第45話

 次世代エネルギー創造公社を訪ねた高木は秋川と会った。当日のアポ取りなど異例なことだったが、秋川にすれば高木と会わざるを得ない事情があった。事前に諸外国から次世代エネルギー創造公社に保管料が払われている事実をメールで突き付けられていたからだ。


 秋川は、放射性廃棄物の管理事業のむずかしさを説いて、未来倉庫Fの件をほじくり返すな、と警告した。


「……核は聖域なのだよ」


 それは脅迫に近い。しかし、高木は動じなかった。秋山どころか、総理と対峙する覚悟と準備ができていた。


「だから、海外から廃棄物を持ち込み、管理料を受け取っていると?」


「バカな、そんな話がどこから出てくるのだ。証拠があるなら見せてくれ?」


 秋川は外国からの核廃棄物持込みを一蹴いっしゅうしたが、事前に保管料のデータを送り付けられ、高木と面会したこと自体が外国からの廃棄物持込みを認めたようなものだ。


「秋川理事長は、ご存じない?」


 知らなかったと言えば全ての責任は実行した部下のものになる。それがトップまで管理責任が問われる西欧諸国と日本の違いだ。記者になって以来、そんな状況に遭遇し、どれだけ驚き、情けない思いをしたことか。……高木の脳裏を、一瞬のうちに、過去の幾多の事件が過った。


 そんなことを爪の先ほども感じないのだろう。「もちろんだ」と、秋川が言いきった。


「北陸エネルギー開発公社から秋川さんの口座に振り込まれる金の出所も知らないと言うのですか?」


「北陸エネルギー……」


 想定していなかったのだろう。その組織名を突き付けられて彼の言葉が詰まった。


「海外から次世代エネルギー創造公社に振り込まれた資金の幾ばくかが北陸エネルギー開発公社に送金され、その一部が秋川さんの口座に振り込まれていますよね。……それがどんな金なのか説明いただきたい。他の資金についても、北陸エネルギー開発公社を利用してマネーロンダリングを行っているようにも見えるのですが……。それだけじゃない。実際、海外から預かったポッドの管理費用は、国内のポッドに含めて日本政府へ請求している。二重取りだ」


 秋川の顔面は蒼白になり、唇はわなわなと振るえていた。そこからこぼれる言い訳はない。


「この話を大池総理がきいたら、怒るでしょうね。別な意味で」


 意図せず、口角が上がった。


「そ、総理が……。そこまで知っていながら、何故、クレドルゴールド・システムを調査する。ことは最高国家機密だ。ただでは済まないぞ」


 秋川がやっとといった様子で言葉を吐いた。


「木下、田伏、板垣、岩城、山本、荒太、大池……。まさにクレドルゴールドでぬくぬくしている仲間たちだ。次にどんな顔が並んでいるのか、見てみたいじゃないですか」


 高木が名前を並べると、秋川はただ「出ていけ」とだけ言った。それを無視して質問を重ねると、彼は警備員を呼んだ。そこまでされて粘れば、不法侵入と言われかねない。


 次世代エネルギー創造公社を後にした高木はとても疲れていた。クレドルゴールド・システムの真相に近づいた喜びより、政府と行政機関がつるんだ深刻な犯罪に胸がむかついた。


 これが日本だ。……わかっていたつもりだったが、改めて泥沼で溺れているような絶望を覚えた。


 それから鈍い肉体を引きずって東京中を歩いた。某大学、高校、中学、そしてそこの卒業生……。編集局の八木次長の友人を訪ね歩いた。


 ワールド通信社本社に向かったのは、すっかり暗くなってからだった。その日、編集部は深夜まで動いているはずだった。特集記事の締切日なのだ。とはいえ、多くの記者はオンラインだ。事務所にいるのは八木ほか、わずかな技術職と、締め切り間際まで記事に手を入れる東京支局の記者だけだ。


「八木次長、お久しぶりです。迷惑をおかけしました」


 編集局の八木の前に立ち、低姿勢で臨んだ。


「……た、高木、無事で何よりだった。今日はどうしたね?」


 八木がデスクに掛けたまま焦点の合わない目で見上げた。おとしいれた部下が無事に目の前に立っていることにプレッシャーを感じているのだろう。その声はひどく強張っていた。


「会社に迷惑を掛けたと思いまして……」


 土産の菓子を出して、彼の様子を窺った。クレドルゴールド・システムの調査を続けていることはもとより、秋川に会ったことも話すつもりはなかった。彼が横やりを入れる可能性が高いからだ。


山城やましろ!」


 八木は高木を無視して、いや、避けるようにして東京支局の記者を呼びつけた。やって来た山城は、「どうも」と高木に挨拶した。


 八木が机に原稿を叩きつける。


「まだ甘いぞ。だが時間がない。今回はこれで行け」


「了解しました」


 山城は赤ペンの入った原稿を手に取ると、高木に同情の苦笑を残して編集局専用の情報端末に向かった。


「朝比奈から原稿が上がっていると思いますが、出せませんか?」


 高木が手の空いた八木に問うと、彼は嫌なものを見るように高木を見上げた。


「あれか。スクープになるかどうか。……あれでは証拠が不十分だろう」


 予想通りの反応だった。


「政府機関の誤魔化しを暴くのに、証拠があの程度なのは普段と変わらないはずです。もし、他社にもっていかれたらどうしますか?」


 八木が方々の支局を動かして次世代エネルギー創造公社の調査を始めたからには、他社にその動きを知られるのも時間の問題だった。すでに知られているだろう、と高木は考えていた。


「ものは核だぞ。簡単に触れられるものではないだろう」


「だからこそ、重要な報道なのですよ。まさか、……大池総理の立場を忖度しているのですか?」


「お前に説教される覚えはない。行け」


 八木は追い立てるように言い放った。


「八木さん、幼馴染が公安にいるようですね?」


 彼の耳元でささやいた。本社に来る前の数時間の聞き込みで、それを確認していた。


「なんだと……」


 彼の目が泳ぐのを高木は見逃さなかった。


「いえ、そんな話を小耳にはさんだものですから」


 自分から視線を逸らす八木を睥睨へいげいし、高木は彼を見限った。もはや一緒に仕事ができる関係には戻らないだろう。


 編集局を後にする。


 彼は敵だ。……八木が何故、高木の記事をつぶそうとするのか、本当の理由はわからない。これまで一度だって八木と意見が対立することはなかったし、八木を批判するような態度をとったこともない。


 わかっているのは、八木が元官僚の情報漏えい疑惑を警視庁公安部の幼馴染に流し、その影響で高木が逮捕されたことだ。普通なら、それは八木の負い目のはずだった。


 負い目のある人間がとる態度は二通りだ。負い目にふさわしいつぐないをするか、自分を正当化して負い目などなかったことにするか、だ。プライドの高い八木は後者だった。そのために高木を、あるいは福島支局を悪者に仕立てるだろう。


 さて、どうしたものか?


 地下駐車場に降りると車に乗った。


「俺の家にやってくれ」


 喘ぐようにオートドライブのナビに命じた。

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