第26話

 板垣は白石を連れて所長室に足を運んだ。そこで、モニターされているポッドの数と帳簿の入庫数が違うことを、所長の木下に告げた。


「どういうことだ?」


 木下の反応は、最初に事実を知った時の板垣と同じだった。


「昨年度、政府に要求した管理手数料は4303体分です。それから、1280体運び込んだことになっており、合計は5583体。今年度の請求件数です。しかし、今、計器上でモニターされているのは5582体です」


 白石がタブレットの帳簿を示しながら、木下が理解しやすいように内訳を報告した。


「では、ポッドが一つ消えたというのか?」


 木下が顔を赤くした。


「それは私の質問です。木下所長」


 板垣は努めて冷静に応じた。


 木下がどかりと椅子に腰を落とすのを見てから、板垣もゆっくりと腰掛けた。白石は板垣の後ろで看板のように立ったままだ。


「もう一つ問題があります。当初の計画よりも保管されているポッドの数が多いようです。現在ここに保管されているのが5583体。ここの収容能力は6千体です。もうすぐオーバーフローします」


 その指摘に対しては、木下は全く動じなかった。むしろ誇らしげに答えた。


「運び込みが順調な証拠だよ」


「F1には、ここに運ぶ予定の燃料棒が、まだ500体以上あるのですよ」


「来月には青森の倉庫が完成する。そこに回す予定だから、空きスペースがなくても問題はない……」木下が平然と言い放った。「……それは、秋川理事長、田伏理事長も了解済みのことです。安心してください」


「安心?……私は聞いてないですよ」


 次世代エネルギー創造公社を中心に動き出した放射性廃棄物の保管事業は、板垣の手を離れて独り歩きを始めたようだった。


「増えたポッドは、どこから運び込まれたものですか? おまけに……」板垣は身を乗り出すと低い声で詰問する。「……プールに沈んでいる球形のポッドはなんですか? 他にも、特殊形状のポッドが多数あるようですが……」


「そ、それは預かっているだけですよ」


 木下が動揺を見せた。額に汗が浮いた。


 預かっているだけだと! 厚顔無恥も甚だしい。……怒りというよりあきれ返り、木下と向き合うことさえ苦痛だった。


「アメリカから、ですね?」


 木下は無視を決め込み応じない。


「答えてください」


「一口には説明できない」


 木下の視線が、板垣の後ろに立つ白石に向いた。その視線を追って、板垣は白石にモニタールームに戻るように命じた。


 彼が退室してから、改めて問い質す。


「アメリカ以外にも複数の国の核廃棄物があるということですね?」


 木下が小さく頷き、額の汗を拭いた。


 板垣は、木下の頼りない姿を見ながら、クレドルゴールド・システムの発表会で秋川が発言したことを思い出していた。「……クレドルゴールド・システムは、資源のない我が国の新たな産業となるでしょう」と彼は胸を張っていた。あの時は、すでに海外の核廃棄物が持ち込まれていたのだ。


 自分は何のためにクレドルゴールド・システム作りに心血を注いだのか?……板垣の胸の中を空しい風が吹いた。


「これらのことは、秋川、田伏両理事長は了解済みなのですね?」


 それだけを訊くのに、気力が要った。


「勿論だ。全ては両理事長の指示だ」


 木下が胸を逸らした。


「政府も了解していることですか?」


「そこまでは、私は知らない」


 板垣は質問を元に戻す。


「入庫数と在庫数が違うのは何故ですか?」


「それは、わからない。マニュアル通りに管理している。そんなはずはないが……」


 木下の声が消え入るようになり、板垣はその言葉の嘘を知る。


「マニュアル通りに管理しているのなら、数が少ないのは盗まれているということです」


「……」


 上気していた木下の赤ら顔が一気に白くなった。


「いつから数に差異が出たのか、入庫伝票と在庫を調べろ!」


 板垣はタブレットのエリア通信ボタンを押してオペレータールームの白石に命じた。それから、怒りに任せて声を荒げたことを後悔した。


「それは監視装置の記録でわかるのでは?」


 木下の発言は、自ら無知を告白するようなものだった。


「いったん、システムの管理下に入ればポッドが移動しただけで警報が鳴ります。しかし、ポッドを沈める前に盗まれたら、モニターでは分からない」


 説明しながら、次世代エネルギー創造公社の人事システムは間違っていると考えた。木下は仕事というものを全く知らないし、知ろうともしていない。派閥、人間関係、仲間、コミュニケーション……、そんなものばかりに注意を払って生きているのがわかる。


 結局、出る杭を打ち、れあえる仲間を集めて安全安心な組織生活を謳歌おうかするのが今の官僚組織なのかもしれない。特に外郭団体の職員たちは、一度中央からはじき出された経験がある。それが主流・本流にすがりつこうという意識を強化してしまっているのかもしれない。官僚経験者として、板垣は情けなく思った。


 地下プールに調査に降りていた職員から連絡が入った。ポッドの実数は5582体という報告で、チップが故障しているわけではなかった。実際に検査機器で調査が済んだチップは3割ほどだったが、それらは正常に作動していた。


「良かったな」


 報告を聞いた木下が安堵のため息を漏らした。


 板垣には、彼が安堵した理由がわからない。チップが故障していないからといって、帳簿との差異がなくなったわけではないのだ。


 立ち上がると木下を見下ろした。


「木下所長は、ポッドの出入記録と在庫の突合とつごうをお願いします。差が発生した時期がわかったら、その日周辺の監視カメラの映像から不審なトラックの出入りが無いか、確認してください。荷物を降ろさずに出て行ったトラックがあるかもしれない」


 板垣は子供を叱るように、丁寧にきつく言った。このくらい言わなければ彼は理解できないだろうと思ってのことだ。


「板垣さんはどうするのですか?」


 木下が卑屈な瞳で見上げた。


「私は核廃棄物管理事業団に行って対応を検討します」


「岩城理事長にも話すのですか?」


「話さないわけにはいかないでしょう」


「待ってくれ。よく調査してから……」


 板垣は、口をパクパクさせる木下に背を向けた。


§


 木下は、板垣が事務所を出たのを見届けてから、田伏に電話をいれた。


「まずいことになりました」


「何を慌てている」


「ここのポッドの数が帳簿と合わないのです」


「良く調べろ」


「勿論これからよく調べますが、それを板垣に知られまして……」


 電話の向こうで、チッと舌打ちをする音がして、木下の背筋が震えた。


「今、事業団の所に向かっています」


「岩城さんのところか?」


「すみません」


「海外からの受託事業も知られたのか?」


「すみません」


 木下は腰を浮かすと電話に向かって神妙に頭を下げた。


「お前は謝ることしかできないのか!」


「すみません」


「……わかった。秋川理事長には、私から連絡を入れる」


「本当に、申し訳ありません」


 受話器を戻した木下は、腰を下ろしてきりきりと痛む腹を押さえた。

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