第46話

 オレンジ色の外灯が東北自動車道を北へ向かう車のフロントガラスを流れていた。高木の車の前後には長距離の大型トラックが整然と並んでいる。全ての車がオートドライブ・システムによって法定速度で走っており、車列は、遠目には貨物列車のように見えた。


 まもなく日付が変わろうという時刻、首都を過ぎたところから車の数は極端に減っていた。高木は夕食を済ませていないことを思い出した。食欲はない。サービスエリアに立ち寄ったところで、口に入れられるのは自動販売機がつくる焼きそばかハンバーガーぐらいだろう。


「まあ、いいか……」


 食事は放棄し、タブレットに向かって原稿を書いた。


 長い出張、そして秋川や八木の秘密を探るやり取りがあって、疲労はピークに近かった。30分も原稿を書くと睡魔に襲われる。寝落ちすれば、ナビは車をサービスエリアに入れるだろう。それよりも、家までは3時間ほど、我慢して走りきり、風呂に入って疲れを取りたい。神経を使う原稿を放棄して、ぼんやりと時を消費することにした。


 フロントガラスに反射して流れるオレンジ色の外灯を眺めていると、一つの考えに思い至った。八木は、わざと2番目を狙っているのではないか?


 核に関わる問題を暴露して政府とぶつかるのは他社に任せ、二番煎じで詳細な報道を出す。そうすれば、特定秘密保護法やテロ等準備罪といった法律から身を守りやすいからだ。公安部の友人と協力関係を維持するのにも、その方が楽に違いない。


 しかし、どこかの社が第一報を報じる前に、クレドルゴールド・システムの時のように政府側が先に情報を発信してしまえば、手元のニュースは日の目を見ることができなくなるかもしれない。それだけではない。ニュースは政府の都合のいいように脚色されて不都合な真実は隠蔽されてしまうだろう。


 3人知れば秘密ではない。核廃棄物を万年単位で保管するクレドルゴールド・システムの所在地は、文字にならないだけで、何れ多くの人たちの中に広まっていく。一時的に報道を封じたところで、秘密保持にどれだけの効果があるというのか……。メリットがあるのは、報道陣の質問攻めから解放される政府や関係機関だけで、国民は広く浅く長期間のリスクを負うことになる。


 あれこれと考えるにつけ、高木は暗澹たる気持ちにのみこまれた。


 そんな彼を救うのは、フロントガラスを流れるオレンジ色ににじむ明かりだった。高木にはそれが妻や子供たちの顔に見えた。


「暖かい色なのだな」


 その色の持つ不思議な魅力に意識を奪われた。


 オレンジ色の明かりを弾き飛ばすように、白色の強い明りがバックミラーに映っている。後続のトラックのヘッドライトだ。それは人を射るような緊張感のある光だったが、オートドライブ・システムで走っている限り警戒する必要はなかった。そこには機械システムに依存した安全と安心があった。


「ン?」


 高木は白色の明かりの中の一つが、ゆっくりと左右に揺れているのに気づいた。


「バイクか?」


 高木は、バイクには乗らない。乗りたいという欲求もなかったし、誰かの後部にしがみ付き、風を感じたいと思うこともなかった。しかし、オートドライブ・システムで整然と走る車を横目に身体を揺らしながら走るバイクを見ると、その自由さと、それに乗りたい者の気持ちが理解できるような気がした。


 バイクは徐々に高木の車に迫ってくる。その様子に慣れないプレッシャーを感じる。


「怖くないのか?」


 時速120キロのスピードで走る車列を軽々と追い抜いているのだ。転倒したら命は無いだろう。その走り方がジャーナリストの生き方に重なった。既存のシステムに囚われない生き方だ。


 八木は、自分がオートドライブ・システムで見ず知らずの誰かと繋がって走る安全を、つまりは不自由さを選択したのだ。そう思い至り、ばくとした後ろめたさを感じた。


 リスクを取らない生き方。それも一つの生き方ではないか?……無意識の内に自己弁護していた。それに気づくと不愉快になった。


 あっという間にバイクは後ろのトラックに並走し、瞬く間に高木の車に並んだ。


 バイクのライダーは黒い革製のライダースーツを身に着けていた。フルフェイスのヘルメットも黒で、不気味な印象を与える。


 高木がガラス越しにライダーを観察していると、わずかにヘルメットが高木の方に向いた気がした。「オートドライブで走るお前は、ジャーナリストではない」と言われたような気がした。


「ほっておいてくれ」


 高木は応じた。


 バイクはスピードを緩めず、前を走る大型トラックの横に並んだ。


 高木はバイクのテールランプを見てホッとする。それほどライダーは威圧感、いや殺気のようなものを身にまとっていた。生身の身体をむき出しで走る覚悟のようなものだろう。


 高木の緊張が緩んだその時、追いぬいて行ったばかりのバイクが突然、減速した。


 再びバイクと並んだ時、ライダーが自分を見たような気がした。そして黒いシールドの向こう側で笑ったように感じた。それは、一瞬の出来事だ。


 バイクは抜いた時以上の勢いで高木の車の隣を後方に流れた。


 バックミラーの中にバイクの行方を追う。そのヘッドライトは、トラックの車列の後ろに小さくなり、そして消えた。


 ふざけているのか? 故障か?……職業病だろう。彼の行動を推理した時、車内が暗くなり高木の車が減速した。


「どうした?」


 オートドライブ・システムのナビは返事をしなかった。フロントパネルのデジタルの計器は全て光を失っていた。


「アッ!」


 フロントガラスに真っ赤な光が広がった。前を走っている大型トラックのブレーキランプだった。

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