第11話

 朝比奈は午前9時になるのを待って新相馬港の税関事務所を訪ねた。正式には横浜税関小名浜税関支署新相馬出張所になる。あえてそれまで待ったのは、あまり早すぎると警戒されると思ったからだ。


「あの船の出港地を知りたいのですが?」


 埠頭に泊る貨物船を指した。船体にはニューデルタ号という英語の船名が見える。


 朝比奈の質問に、若い職員は怪訝けげんな顔をした。


「あなた、マスコミの人?」


 質問はもっともだと朝比奈は思う。推理が当たっているなら運ばれてきた荷物は特定秘密に指定されていて、公務員がそれを洩らせば10年の懲役になる可能性がある。それでなくても公務員には守秘義務がある。訊かれたことに何でも答えられるわけではない。


「ワールド通信社の朝比奈と言います」


 断られることを承知で身分を名乗った。断られたら、自分の想像が当たっているということだ。船の荷物は世間には知られたくないものだろう。


教えられないよ」


 ほらきた、と朝比奈は思う。彼が口を閉ざしたこと自体、荷物がなんであるか暴露したようなものだ。予想は当たったが、それは想像でしかないから記事にできない。ここからが大切だ。


「荷物が何かと訊いているわけじゃないのですよ、船がどこの港からここに来たのかを知りたいだけです。教えてもらえないなら、船員さんに聞きますよ」


 朝比奈が船に向かおうとすると、「ちょっと待ってね」と、職員は奥に引っ込んだ。奥を覗きこむと、上司に相談しているようだった。


 彼はすぐに戻った。


「出港地だけですよ。サンディエゴ港になっているね。アメリカの」


 彼は情報端末のモニターを確認して言った。


「なるほど。サンディエゴからは、よく船が来るんですか?」


「いや、初めてじゃないかな。少なくとも私の記憶にはないね」


 彼は断言して唇を結んだ。


 支局に戻った朝比奈は、高木と調査内容の検討に入った。


 高木は次世代エネルギー創造公社と核廃棄物管理事業団の保有する不動産を調べていた。


「知り合いに頼んで、二つの機関の土地を調べた。すべてわかったわけではないが、大規模な土地は県に対して開発行為の申請が出ているから、ほぼつかめているはずだ。結果がこれだ」


 彼が出したリストには、9県にわたり12カ所の地名が記されていた。未来倉庫Fがある土地もその中の一つだった。それが未来倉庫Fに納められた貨物とどんな関係があるのか、朝比奈にはいまひとつピンとこなかった。


「不動産を所有しているのは、すべて次世代エネルギー創造公社だ。新相馬区のように運動公園になっているものもあれば、メガソーラー施設のところもある」


「メガソーラーなら次世代エネルギー創造公社が所有していてもおかしくないですね。純粋にエネルギーの生産か、研究をしているということでしょう」


「それはどうかな。目くらましかもしれないから確認する必要はあるだろう」


「目くらまし?」


「今は何とも言えないな。で、朝比奈の方はどうだ?」


「昨日、荷物が運び込まれるのを確認しました。大型トレーラーで16台分でした。その荷物の内、10台分は国内で、6台分の出発点は原発ではなく、新相馬港に停泊しているニューデルタ号という船です。カリフォルニア州のサンディエゴ港から新相馬港に入っています。降ろされた荷物がこれです」


 支局長が調べたことより、自分のネタの方が貴重なものだ。朝比奈はトレーラに積み込まれるドライキャスクの写真を示し、得意げに話した。


「サンディエゴ?」


「映画トップガンは、そこの海軍基地で撮影されています。暑そうな場所ですよね」


「海外から、使用済みの核燃料が持ち込まれているのか?」


 写真は、夜間の撮影なのでぼやけてはいるが、黄色い光の中で輝く円柱の荷物は、誰の眼にもドライキャスクの容器に見えるものだった。もう1枚の写真はクレーンにつりさげられた球体だ。やはり光を強く反射しており金属製だと分かる。


「一つはドライキャスク容器に間違いないと思います。もう一つは球体のこれですが、何かはわかりません」


「サッカーボールでも持って来たか」


 トップガンの話に対抗したのか、高木がジョークを言った。それが朝比奈にはピンとこず、笑えなかった。

 

「すまん。続けてくれ」と、高木。


「ボール型の容器に何が入っているのか、それはわかりません。確実に指摘できるのは、ドライキャスクの中身は核だということです。それを政府は発表していません」


 朝比奈は、ドライキャスクが写った写真に切り替えた。


「国内の使用済み核燃料さえ処理できていないのに、持ち込むだろうか?」


 それは大きな疑問だった。


「もし、処理できる手段が見つかっていたとしたら?」


 朝比奈の言葉に高木が視線を上げる。


「それなら可能性はあるか……」


「でも、長年の懸案事項に道筋が見いだせたのなら、大々的に発表しますよね」


 朝比奈は自らの仮説を否定する。


「うむ」


 沈黙が生まれた。


「しかし、日本には核アレルギーがあるからな。出来ることが、出来ると言えない可能性もある」


 高木が朝比奈の仮説を静かに肯定した。


「アレルギーですか?」


「ああ、広島、長崎、第五福竜丸、東海村、福島、福井。日本は核の被害を経験しすぎた。そうして核イコール悪という認識が生まれた」


「原発はたくさんありましたよ」


「原発による核の平和利用をくつがえしたのが、福島の事故だった」


「それでも再稼働しました」


「ああ。目先の利益の誘惑にかなわなかった、ということだ」


「経済ですね」


「エネルギー不足ということだけじゃない。原発には建設費を含めて多額の投資をしている。それを回収せずに止めるのは企業にとって難しいことだ。企業は政治家や官僚に圧力をかけただろう。彼らにとっても、原発政策の転換は自分たちのミスを認めたことになる。経済のため、みんなのため、……それは悪魔の言い訳だ。しかし、変だな。貨物船なら出港地はロサンゼルス港あたりが普通だと思うが?」


「そうなんですか?」


「ああ。昔、一度だけ旅行で行ったことがある。サンディエゴにあるのは商業港と軍港だ。貨物港はない」


「すると、あの船は商業港を出たということですか?」


「いいや。それはないだろう」


「それなら軍港の方ということになります」


「その可能性が高いと俺は思う。丸い奴だ」


 朝比奈は、もう一度、船から降ろされる球体の荷物の写真を出した。


「荷台に降ろした時に車が沈みましたからそれなりの重量があるものだと思います。これも核物質ということでしょうか?」


 朝比奈の頭に浮かんでいたのは、ファットマンという球体にも近い形状の長崎に落とされた原子爆弾だった。


「燃料棒以外の核か?」


 高木も同じことを考えているのだと思った。


「はい。古い核弾頭かもしれません」


「アメリカの中間保管場はワシントン州の砂漠にあるはずだ。そこからサンディエゴは遠いが……」


 朝比奈を見つめる高木の眼は刃物のようだった。


「核弾頭なら純粋なプルトニウムの可能性がたかいです」


「プルトニウムの半減期は24000年。量にもよるが、人体に影響がなくなるまでは十万年単位だろう」


 2人は言葉を忘れ、鈍い光を反射する球体の写った写真を見つめた。

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