第34話

 朝比奈は専用の情報端末を開いた。これまでに集めた情報に目を通し、原稿に手を入れる。八木には釘を刺されたが、逮捕された支局長のためにも原稿を仕上げて事件の真相を世間に公表したいと思った。


 廃炉システム開発機構がクレドルゴールド・システムを商業ベースで利用すると発表したのは、事実が明るみになりそうになったための隠蔽いんぺい策に違いない。おそらく自分が、板垣に丸いポッドの写真を見せたためだ。


 政府が関わっているのかどうかわからない。しかし、核廃棄物管理事業団、廃炉システム開発機構、次世代エネルギー創造公社……、複数の官僚機構が巧みに国民をあざむいているのは事実だ。クレドルゴールド・システムに問題がなければ、あるいはそれが身近になければ、不安を感じない国民はクレドルゴールド・システムの商業ベースでの利用を受け入れるだろう。


「……私たちの税金を無駄に使わずに済むということね。それはめでたいわ」そう言ってキッチンに立ったアオイの姿を思い出し、少し腹が立った。


 知らぬが仏。それは幸せなことだろうか?


 いや、それは、国民が事実を知り、判断する機会を失うということだ。問題がないということではない。ペットが飼い主に希望やクレームを言わない、……言えないのと同じだ。


「問題は……」未来倉庫Fの稼働時期の記事はペンディングだと、八木が結論を出していたことだった。角度を変えて書かないと、彼に逆らったことになってしまう。


 朝比奈は資料とメモを並べて悶々とした。時に福島第1原子力発電所の監視カメラ映像に目をやり、自分にかつを入れた。


「全然、片付かないんですね」


 朝比奈の後ろからモニターを覗いた有希菜が言った。彼女は、それに映るF1を見ていた。


「何が、片付かないって?」


「汚染水タンクや倉庫ですよ。あんなにたくさん残っている」


 その言葉にひらめくものがあった。


「そうだった。ありがとう、佐伯さん」


「エッ?」


 キョトンとする有希菜を無視して、廃炉システム開発機構に電話をかけた。そうしてF1に残っている使用済み核燃料の数を問い合わせた。


『511体になります』


 廃炉システム開発機構の対応は丁寧だった。


 最終保管施設がなければ、貯蔵されている使用済み核燃料が減ることはない。当然、そこからドライキャスクを運び出すトレーラが監視カメラに映ることはない。しかし、クレドルゴールド・システムが公開された今となれば、F1からドライキャスクを正々堂々と運び出すことができるはずだ。そうして敷地は片付いていく、……はずなのだ。


 ところがF1の監視カメラ映像をみると、倉庫周辺に重機は少なく、そこからドライキャスク容器が運び出されているようには見えない。


「全て運び出されたあとなんだ」


 思わず声になった。


「何が?」


 有希菜が訊くので、慌てて唇を結んだ。彼女に教えて巻き込むわけにはいかない。


「ゴメン。少し考えさせてくれ」


 彼女を追いやり、密告者に託された写真を開いた。


 帳簿の画像から読める数字は5583。未来倉庫Fに運び込まれたドライキャスクの総数だろう。


 板垣によれば未来倉庫Fの格納容量は6千体。余力は417体ほど。原子力発電所跡地に残っている511体を運び込むことはできない。……それでピンときた。


 間違いない。F1に残っている511体という数は嘘だ。未来倉庫Fは以前から稼働していて、すでにF1から使用済み核燃料は移動されたのだ。


 朝比奈は自分の推理に自信を深めたが、それは一瞬のことだった。茫漠ぼうばくとした違和感を覚えた。


 F1には度々国際原子力機関IAEAの査察が入っている。ドライキャスクの数を誤魔化すことなどできるのだろうか?


「すると、あれか」


 頭に浮かんだのは新相馬港で見た球体だった。


 朝比奈は、球体のポッドをモニターに映した。それは密告者から得た写真で、【USBO-00056-PU-5570】という管理コードらしいものも写りこんでいる。


 USはUSAのことだろう。BOはBomb爆弾のことか?……朝比奈の直感が言った。そして気づいた。……これのために、彼らの計画に狂いが生じているのではないか?


 これを世に出したらどうなるだろう? 今なら大騒ぎになるが、海外の使用済み核燃料の受託管理が正式に始まれば、それもなくなるに違いない。


 その時、不安が過った。……自分はどうだ? 支局長のように逮捕されるのか?


 朝比奈は天を仰いだ。


 ワールド通信社の利益、ジャーナリストの使命、国民の利益、民主主義、国益、特定秘密……、思い浮かぶものの中に【八木に気をつけろ!】という高木のメッセージがあった。


 朝比奈は編集部の八木に電話を掛けた。自分の目と耳で、雲の上の上司を見極めたかった。


「クレドルゴールド・システムに海外の核が持ち込まれている証拠写真があるのですが、記事にしますか?」


『核兵器か?』


 八木は朝比奈の報告を疑っているようだ。


「兵器そのものではなく、解体された核弾頭に使用されていたプルトニウムだと思います」


『思いますとはなんだ。それでも記者か!』


 八木が受話器の先で、威嚇するような大声を上げた。


 朝比奈の心臓がキュンと縮んだ。自分のペースを守れ、と自分を叱咤した。


『どういうことだ。はっきり言え』


「……確実なのは、通常と形状の異なるポッドがアメリカから持ち込まれていることです。写真は、それが船から降ろされるところと、クレドルゴールド・システムのプール内に沈んでいるものがあります」


 朝比奈は八木次長の無音の圧力と必死に戦っていた。


『プール?……施設の中に入ったのか?』


「いえ、匿名の者からの情報提供です」


『おまえも公務員と接触したのか?』


「いいえ。一方的に送り付けられたものです」


 密告者が公務員かどうか、わからない。しかし、準公務員である板垣と接触した結果、データが手に入ったのは間違いない。


「……ともかく事実を報じる。それが自分たちの使命です。福島支局の記事を載せてください」


 懇願したが、八木の態度は煮え切らないものだった。朝比奈は、彼がスクープを出したくないようにさえ感じた。


『いずれにしても、検討する。手元にあるデータを送ってくれ』


 それで電話は終わった。


 朝比奈は、写真データを送る前に全てのファイルのプロパティを確認した。万が一にも、情報提供者の身元を特定するものがあってはならないと思った。そうして初めて、入手した写真が廃炉システム開発機構の端末で撮られたものだと知った。


「板垣さんだ」


 朝比奈は確信する。しかし、その確信はすぐに消えた。……クレドルゴールド・システムが批判にさらされる原因になる写真を、彼が外に出す理由がない。たとえあったとして、板垣ならばプロパティに作成者や端末名が残る可能性を知らないはずがないだろう。提供する前に、手を加えるはずだ。……第一、展望台で隣に立ったのは、明らかに別人だった。声の印象は板垣より遥かに年配だった。


「それに……」喫茶店で話した板垣の堂々とした態度を思い出す。……彼が情報を出すなら、変装したり、他人に受け渡しを依頼したりすることはないだろう。


 廃炉システム開発機構内に、クレドルゴールド・システムを快く思っていない人物がいるのだろうか?……朝比奈は写真のプロパティのデータを削除しながら、情報提供者の姿を必死に思い出そうとしていた。

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