そのために、ポッドは常に目の届く範囲で管理し、運搬しやすいシステムにしています。そこが地層処分と異なるところです。ポッドは、水が急激になくなった場合でも、90日はそのまま保管可能ですし、水泳用のプールや海に入れて保管を継続することも可能なのですよ。日本の国土に問題が生じたら、
板垣の説明は、次世代エネルギー創造公社の保有地が外海に面しているという、高木の考察と合致していた。
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