第2章 クレドルゴールド・システム
第12話
――ウオーン――
鈍いモータ音が低く鳴っていた。未来倉庫Fの地下、エレベーターが静かに下降していた。
「この辺りをかぎまわっているやつがいるらしいね」
高級スーツが似合う60代の
「そうなのですか?」
未来倉庫Fの所長、木下の声音は忠実な
「ああ、新聞記者らしい」
「とうとう嗅ぎつけられましたか……」
「そのようだな」
「しかし、ここのことなら説明が付くと思います。今の方法しかないのですから」
木下は使用済み核燃料の長期保管方法に、自分なりの自信を持っている。ばれたのなら、正々堂々発表すればいいと考えていた。それしか日本の未来を切り開く方法はないとも。
「そんなことを言っても大丈夫なのかな?」
エレベーターが停止し、静寂が訪れる。2人が下りた場所は、幅40メートル奥行200メートルほどの広大な地下空洞だった。
足場は幅10メートルの鋼鉄製のグレーチングで、直下は幅5メートルほどの水路になっていた。豊かな地下水が音もたてずに流れている。水路の両側が、ポッドと呼ばれる金属製容器を保管するプールになっていた。
水路は人工的なもので護岸から川底まで厚いコンクリートで覆われ、流れの中では発電用の水車が回っている。プールを満たす清水は、天井に並ぶLEDライトの明かりを夜空に煌めく星々のように反射させている。
「違いますか?」
「3月に運び込まれた荷物のことは、説明がつかないだろう」
そう言う田伏の顔に変化はなかった。
「あれですか……。それはそうですが……」
声が沈んだ。
「特に、あの丸い
田伏は通路の柵によりかかるとプールに沈んだ数種類の容器を見下ろした。ほとんどの物は金色に輝く円柱形のポッドだった。いくつもの穴が開き内部に水が循環するようになっている。他に、円柱形でも長さの短い武骨なものと球体の容器があった。
ポッドは放射性廃棄物を入れる容器で、プールはポッドの冷却を行うと同時に、万が一、放射線が洩れた場合にそれを遮断するための装置でもあった。
「あれが見つかる心配はないのか?」
田伏が水の中の金属の球体を指した。
「ここへは、人が近づきません」
木下が応える。
「あの男もか?」
「彼は科学者です。現場に関心はありません」
木下は自分より若い、生意気な40代の科学者の顔を思い出していた。
「それなら良いが、気を付けるに越したことはない」
「機会を見て、通常の容器に入れ替えましょう」
「できるのか?」
「弾頭を入れた球体のものはアメリカ政府がパスを持っているのでむりですが、あのショートタイプを移すのは可能です。それだけでも発見されるリスクは減るかと……」
木下は球体の容器の隣に並ぶ短い円筒形の容器を指した。
「あの球体こそ目立つのではないかね」
田伏は首を傾け、改めてずらりと並ぶ容器に目をやった。
「もうすぐここもいっぱいになるな」
田伏がゆっくりと移動する。木下は1歩後ろを付き従った。
「隣のプールはまだ空です。すべてを運び込むまでに、あと数か月ほどかかる予定です」
「余計なものを持ち込まなければ、……だがな」
彼が木下の顔を流し見る。
田伏の視線に、木下は背骨が震えるのを感じた。自分はこの男の言うとおりに動いているだけだ。それなのに自分を冷たい視線で見るこの男は、問題が発覚したら責任を自分に押し付けるのではないか?
「何度見てもここは美しい……」田伏は視線を水中に移す。「……水もきれいだが、チタン合金の輝きが素晴らしい。まるで黄金の柱のようだよ」
「まさに、金のなる木です」
「品のない冗談だな」
木下のジョークを田伏がけなした。そうして踵を返すと足を速める。足場の金属音がコンクリートの地下空洞に響いた。
田伏と木下はエレベーターに戻り、40メートルほど上の管理棟に向かった。
未来倉庫Fの管理棟は平屋の変哲もない事務所に見えるが、実際は地上1階、地下1階の建物だった。エレベーターは地下1階で停まり、地上階までは続いていなかった。
2人が降りた地下1階は電子機器が並ぶオペレータールームで、緑色の作業着姿の人間が5名ほど計器をにらんでいた。
「お帰りなさい」
2人を迎えたのは、廃炉システム開発機構の職員、
廃炉システム開発機構は文部科学省が廃炉研究のために設立した外郭団体で、田伏が理事長を務める次世代エネルギー創造公社はクレドルゴールド・システムを運用するために経済産業省が作った組織だ。官僚機構から言えば二つの組織は対等な関係にある。まだ40歳になったばかりの板垣は年齢的にも組織内の地位も田伏や木下などより下なのだが、海外生活が長かったためか対等な物言いをした。
「いかがでした。子供たちはすやすやと休んでいたでしょう」
「いつ聞いても板垣君の話は、科学者らしくないな」
田伏が嫌味を言った。
「思考は科学者でも、ハートは芸術家のつもりです」
板垣の返事に、田伏と木下が苦笑した。声を上げて笑わなかったのは、クレドルゴールド・システムの開発者としての実力を認めているからに違いなかった。
3人はセキュリティーのかかったドアを通り、地上階の所長室に入ると頭を寄せ合った。それは悪事をたくらむ共犯者の打合せに似ていた。
「さっきの話だが」
田伏が話しかけたところで事務員がコーヒーを運んでくる。
「ありがとう。下がっていいよ」
木下はトレーごと受け取り、コーヒーカップを田伏と板垣の前に置いた。
「新聞記者の件ですね?」
「もうばれましたか?」
板垣は落ち着いたもので、笑みさえ浮かべている。その落着きに、木下は敵意さえ感じてしまう。
「対処したまえよ」
田伏に指示された木下は、表情が固まるのが自分でもわかった。そうして板垣を見やった。
発生した問題の責任は、板垣にあるのではないか?……そもそもクレドルゴールド・システムを考案したのはこの男なのだ。少しばかりこの若造を困らせてやろう。……ふと思いつくと、緊張が解けた。
「それは、廃炉システム開発機構の方で対処してもらえないかな?」
木下は、「私にはできない」という板垣の回答を期待していた。彼がそう応じたら、田伏が命じた仕事の価値は高まり、木下は満足できるはずだった。万が一、その仕事に失敗した場合の保険にもなる。ところが、板垣の返事は木下の予想と違った。
「そうですね。秋川理事長と検討してみます。ばれるのは時間の問題だったわけですから、時期だけの問題です。メディアに取り上げられる前に手を打ちましょう」
依頼をさらりと引き受けられ、木下は驚いた。
「うまい手があるのか?」
「ええ。マスコミや国民には見たいものを見せてやります」
「まさか、ここを公開するのか?」
田伏が腰を浮かした。
「とんでもない。見たいものは事実である必要が無いのですよ。安心できるものを見たいわけですから、それを提供するつもりです」
「そんなことで大丈夫なのか?」
木下は不安を覚えた。
「そのために法律があります」
板垣はそう言いきり、ろくな挨拶もせずに部屋を出て行った。
「まったく、勝手な奴だな」
田伏が吐き捨てるように言った。
「天狗になっているのですよ」
「しかし、天狗のお蔭で百年来の懸案事項に決着が付けられる。おまけにそれで外貨が得られるのだ。文句は言えまい」
「板垣様々ですな」
「そういうことだ。君など足元にも及ばないぞ」
田伏が笑った。
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