第13話

 様々な組織が年度替わりでバタバタしている4月1日、廃炉システム開発機構が主要メディアに対してメールを送った。【使用済み核燃料及び高放射性廃棄物の保管管理方法の最終保管に関する記者会見のお知らせ】タイトルにはそうあった。


 記者会見の檀上、中央に座ったのは廃炉システム開発機構の2代目理事長、秋川登あきかわのぼるだった。


「……核廃棄物は安定した岩盤層でしか保管できないというのが常識でした。数万年もの間、安定した状態で管理し続けなければならないからです。しかし、火山国の日本に安定した岩盤は少なく、膨大な核のゴミを次世代に残してはならないといいながら、使用済み核燃料や4月戦争で発生した膨大な量の放射性廃棄物の処理は暗礁に乗り上げていました。……そこで我々は、水冷式の放射性物質保管容器を開発しました。それを天然のプールに沈めて管理します。その全体を〝クレドルゴールド・システム〟と呼びます……」


 大型スクリーンに保管施設のイメージ映像が映し出される。清水が流れる地下倉庫の映像は鍾乳洞の風景に似ていた。


「……これは核を永遠に封印する神殿です!」


 立ち上がった秋川の声に、記者たちは息をのんだ。水をたたえたあおいプールの映像は神秘的で、まさに地下神殿を連想させた。


 次に映し出されたのは水冷式の放射性物質保管容器だった。そこで秋川は席に戻り、板垣が立った。


「これがポッド、……水冷式の放射性物質保管容器です」


 彼は秋川と違って淡々と説明した。


 映像は3Dで、棒状のポッドが折れたかと思うと断面図に変わった。それは合金の容器とジェルなどの層が6層の構造になっており、断熱や放射線の遮断など、各層の役割が記載されていた。それらの中心部で存在感を示すのがガラス固体化された使用済み核燃料だ。


「……このクレドルゴールド・システムは、施設建設においては地層保管の1000分の1のコスト、維持管理においては動力や過剰な労働力を必要としないという画期的なものです。近々それは稼働し、聖域の除染作業並びに関西地区の復興も加速するでしょう。……もちろん、保管容器は自然劣化を考慮して100年ごとに交換することになります。伊勢神宮のように、遷宮が行われるわけです。今後、容器の素材の開発がすすめば、その間隔は広がるでしょう。その研究開発を今後も継続いたします。ポッドは浮力があり……」


 地殻変動や戦争といった事態には、それを連結して安全な場所へ移動できる。そのために水路は海につながっているが、そのハッチはテロリスト対策として偽装されていると説明し、板垣は席に戻った。秋川が立って出席者を見渡す。


「クレドルゴールド・システムは、資源のない我が国の新たな産業となるでしょう。……今日の発表は、エイプリルフールではありませんよ」


 秋川のジョークに、出席者から失笑にも似た笑いが漏れた。


「クレドルゴールド・システムを輸出するということですか?」


 1人の記者の質問に、秋川は曖昧あいまいにうなずく。


「そうした可能性もあるということです。なにはともあれ、国民の皆様には暖かく見守っていただきたい」


 そう言って、笑って見せた。 


「現場の公開はいつですか?」


 記者たちは現場の公開を要望した。


「私も自慢の施設をお見せしたい。が、テロ対策のためにその所在地を含め、施設の情報は特定秘密に指定されております。残念ながらお見せすることも、所在地を公表することもできません。……所在地を探るような調査活動が行われた場合、テロ等準備罪が適用される可能性もあります。……メディアの皆様には、当該施設の調査は厳に慎んでいただきたいというのが、私からのお願いです……」


 それは口調こそ慇懃いんぎんだが、恫喝どうかつにも似た物言いだった。


「……尚、設備の概要は皆さまの手元の書類と動画ファイルにある通りで、その内容に関しては報道していただいて結構です。設備の点検、検査システムなどは万全を期し、国民の皆様の安全と安心を守って参りますので、その旨を是非、いや、必ず掲載けいさいください」


 秋川は、いやらしいほど丁寧に深く頭を下げると、板垣を伴って会見会場を後にした。


§


 クレドルゴールド・システムが発表された日の夕方、ワールド通信社福島支局にも本社経由でデータが届いた。


 高木がタブレットのそれに眼を通していると、本社編集局次長の八木敏夫やぎとしおから電話が入った。ワールド通信社では、編集局長は役員が交代で当たるために次長職が編集局の実質的なトップだった。そこには官僚組織的な臭いがあり、高木が会社を好きになれない理由があった。


『クレドルゴールド・システムの資料を見たか?』


 八木が問う。


「今、届いたので見ていたところです」


『フランスから噂の報告があったのがこれだな?』


 高木は上司である八木にだけは同僚から聞いたクレドルゴールドの件を報告していた。それが、会社内でリスクを回避するために必要なことだ。しかし、核廃棄物管理事業団や未来倉庫Fの件はまだ上げていなかった。


『お前が得たのはこの情報だったのだな……』


「ええ。驚きました。すっぱ抜く前に、先手を打たれたようで残念です。しかし、発表に嘘があります。実際はすでに稼働しているはずです。それで、記者にも現地を見せられないのでしょう」


『なるほど、相手はただの官僚さんではなさそうだ。しかしこれで、国会は荒れるな。誰も何も知らないうちに核廃棄物の最終保管場がつくられたのだ』


「しかし、与党が絶対多数の状況です。野党が騒いだところで、テロ対策を口実に情報は出てこないでしょう」


『確かにな……』


「それで、どうしますか?」


 高木は今後の方針を確認したつもりだった。


『どうとは?』


「この件、掘り下げるか、手を引くかということです」


『手を引いた方がいいのか?』


「それはなんとも……」


 高木は調査を止めるつもりはなかったが、八木の出方を探った。彼に対する信頼はそれほどなかった。


『テロ等準備罪だの特定秘密だのを持ち出されてはな。……だからこそ、何か裏があるような気はするが……』


 八木が電話口で迷っていた。政府にかみつくのは民主主義を守るメディアとしての使命だが、核関連事項は文字通り聖域の匂いがある。多少の事なら忖度せざるを得ない。それを共有するのは、ワールド通信社も同じだった。


「施設の存在自体はともかく、これまでのプロセスを見ている限り、何かがあるのは間違いないと思います」


『フム、ジャーナリストならば、虚構きょこうの中の安心はいらない。……答えは決まっているということだ』


 彼がもっともらしいことを言った。


「わかりました。何が出てくるかわかりませんが、ほじくり返しますよ」


『頼むぞ。技術的なところは、こっちで専門家に見てもらう。それから他の支局には私から連絡しておく』


「で……」後で梯子はしごを外さないでくださいよ。……高木は途中で言葉をのみ込んだ。八木は、問題があると自分だけは逃げてしまう、ともっぱらの評判だった。


『なんだ?』


 迷っている耳に八木の声がした。


「いえ。何でもありません」


 話したところで無駄なことだとわかっている。……高木は受話器を置いた。

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