第30話

 すぐにでも支局に戻り、手に入れたマイクロSDカードの中身を確認したい。しかし、30分は動かないという約束があった。朝比奈は窓ガラスを背負う位置に座りなおし、はやる気持ちを抑えて時がたつのを待った。いま動いて情報提供者の信頼を失ってしまっては元も子もない。


「30分は長いな」


 何度も時計と紙袋を交互に見やった。


 頭の中でハンバーガーショップのテーマミュージックが流れる。電話をもらった時、受話器の向こうにそれが聞こえたことを思い出す。おそらく情報提供者にとって、ハンバーガーは日常生活の一部になっているに違いない。そうでなければ、店舗にある公衆電話に気づくはずがない。


 15分しか辛抱できなかった。事務所に戻るのが待ちきれず、紙袋を屑箱に丸めて放り込むと、マイクロSDカードをタブレットに差し込んだ。一般的なテキストデータや画像データなら見ることができるはずだ。


 タブレットがマイクロSDカードを認識し、ウイルスチェックプログラムが走る。それが終わるとホルダーを表示した。中身は画像ファイルばかりだった。ファイル名は【001】から【048】までの連続する数字で、それから中身を想像することはできなかった。


 ファーと大きく息をついた。緊張と興奮で呼吸を忘れていた。


【001】のファイルをタップする。表示されたのは水の中に沈んだ金色の筒だった。クレドルゴールド・システムのポッドだ。金色の筒以上に、澄んだ青く輝く水が美しいと思った。


「クレドルゴールド・システムのプールだ」

 

 それに似たものは、廃炉システム開発機構がクレドルゴールド・システムを発表した際の資料にもあった。


 次の写真を開いた時、朝比奈は心臓をわしづかみにされたような衝撃を覚えた。映っているのは金色の球体だった。


「新相馬港で見たやつだ」


 写真には、サイズの異なるポッドがいくつかあった。球体のものもポッドの一つなのかもしれない。


 ポッド以外の写真もいくつかあった。何らかのモニターの画面を写したものと、直近の請求書を写したものだった。


 モニターの写真は意味がわからなかったが、請求書は見当がついた。発行したのは核廃棄物管理事業団で、あて先は日本国政府だったからだ。


 写真を流し見ただけで、30分は過ぎていた。朝比奈は跳ねるように立ち上がり、圧縮されたエネルギーを爆発させて支局まで走った。


 誰もいない事務所の鍵を開ける。有希菜は、高木が逮捕された日以来、仕事を休んでいた。付き合っていた相手が公安部の人間で、支局長を逮捕するために利用されたのだから彼女の心の傷は深い。出勤する気力を失うのは当然だった。それで朝比奈は文句も言えないでいる。


 事務所に入るとエアコンと自分のデータ端末のスイッチを入れた。


 端末にマイクロSDカードのファイルをコピーし、画像の一つ一つを大きな画面に映し出してみる。


 ポッドの写真は40枚あった。球体のポッドと楕円形のポッドの他は、クレドルゴールド・システムのポッドとして発表された円筒形のポッドだった。その写真をあえて提供してきた意図は理解できなかった。


 そして、請求書の写し。その数字から日本政府に対して請求しているのは29200体分のポッドの管理費用で、内訳から未来倉庫Fを含めて7カ所のクレドルゴールド・システムが稼働しているのがわかる。


 在庫表がついており、請求していない保管戸数が記載されていた。この決算期間中に増加した個数だろう。合計すると7005体。その内、未来倉庫Fのものは請求済みのが4303体、増加分が1280体だった。


 数枚あるモニター画面の写真が、何を意味するのかは全く理解できなかった。


「これじゃ、宝の持ち腐れだな」


 帳簿も読めず、科学的知識もない、そのセンスもない自分に腹が立った。


 支局長がいたら、解明できるかもしれない。……高木は帳簿やら決算書を読み解く力に優れていた。


 ふと、刑事に連行された時の支局長の不自然な行動を思い出した。高木は、口は悪いが冷静な上司だ。感情に任せて机をたたくなど、かつて見たことがない。そうしたことには理由があるはずだ。


 支局長席に向かう。


 その机の上は高木が逮捕された時のままで書類や雑誌が散乱していた。


 高木の行動に意味があると考えて改めて見ると、おそらく雑誌の一冊を叩いたのだと思った。「見ろ」という指示に違いない。


 それらの雑誌を手にしてめくってみる。


 2冊目の雑誌にメモが挟んであった。そこには乱雑な文字で【八木に気をつけろ!】とあった。慌てて書いたものか、あるいは他人に読ませるためのものではなかったのか。


「八木?」


 高木と朝比奈が共通して知る八木と言えば、編集局の八木次長しかいない。


 面倒なことになっているなぁ。……朝比奈は、一つ増えた問題にくじけそうになる自分を感じた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る