第8章 スクープと余波

第52話

 板垣が事務所を去るとすぐ、朝比奈は新潟の斉藤支局長に連絡を入れて、彼の来訪とその目的を伝えた。


『そうね。私の方も準備は整った。まだまだ、叩けばほこりは出るところだけれど、そういうことなら良いタイミングかもしれないわね。いつも通り、3段構えでいきます。同時に追加取材をかけましょう』


「了解です。記事は、表に出せそうですか?」


『疑うの?』


 声が尖っていた。


「いいえ、そういうわけでは……」


『それは任せておいてと言ったでしょ。心配はいらない。これは高木支局長の弔い合戦なのよ。手加減はしないわ』


 弔い合戦とは、また古い感覚だな。……理性は考えたが、そんな思いとは別に背筋が震えた。武者震いだ。




 ワールド通信社新潟支局からスクープが発表されたのは二日後だった。


 ――廃炉システム開発機構の秋山理事長が北陸エネルギー開発公社を経由させて20億円横領か! 原資は海外の核廃棄物の受託料――記事の中に新相馬港から未来倉庫Fに運搬されたポッドの写真を掲載。政治家の関与、あるいは献金といったものは匂わせた程度にしてある。何分、政治家への直接取材ができていない。


 合わせて――不可解な記者の死――という記事も発表した。秋川から着服の事実を聞き出した高木が帰宅途中の東北自動車道路で事故死したというものだ。それが単なる事故なのか、あるいは殺人事件なのか、今後の展開を期待させるものだった。


 斉藤支局長はどうやって八木次長を説得したのだろう?……記事の発表直後に尋ねたが、彼女には、はぐらかされた。




 スクープの反響は大きかった。が、それはまだ序章に過ぎない。テレビでもネットニュースでも、スクープは取り上げられたが、そうした大手メディアが追随して深堀することはなかった。形式的に廃炉や使用済み核燃料の管理事業について政府の公式発表を解説することが多かった。まだ、〝核〟に対する遠慮があるようだ。


 ただ、北陸エネルギー開発公社のメガソーラー研究施設と未来倉庫Fの周辺には、その地下にクレドルゴールド・システムがあるとして、数台のテレビカメラが並んだ。放射線測定器も持ち込まれていたが、それらが表示する放射線量は全て基準値以下で、施設があることによる影響は見られなかった。


 朝比奈がいつものように素っ裸でベッドを出ると、アオイがテレビに見入っていた。ニュースでは、核廃棄物管理事業の全体像を解説していた。廃棄物管理事業団、廃炉システム開発機構、次世代エネルギー創造公社、北陸エネルギー開発公社と、関係省庁の関係が図式されている。


「どうして一つのことをやるのに、こんなに組織が要るのよ!」


 アオイは憤っていた。


「それが利権というやつさ。一つの事業に沢山の政治家、官僚、企業が群がって甘い蜜を吸おうとする。それで日本の様々な政策は、経済効率を悪くするんだ」


「どうしてよ? 日本は先進国でしょ。合理的判断で経営されているんじゃないの?」


「企業と違って税金でやっているからね。予算内ならOKというわけだ。官僚の仕事は経営の合理化や効率化ではなく、予算の奪取ということになる。予算が決まればお友達が集まってチューチュー吸い続ける」


「頭の良い官僚が、ユウイチ程度のこともわからないの?」


「ひどいことを言うなぁ……」朝比奈は苦笑した。「……彼らは知っているはずだよ。その上でのこの有様だ。官僚は政治家が動かなければ動かない。政治家は国民につきあげられなければ動かない」


「そのための選挙でしょ?」


「選挙の結果はアオイだってしっているだろう? 長いこと政権交代は起きてないからね。まぁ、国民も効率の良い政治が行われているかなんて、他国とでも比べなければわからないわけだけど」


「比べればいいのよ」


「だから政府や官僚は、そういった情報は出さない。重視されるのは〝やった感〟〝やってる感〟だよ。僕たちが追及したところで、日本独自の文化とか、国家機密とかいった屁理屈をつけて、出来ないことや見せないことを正当化する。問題が生じて公表される資料だって、のり弁ばかりだ」


「弁当だけは安いのね」


 彼女のジョークに、朝比奈は声を上げて笑った。


 テレビの街頭インタビューでは批判的な意見ばかりだった。その多くは、自分の家の近くにもクレドルゴールド・システムがあるかもしれないという不安だった。


 テレビのコメンテーターたちの非難の矛先は、スキームを統括管理する立場にある核廃棄物管理事業団と資金を横領した秋川個人に向けられた。


「板垣さん、うまいこと逃げたな」


 思わず感想と感動が洩れた。


「どうしたの?」


 アオイが振り向く。珍しく、目の前にあった朝比奈の股間のものを握った。


「……知り合いの名前が出ないから」


 ソレをアオイの手に委ね、放送の続きを見る。記事が取り上げられるのも、彼女にそうされるのも気持ちが良いものだった。「ぅーん、イイネ……」思わず声が漏れた。


「福島にもあるのね」


 アオイが言ったのは、未来倉庫Fのクレドルゴールド・システムのことだ。


「そうだね。意外と身近なところにあるものだよ」


「危なくないの?」


「出ちゃうかも」


「バカ」


 アオイはもてあそんでいたものを放し、テレビの前を離れた。


「途中でやめるなよ」


 彼女を追った。彼女が逃げたのはキッチンだった。


「危ないわよ」


「危険性は水素スタンド程度らしいよ」


「え?」


 アオイが足を止める。朝比奈は彼女を抱きしめた。


「クレドルゴールド・システムのことだよ。設計者によれば、その危険性は水素スタンド程度らしい」


「それは、新しい?」


 彼女は包丁を握っていた。


 彼女のジョークは核爆弾クラスだ。

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