第25話


 ワールド通信社の朝比奈と別れた板垣はタクシーに乗った。オートドライブシステムが走らせるそれに運転手はいない。


「新相馬区の総合サッカー教育センターへ」


 ナビに向かって、人間に対するのと同じように頼む。相手が機械だからといってぞんざいな態度を取るのは、自分の品位を下げることになる。……いや、本当のところは違う。タクシー内の様子は全て映像に残されている。無賃乗車や破壊、車内での不道徳行為を記録するためだ。その記録がハッキングされ、いつ流出するかわからない。丁寧に対するのはリスク管理だ。


 しかし、その日の板垣の心は、台風の中のように荒れていた。


「大至急、頼む」


 つい、言葉は乱暴になった。


 車が走り出してしばらくしてから、怒りで膝が震えているのに気づいた。


「あいつら……」奥歯をギリギリんで言葉をのみ込む。


 それから拳で自分の膝を何度もたたいた。


 1時間後、タクシーは総合サッカー教育センターに到着した。そのころには、板垣の怒りも幾分収まっていた。


 空は厚い雲に覆われていたが、板垣は頓着とんちゃくしない。


 そこの宿泊施設は、建設作業員が利用できるように全ての施設建設に先立って造られた。サッカーグランドはもちろん、未来倉庫Fよりも竣工時期は早い。今でも単身赴任たんしんふにんの職員がその施設を寮としている。板垣はそこに自分の部屋を持っていた。未来倉庫Fのクレドルゴールド・システムを完成させるために、そして今はその運営を軌道に乗せるために。目的は達成していて、まもなく、その部屋を引き払う予定だった。


 宿泊施設のドアをくぐった板垣は、自分の部屋に向かわずに管理人室に入った。


「こんにちは、良い天気ですね」


 空は厚い雲で覆われているのに、そんな挨拶をした。いつものことだ。


「やぁ、博士。久しぶりだね」


 高齢の管理人が愛想笑いを返した。


 板垣は管理人室の奥にある倉庫に入る。そこにキャビネットに偽装されたドアがあった。そのセキュリティーシステムに手のひらを当てるとロックが外れる。中には地下へ続く階段があった。


 階段を下りた先にある通路は、総合サッカー教育センターと未来倉庫Fを結ぶものだ。板垣に限らず、多くの関係者は未来倉庫Fへの出入りを秘匿ひとくするためにその通路を使った。地下通路は、クレドルゴールド・システムにトラブルが発生した場合、避難通路としても利用されることになっている。


 ――カツカツカツ……、コンクリート製の通路に鈍い足音が反響する。


 通路を5分ほど歩くと未来倉庫Fのオペレータールームに出る。


「どうも」


「あ、博士……」


 モニターに向かう職員への挨拶もそこそこに、エレベーターに向かった。


 いくつかのセキュリティーを解除して地下40メートルに降りる。目の前にLEDライトを反射する青い広大なプールが広がっていた。


 スチール製の通路を歩きプールの中を覗いて歩いた。どのプールでもポッドが水中で静かに眠っていた。非常時には浮き上がるようになっている。


 7ブロックほど歩くと通常のポッドに混じって朝比奈に見せられた写真と同じ丸い容器が沈んでいるのを見つけた。その他にものポッドがいくつかあった。


「これか……」


 ポッドは板垣が指揮して設計したものだった。メルトダウンした核燃料デブリが棒状であるはずはない。団子状や円錐状になっている確率が高いので、通常の燃料棒を収める形状のもの以外に、球形や楕円形のポッドも試作していた。どれも性能的には同一なので、設計通りに製作されているのであれば使用されても問題はなかった。


 しかし、クレドルゴールド・システムの開発責任者の自分が知らないところで、利用をされていることに不安と不快感を覚えた。それはハードの問題ではなく、管理というソフトの問題だ。


 板垣はしばらくポッドを見つめながら朝比奈の言葉を咀嚼そしゃくしていた。「核弾頭から取り出されたプルトニウム……」それは、板垣が想定していなかった物質だ。


 水中のポッドから伸びたワイヤに付いたプレートの【USBO-00056-PU-5570】と書かれた管理コードと、3Dバーコードを写真に収める。他にも楕円形のポッドと、USで始まる管理コードのポッドとプレートを撮った。


 USはUSAアメリカ合衆国のことだろう。BOは何だ? ボストン?……板垣は想像しながらエレベーターに戻った。クレドルゴールド・システムの開発当初から、外国から核廃棄物受け入れの構想はあった。しかしそれは今ではない!……エレベーターが上昇する鈍い音が、神経を苛立いらだたせた。


 地下1階のオペレータールームに上がり、モニターを監視している職員に声をかける。


「モニターされているポッドの数はいくつだ?」


 彼らはアメリカから持ち込まれたポッドの存在に気付いているのだろうか?……訊けば済むことだが、知らない場合のことを考えるとそうはいかなかった。


「5582体です」


 モニタリングのサブ責任者をしている永野晶子ながのあきこが、モニターのひとつに目を走らせて答えた。


「入庫データは?」


「えっと……」


 彼女はキーボードをたたいて管理ファイルを開く。アメリカから持ち込まれたものが、それに反映しているか不安だった。


「……5583体です」


 そう応じた彼女が顔をゆがめた。板垣にしても同じだった。アメリカのものが未登録ならデータは少ないはずだが、結果は逆だった。


 ばかな。何故、在庫と入庫数に差がある?……疑問があっても脳は働かない。頭の中が真っ白になる瞬間とはこういうものなのだろうと思った。記憶代わりにモニターの写真を次々と撮った。


 何をしなければならない? 考えろ!……白い霞が立ち込めた頭で自分を責めた。


 別な視点から数字を見れば、何かがわかるかもしれない。……気持ちを取り直し、表情をゆがめたままの永野に尋ねた。


「政府へ請求している躯体くたい数は?」


 ポッドの管理費用は日本政府から支払われていた。廃棄物管理事業団が管理下にあるポッド数に応じた費用を政府に請求し、収益を廃炉システム開発機構や次世代エネルギー創造公社、未来倉庫Fなどに分配するのだ。各組織は、管理費用の分配以外に国や地方自治体からの補助金なども得ている。多くの組織が存在するのは文科省や経産省といった官僚組織の利権が関わっているからだ。同時に、それらの組織が作業を分割して複雑な流れを作ることで、メディアや国民、会計検査院から実態を覆い隠す効果があった。


 永野が管理者の顔を取り戻して別のファイルを開いた。


「5583体分です」


 事務的な報告。その声にあきれ返った。新たな問題はアメリカからの持込みどころの問題ではなかった。


こいつらはバカか!……脳裏に所長の木下を含めた職員の顔の数々が浮かんでいた。


「保管されている5582体との差はなんだ?」


 たった1体の数字の差異に多大な疲労を覚えた。


「分かりません……」その声にやっと戸惑いの色が見えた。


「管理チップが故障しているポッドがあるかもしれない。手分けしてプール内のポッドの検査だ」


 板垣は命じた。その日の当直職員は5名、皆立ち上がった。


「チップ検査用の端末は2台しかありませんが……」


 永野がためらいがちに言った。


「それなら2人はチップの検査。他の者はポッドの数を数えろ。1人、そうだ君はここに残れ」


 板垣は、普段、はきはき物事を言う白石しらいしジムという若い職員を指名した。


「数えるのは5582体、全てですか?」


 職員の1人が板垣に尋ねた。小さな抵抗だ。


「あたりまえだ。一つのプールには50体入っている。全部埋まっているプールは一つずつ数える必要もないだろう。そのくらい頭を使え」


 ついつい言葉が乱暴になった。


 追い立てられるようにして、4人の職員は地下倉庫におりた。

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