第38話

 いつもの打ち合わせ室、朝比奈は高木と、今後の対策を練っていた。社内の圧力や国家権力に屈して調査を止めるのではなく、ジャーナリストの使命を全うする。その覚悟は、高木と同じつもりだ。


 朝比奈が書いた未発表記事を読み、謎の密告者から提供された写真を確認した後、高木が口を開いた。


「問題点を整理しよう。一つは、未来倉庫Fの稼働開始時期の問題、次に海外からの核廃棄物の持ち込み問題、そして原発敷地に残されたドライキャスク量の問題。そんなところか?」


「昨晩、妻に聞いたのですが、次世代エネルギー創造公社の入金口座が新潟の銀行にあり、海外からの送金があったそうです。廃棄物の管理料だと思うのですが……」


「ほう、管理料は地方支店経由か。それも釈然としないな」


 高木の眉間のしわが深くなる。


「そうなんです。明らかに資金ルートを世間の目から隠そうとしています」


「しかし、下手な手だな。幼稚だ」


「そうでしょうか?」


 自分やアオイが幼稚だと言われたような気がした。


「田舎の銀行でそんなことをしたら、目立つと思わないか? 実際、奥さんの記憶に残っていた。本店の人間なら、海外からの入金など気にも留めなかっただろう。木を隠すなら森の中だ」


「確かにそうですね」


「それでもそうしたのには理由があるのだろう。おそらく隠したい相手が、世間とは違うのだ」


「誰から隠そうというのです?」


「そう急くな。今でもそのルートが生きているか、俺が確認しよう」


「銀行相手に出来るのですか?」


「出来るかどうかは、やってみないとわからんだろう」


 高木はそう言うと表情を緩めた。何かルートを持っているのに違いなかった。


「それから、資料を見ていて気付いたのだが、モニター画面を写した写真があったろう」


「僕のわからなかったものです」


 高木がそれを理解したのだと察し、顔が歪んだ。実力差を認めていても、嫉妬の感情は消えなかった。


「あの写真は2種類の系統に分けられる。一つは在庫の管理画面だ。つまり帳簿だ。もう一つは推測だが、ポッドの温度などをモニターしている画面だ。本来の目的のための設備だろう」


「あえて帳簿の写真を撮ったのは、それに何か問題があったということですか?」


「モニター上の帳簿と政府相手の請求書の写しは一致していたよ」


「そうですか……」


 いつの間にそこまで確認したのだろう?……朝比奈には理解できなかった。


「情報提供者は、どうして温度表示のある画面の写真を送って来たと思う?」


「オーバーヒートしているということでしょうか?」


「違うな。これを見てみろ」


 写真に写ったモニターには10台分の液晶メーターがあり、それぞれの管理番号と温度が表示されている。最初のメーターは管理番号がFUK2-02541-UPU-5581で温度は30度を示していた。2番目のメーターは管理番号がFUK2-02555-U-5582で温度は32度の表示がある。3番目以降は管理番号欄にEMPと表示されている。


「燃料棒が30度前後なら、十分安定しているといえる。問題は温度ではないということだ」


 高木が情報をかみ砕くように話した。自分のためにそうしているとわかるから、朝比奈は感謝したが、辛くもあった。それほどまで実力の差があるのだと、叩きつけられているような気分だ。


「では、何です?」


「一つの画面で管理できるポッドは10台で、2台の温度が表示されている。EMPは空という意味だろう。FUK2は福島第二原子力発電所。このポッドはF2から運び込まれたものだ。管理番号の最後の4桁の数字は、おそらく保管されているポッドの通し番号。……F2のものは運び終えているのかもしれないな。で、最後のポッドの番号から、未来倉庫Fに保管されているポッドは5582体とわかる。帳簿ではいくつだった?」


 その数字は朝比奈の頭の中に刻まれていた。


「ああ、5583体です。……ん?……どういうことでしょう?」


 タブレットから視線を上げた。


「どういうことだと思う?」


 高木の鋭い視線が朝比奈に向いていた。試すのではなく、子供を育てようとする父親のような目をしていた。


「帳簿が間違っているということですか?」


「他には?」


「まさか……。ポッドが無くなったとか?」


「俺も、まさか、であってほしいと思うよ」


 朝比奈は、視線を写真に移した。


「もしテロリストに盗まれたりしていたら、大変な事態です」


 全身の血が逆流するような興奮を覚えた。頭の芯が、じんじんと痺れているように感じる。


「そうだな。しかし、それはないと思う」


「どうしてですか?」


 高木の自信ありげな態度に驚いた。


「もし、ポッドが盗まれているのだとしたら、公安の取り調べはもっと厳しかっただろうし、俺がこんなに早く解放されることもなかったと思う」


「なるほど」


 やはり目の付け所が違う。……朝比奈は感心した。


「おそらく管理システム上の問題が発生しているのだろう。だが、彼らはそれを発表したくない」


「核関連施設での問題は、国民が皆注視しますからね。メディアに叩かれる格好のネタです」


「その問題の隠蔽に抗議する意味だろう。情報提供者の意図は……」


「球形のポッドの写真もありますから、海外からの持ち込みに対する批判もあるのではないでしょうか?」


「そうだな。何とか、記事を出したいが……」


「八木次長ですか?」


「ああ。今のままではどんな記事にしても通らないだろう」


「外部に流しますか?」


 かつて高木がそんなことを言ったことがあった。真実を葬るくらいなら他者の手によってでも明らかにすべきだ、と。今回、そういった選択枝もあるのではないかと思った。


「本気か?」


 高木が朝比奈を見る目を細めた。その顔が怖く、提案を引っ込める。


「冗談です」


「フム、……それは最後の手段だ。まず、飾り物の部長に当たってみよう」


 そんな方法もあったのかと、朝比奈は唸ってしまう。


「朝比奈には頼みがある。ポッドの数だ。数字の差異が発生している事実の認識があるのか。5582体と5583体と、どちらが正しい数字なのか。それを向こうにぶつけてみてくれ。システムの故障や誤作動といったトラブルも考えられないわけではないからな」


「わかりました。正攻法でいいですね?」


「うむ。ここまで来たら隠すこともないだろう。しかし、情報提供者と内部の写真のことだけは明かすなよ」


「もちろんです」


「何か質問は?」


 立とうとする朝比奈に声が飛ぶ。


 久しぶりの、いや、いつも以上の圧迫感だった。それが恐ろしくもあり、うれしくもあった。


「ありません!」


 応じると、高木が満足そうに口角を上げた。


 朝比奈は、打ち合わせ室を飛び出した。

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