第4話
「話はついたのか?」
高木が朝比奈のデスクの前に立っていた。自ら足を運ぶのが、部下とコミュニケーションを取る高木のやり方だ。滅多に自分のところに呼びつけたりしない。部下の席に足を運べば、社歴や年齢の壁を越えやすくなるだけでなく、部下の机の上やディスプレーを見て仕事ぶりを評価することもできる。……彼は手の内を隠すことなく、朝比奈に教えていた。
「担当の時田課長が良い人なので助かりました」
「そうだろう。あいつは良い奴だ」
高木が少し笑った。
「知っていたのですか?」
「ああ、会議や研修会で何度か話したことがある。生真面目で優しい男だ。その性格のために、記者には向かない。出世することも……。まぁ、管理部署なら出世はするかぁ」
普通の管理職なら部下には聞かせないような話を、彼は昼食の蕎麦の味を評するように言った。
「ハァ……」
「で、何を見たいのだ?」
今更ながら、高木が訊いた。
「セキュリティーの関係で映せない場所はあるそうですが、敷地の全景は映すことができるそうです。昔の配置図と比較すれば、変わったところが見つかると思います」
「変わったところ?」
「核のゴミがどうなっているのかと思いまして」
「使用済み核燃料のことか?」
「はい。ここに移動になる前に調べたのです。……事故後、取り出された核燃料は一時冷却用の共用プールに入れられ、その後、ドライキャスクに詰められて地下の倉庫に保管される……」
「最終保管場はまだない。今でもそこにあるのではないのか?」
「そうかもしれませんが、鋼鉄の容器とはいえ経年劣化が進むはずです。最終保管場がない以上、定期的に詰め替える必要があるはずです。それが数万年も続く。そのコストを考えたら、保管方法が変更されていても不思議ではないと思います」
「ふむ、わざわざ移動させるとは思えないが……」
高木が唇を真一文字に結び、顎に手を当てて考えるしぐさをした。
「取り出した燃料デブリも、地下の仮置き場に保管されたままなのでしょうか?……総量880トン、1%でも9トン弱、仮置き場も一杯になる時が来ると思います」
「フム、……4月戦争以来、使用済み核燃料に関する政府発表はなかったな」
「はぁ……」
朝比奈は即答できなかった。
「ヨシッ!……調べる価値はあるな。朝比奈、やってみろ。やるからには徹底的にやれ」
彼はそう命じて自分の席に戻った。
僕の提案が通った。……朝比奈は少し驚きながら「頑張ります」と応じた。
「頑張れ!」
有希菜が朝比奈の背中をたたいた。まるで上司の口ぶりだ。
「コラ! 僕は先輩だぞ」
怒ってみたものの、心は弾んでいた。使用済み核燃料はまだ1Fの地下に眠っているのか?……4月戦争のごたごたに乗じて、何かが変わっていても不思議がないと考えていた。同じことを続けると人は楽をしたくなる。効率を求める。それが人間が陥る、慣れによる過ちというものだ。そうして数々の事件や事故は生まれてきた。
「お、忘れていた」
席に着いたばかりの高木が戻ってくる。
「ハイ、何か?」
「朝比奈。新相馬区の総合サッカー教育センターが竣工したから、オープン前に取材しておいてくれ。原発の取材は慌てずじっくりやれ。原発は逃げて行きはしない。通常の取材が最優先だ」
彼が当たり前のことを言った。
「わかりました。すぐにアポを取ります」
朝比奈は受話器を取り、総合サッカー教育センター事務局へ電話を掛けた。
原発は逃げないが、使用済み核燃料や燃料デブリはどうだろう? 事件や事故の証拠はどうだろう? 証人の記憶や生命はどうだろう? 時は流れ、いつか有を無に変える。……不安が過った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます