第19話

 支局に戻った朝比奈は、雑然とした事務所内の様子に驚き、目の縁を赤くした有希菜を目の当たりにして事態の深刻さを理解した。


 唯一、安心できたのは、高木が冷静な表情をしていたことだった。


「気になるのは、俺たちが孤軍になるかもしれないということだ」


「コグンって、どういうことですか?」


 朝比奈は、聞きなれない言葉の説明を求めた。


「公安は、福島支局だけをターゲットにしている。それは、目的物がデータではないという事でもわかる。おそらく核廃棄物管理事業団の調査が福島独自のもので、本社と連携していないのを知っているのだ」


 理解しているか?……そう問うように、高木の鋭い眼差しが朝比奈を見ていた。


 朝比奈は深くうなずき、理解している、と伝えた。


「そして福島だけがターゲットだということは、本社や他の支店、支局からの支援を受けにくいということだ」


 それが孤軍ということらしい。


「そんな……」


 一部の部署がターゲットにされている時、他部署が支援しないなどということがあるのだろうか?


「敵は、外にも内にもいるものだ。俺たちの足を引っ張るチャンスを探している同僚がいないと思うか?」


 高木にそう言われると、朝比奈も納得せざるを得ない。スクープ争い、広告料の業績争い、出世競争……。ワールド通信社の中にも競争はたくさんある。時に争いは、己の強化ではなく、他者の足を引っ張ることでも成立する。


「社内の誰かが公安にチクった可能性もあるわけですか?」


 福島支局の取材状況を、自分たち以外に誰が知っているだろう?……朝比奈は、自分の顔がゆがんだのがわかった。


「孤軍になることを覚悟しておけと言うだけだ。心配しすぎるな。……公安がどう出てくるかわからない。それまで、これからは時間との勝負だ。まず、未来倉庫Fの稼働開始時期を暴く。公表するには、できるだけ正確な物的証拠がいる」


「稼働開始時期ですか?」


「土地の開発が行われたのが約10年前。巨大な地下施設は、土地の開発と同時に行われたのに違いない。建物はサッカーグラウンドなどと並行して作られたのだろうが、注目を浴びないよう、未来倉庫Fの竣工は早いはずだ。電気料金、水道料金、……何でもいい。その時期にあの施設が動き出し、ポッドが持ち込まれた証拠を探す」


「ポッドはどこで作られているんでしょう?」


「うん。いい観点だ。製造工場、納品時期。当たってみてくれ。おそらく従来の原発関連企業に発注されているはずだ。原子力村は仲間意識が強いからな」


 朝比奈は、高木がと言うのを聞いて、ワールド通信社の仲間意識はどうなのだろうと考えてしまう。しかし、今は迷っている時間はない。進むだけだ、と自分に言い聞かせた。


「未来倉庫Fの労働者の勤務記録はどうでしょう?」


「それはどうかな。準備期間だったと、とぼけられそうだ」


「運送業者は?」


「日立中央陸送か……。ガードが固そうだが……」


「運転手たちに当たってみます」


「いや、そっちは俺がやろう。朝比奈は工場のルートを当たってくれ。何か質問は?」


「ありません」


 朝比奈は武者震いした。そうして打合せは終わった。




 原発施設関連の金属加工会社が13社あることはわかっていた。情報の機密が言われる前から公開されていたことだ。朝比奈は全ての企業に電話を掛け、取材と工場見学を申し入れた。するとほとんどの企業が取材を受け入れたが、2社だけが工場見学を拒絶した。


「茨城の東日本特殊金属テックと新潟のツバメ・テクノロジーの2社が工場見学を拒否しています」


 朝比奈は高木に中間報告をする。


「そのあたりが核心というところだな。東日本特殊金属テックは上場会社だ。決算書はネットから有価証券報告書をダウンロードしておいてくれ。ツバメは商工データサービスから決算データを取り寄せてくれ。6年分……、直近の月次データもあると助かるが、……それはデータ会社の実力次第というところだな」


「決算書ですか?」


「ああ。ポッドの生産が発注されていれば、その時期から業績が伸びているはずだ。念のために工場見学を認められた11社と、日立中央陸送の分も取り寄せておけ。工場を見てもわからない動きが、なにかわかるかもしれない」


「了解!」


「佐伯、俺はしばらく茨城をうろついてくるよ。誰かに行先を聞かれたら、北関東エリアの取材旅行に出ていると言ってくれ」


 高木が有希菜に説明して支局を出た。


 静かに頷く有希菜は、まだ家宅捜査と失恋のダメージから立ち直れないようだった。


 朝比奈は、アポを取った11社の取材に回ることにした。企業は東日本全体に散らばっており、1日に3か所を回っても4日はかかる。


「僕も出るよ。佐伯さん、大丈夫だね?」


「……ハイ」


 朝比奈も有希菜が心配で声をかけた。彼女は暗い眼で朝比奈をにらんでいた。


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