第14話

 八木の電話を切った高木は、改めてメディア向けに配布されたクレドルゴールド・システムの資料に目を通した。


 管理施設の水槽も使用済み核燃料を収めるポッドの断面図も、記者会見で技術者が説明に使用したものと同じに違いなかった。違うところがあるとすれば、ポッドを構成する素材の名称が少々細かく記載されている程度だろう。


 使用済み核燃料の長期保管に道が開けたことは朗報に違いなかったが、それがスクープを妨害する形で、突然発表されたのは面白くなかった。


 核燃料でもガソリンでも、取り扱い方法さえ誤らなければ問題にならない。どちらも危険性は同じに見える。しかし、それが秘める危険性は全く異なる。事故を起こした場合、ガソリンに比して核の影響は空間的にも時間的にも甚大ということだ。ガソリンの火は消せる。漏れたガソリンを中和することもできる。しかし、暴走した核反応を止める有効な手段も、拡散した放射性物質を無力化する方法も、今の人類は持たない。


「支局長……」


 いつの間にか、タブレットを手にした朝比奈がそこにいた。


「……このクレドルゴールド・システムが未来倉庫Fにあるのではないですか?」


 彼の顔を見上げた。瞳が光っていた。


「……かもしれないが、あそこは写真にあるほど大きな施設ではないだろう?」


「そうなのですが……」


 疑問を投げた当の高木に閃くものがあった。


「もっとも、サッカーグラウンドの地下もすべてプールなら……。今、データを送る」


 津村から得たデータを朝比奈の端末に送る作業をしながら席を立った。


「佐伯さん、打ち合わせ室にいる。電話は折り返しで」


 そう告げ、朝比奈を連れて打ち合わせ室に入った。


「北海道岩内郡、青森県むつ市、福島県新相馬区、静岡、新潟、富山、高知……、これは?」


「次世代エネルギー創造公社が保有する土地だ。何か気づかないか?」


「えっと……、アッ、原発のある土地の近くですね。いや、違うか。高知や長崎にはなかったですね。逆に、原発のある宮城県や茨城県にない……」


「朝比奈の言う通りだ。しかし、伊方いかた原発の代わりに高知、玄海げんかい原発の代わりに長崎、女川おながわと東海第2のものは福島に、と考えたらどうだ?……共通点は、全ての土地は外海に面した場所にあるということだ。おそらくクレドルゴールド・システム設置の条件を満たしている」


「そうか、そういうことか! すごいです、支局長」


「朝比奈に褒められてもなぁ」


 苦笑が漏れた。


「どうやって調べたのですか?」


「前にも話しただろう。忘れたのか?」


 人の話をぼんやり聞いているから記憶に残らないのだ。……腹が立っていた。が、今はそれを言うべき時ではないと思った。


「すみません。教えてください」


「俺が調べたわけじゃない。知り合いに頼んだのだ。そいつは各県に出ている開発許可申請からそれを捜し出した。データには開発許可申請書の写しもある」


「開発許可。……ああ、そうでした。それって?」


 朝比奈が首を傾げた。


「俺も詳しくはないが、一定規模以上の土地の区画形質を変更しようとした際には都道府県の許可がいる。その申請状況は閲覧できるらしい」


「なるほど。でも、小規模だと届けはいらないから、わからないわけですね?」


「そういうことだ。しかし、あれだけの施設をつくるなら、小さな土地であるはずがない。信用できるデータだと思うぞ」


 高木は、タブレットにある次世代エネルギー創造公社が保有する土地の一覧表に目をむけた。人間が作り出してしまった以上、核は人間が始末しなければならない。リスクにおびえて放置しておくことも、他人に押し付けるのも許されない。地下水を利用するのは良いとして、それが汚染されるリスクはどれほどなのだろう? 万が一汚染された時、それは止まらずに海へ流れ出す。だから外海に面した土地なのだろう。


 核のリスクを一番知っているのは、広島、長崎の原爆投下に始まり、福島の原子力発電所事故、4月戦争を経験した日本国のはずなのだ。それなのに、原発の安全は確保できるという前提の議論が繰り広げられてきた。クレドルゴールド・システムにもその思想が反映しているようだ。


「支局長、このシステムは安全なのでしょうか?」


「俺に分かるか……」


 高木は言葉を投げ捨てた。それを判断する能力も、検証するすべも高木にはなかった。もちろん、多くの国民にも。


「……100歩譲り、安全な管理方法が確立したとして、何故、秘密にする? 何故、アメリカからドライキャスクが持ち込まれる?」


「ですよね」


 朝比奈の返事は他人事に聞こえた。


「そこだけは譲るわけにはいかない」


 高木は断言した。


「新相馬区の土地は……」


 朝比奈が福島県に出されている開発許可申請データを開く。


「……確かにあの場所ですね。開発目的が総合サッカー教育センター建設になっています。申請が出たのは10年も前ですよ」


「ああ、サッカー競技場の建設に10年もかかるはずがないよな」


 脳裏を青色に輝くプールの光景が過った。


「で、朝比奈、どう思う?」


「何がですか?」


「今日の発表だよ。あの施設は、おそらく昨年、あるいはもっと前から稼働していた。それが今頃になって発表された。その真意だよ」


 朝比奈がハッという表情を作った。


「真意ですか?……もしかしたら、私たちが調べ始めたことに気付いた、ということでしょうか?」


「おそらくそうだ。俺たちがこの事実をすっぱ抜けば、政府は国民をあざむいて怪しげなことをしていたという印象が強くなるからな」


「だから、自ら発表した?」


「やましいことがなければ、慌てて発表することはないだろう」


「なるほど、そうですね」


「考えなければならないのは、俺たちの動きが、どうしてばれたのか、ということだ。俺たちはまだ、廃炉システム開発機構にも次世代エネルギー創造公社にも接触していない」


「向こうにも勘の鋭い人間がいるのでしょうか?……それとも、内部に……」


 朝比奈はドアに目をやった。その向こう側にいるのは、たった1人、有希菜だ。


 高木は彼の疑惑を打ち消すように首を振った。小さな事務所で仲間を疑うようなことがあってはならない。


「尾行や張り込みが見つかっていたのかもしれない。……それなら仕方がないが、俺たちが接触した人間の中に、向こうの組織と継続的に接触している人間がいると考えておいた方がいいだろう」


「そうですね。注意します」


「ああ。だから無茶はするな。これからは新相馬港から荷揚げされた荷物を中心に調査する。何か、質問は?」


 いつものように、高木の質問で打ち合わせは終わった。


「さて、仕切り直しだ。今日は早く帰れ」


 高木は2人の部下に声をかけた。時計はちょうど午後6時を指したところで、鞄を肩に下げた有希菜はドアの前にいた。相変わらずちゃっかりしている。


「さあさあ、はやく」


 待ちきれない有希菜が朝比奈を追いたてる。


「わかったよ」


 勤務時間のあってないような職業だが、たまに定時に帰るのも悪くない。


 帰宅して玄関ドアを開けると、妻の藍子あいこが驚く声がした。


「すごいですね」


「こんなこともあるさ」


 てっきり帰宅が早いので驚かれたと思ったが、妻はテレビの前にいてクレドルゴールド・システムのニュースに感嘆していたのだった。

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