第40話

 朝比奈は、内村から得た情報を高木に報告してから事務所を出た。オートドライブで車を総合サッカー教育センターに向け、これから対決する相手との想定問答を繰り返した。


 総合サッカー教育センターの芝のグランドでは若者たちがボールを追っている。遊びに来たようなふりをして彼らを見ていると「こんにちは」と声を掛けられた。振り向くと、理事長の田上幸作が立っていた。


 飛んで火にいる夏の虫。彼から近づいてきたのは、やましいことのある印だ。……朝比奈は最大限の笑みと見せかけの敬意を表す。


「その節はありがとうございました」


 政治家や役人といった人々は、いついかなる時も丁寧に扱われるのを好む。持ち上げておかないと、〝態度が悪い〟といった理由で、正当な質問さえ聞いてくれなくなる。もちろん例外はあるが、丁寧な態度を示しておくにこしたことがない。


「取材ですか?」


 田上の声には何かを期待するような響きがあった。こちらの思惑を何も知らないのか、あるいは疑惑を隠し通せる自信があるのか?……彼の表情を窺った。


「暑くなりました。そんな中でも、彼らは元気ですね」


 彼の期待をやり過ごし、ボールを追う若者たちに視線を向けた。


「このくらいの暑さで参るようではプロにはなれませんからね」


「そうですよね」


 しばらくボールを目で追ってから田上に視線を戻した。


「実は、田上所長が電力会社出身だと聞いたもので、お願いがあって来ました」


「……どんなことでしょう?」


 彼が警戒したのがわかった。


「未来倉庫Fの木下所長とお知り合いだと小耳にはさみまして、紹介いただけないでしょうか?」


 そう切り出すと、田上は表情を隠すように背を向けて歩き出した。以前、未来倉庫Fのことは知らないと話したのだ。今更、そこの所長が知人だなどとは応えられないだろう。


「隠されると、原子力村とここの関わりも調べなければならなくなります。好きなサッカーに関わることが出来なくなるのではないですか?」


 脅すような言葉を投げると、彼の足が止まった。


「紹介いただくだけでいいのです。田上さんの仕事の邪魔をするつもりはありません」


 田上が振り返る。


「私を脅かすのですか……」


「木下さんに会えるよう、話をしていただくだけでいいのです」


「紹介するだけですよ。だが、あの人は忙しい人だから応じてくれるかどうか、わかりませんよ」


 田上は自分のスマホを取り出して電話を掛けた。


「……記者が君に会いたいとしつこくてね。困っているんだ。……いや、まさか警察沙汰には……。俺の顔に免じて、一度会ってやってくれないか……」田上は半笑いで話し続けた。「……そうだ、頼むよ。俺の顔を立ててくれ」


 その会話から、田上と木下は、予想以上に親しい間柄なのだと察した。


「ありがとう……」田上はホッとため息をつき、電話を切った。「……話はつきましたよ。今から会ってくれるそうです」


「そうですか。ありがとうございます」


 朝比奈は礼を述べて駐車場へ向かった。


 車をゲートにに向けると、目の前を1台のタクシーが通り過ぎた。その後部席に板垣らしい顔を見つけて注目した。タクシーを目で追う。それは管理棟の前を素通りし、宿泊施設の前に止まった。


 板垣がサッカー施設の宿泊施設に何の用だ?……疑惑を胸に目を細めた。


 タクシーを降りた男性が建物の中に消えた。それが板垣かどうか、遠いために確信には至らなかった。


 田上のことがあったばかりだ。要注意だな。……自分に言い聞かせて車を走らせた。




 朝比奈は移動し、未来倉庫Fのインターファオンを押した。するといきなりロックの外れる音がして扉が開いた。スピーカーから人の声はしなかった。


 勝手に入ってこいと言う事か。……とても普通の会社とは思えない。警戒しながら敷地に足を踏み入れる。戦場に乗り込むような気持ちだった。いや、通信社の記者とはいえ、戦場に入ったことはない。あくまでも、そんな気持ちということだ。


 事務所らしい建物のドアは、自動ドアではなかった。珍しいと思いながら恐る恐るドアノブを引いた。


「いらっしゃいませ」


 突然声がした。目の前にブラウスとスカート姿の女性がいた。事務員でもあるのだろう。当たり前の対応をされてホッとした。


 事務所内には荷物の少ない机が並んでいた。たった3人の社員がパソコンに向かっている。マイクロバスで出入りする人間の数に比べれば少ないので、別の部屋があるのだろうと推測した。


 朝比奈が応接室に案内されてしばらく待つと、派手なストライプ柄のスーツ姿の男性が現れた。未来倉庫Fの木下所長だ。


「朝比奈さんって、先日電話をいただいたワールド通信社の記者だったのですな?」


 名刺交換をして初めて、木下は朝比奈と話したことがあると気づいたようだった。その言葉のトーンは否定的な意志をアピールしていた。さっさとお引き取り願おう。そんな雰囲気があった。


「会ってもらえそうにないものですから、田上さんに仲介をお願いしました」


「……それで、何の話ですか?」


「電話で話しました通り、伺いたいことがあります。3点ほどです」


 朝比奈は自分のタブレットと木下の顔を交互に見ながら話しはじめた。


「一つは、この施設の稼働開始時期です。私どもの調査ですと、4年前にポッドがこちらに運ばれています。それ以前から地下倉庫が稼働したと考えているのですが、それでよろしいでしょうか?」


「ちょっと、待ってくださいよ。地下倉庫とか何とか言いますが、ここには地下倉庫なんてありませんよ。普通の倉庫なんですから。保管しているのは、ほとんど中小企業の機械部品です」


 抵抗する木下の顔を、朝比奈は注意深く観察していた。


「そうですか。では、次の質問です……」


 騙しおおせたとでも考えたのだろう。一瞬、木下の表情から緊張が消えた。


「ど、どうぞ……」


 そう受けた頬が再び緊張で固まった。


「ここには新相馬港で降ろされた荷物が保管されていますね?」


「新相馬港?……まぁ、そんなこともあるでしょう」


 彼はこれ見よがしに首を傾げた。


「木下所長。ここが次世代エネルギー創造公社の施設で、地下に核廃棄物を入れたポッドが入っていることは、もはや隠せることではありません……」


 朝比奈は、テーブルに新相馬港で撮影した球体の写真を置いた。


「……これが証拠です。新相馬港からここに運ばれた球体のポッドです。我が社では、こちらの関係者の証言も聞いていますし、ポッドの最初の入荷日もつかんでいます」


「だ、誰が、そんな……」


 手の内を少しだけ明かすと木下の表情が強張った。言い訳でもしようというのだろう。口は開いたが、言葉は途中でかすれて消えた。


 隠し事は出来ないタイプの人間なのだ。……朝比奈は言葉のない木下に代わって話を続ける。


「私どもは、情報の入手先は公表できません。……現在持っている情報だけでも、御社や次世代エネルギー創造公社の誤魔化しを立証するのは簡単ですが、一方的な記事にならないように、できることなら当事者の所長の意見をうかがいたいのです」


「わ、私に意見など……」


 彼はそこまで言って唇を結んだ。


「所長でなく、その上の方なら、なお歓迎ですが……」


 朝比奈は、彼の目を覗き込んだ。不安に満ちた瞳が細かく振動していた。


「……少し考えさせてください」


 木下が席を立った。その態度こそが、事実を認めたのも同じだった。



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